W vs W



 ――地上。ロンドンの街を二機の大型バイクが爆走している。スピードは言わずもがな、直訳的に。背景をド派手に


 前方に広がった硝煙を引き裂いて、真っ白なアメリカンバイクが駅のロータリーに現れた。フルスロットルでの旋回運動ドリフトに、傾いた車体とアスファルトが火花を散らす。未だ晴れない煙の向こう、けれどと追跡者の存在を確信しながら、〈不思議の国ワンダーランド〉のホワイトラビットは前進と投擲とうてきを同時に遂行した。


 指から離れた懐中時計型爆弾が中空でチックタックと時を刻む。落下。どん、と火柱が立つ。――火柱ソレを、さらに上回る火力で吹き飛ばされるのを見て、彼は疑念と憤慨をもって、正面から突貫する。


(一体――)


「どういうことだ、スズ――!」


「……?」


 晴らされた煙と炎の向こう。影のように黒い車体とそれを駆るダークスーツの大男。〈OZ〉のスズは今しがた打ち終えたロケットランチャーを肩から降ろし、ゆるく首を傾げた。


「不思議そうな顔をするなッッ!」


 うおん、と唸りを上げて純白のバイクが轢殺れきさつする勢いで向かってくるなか、スズはわずかな移動でその軌道から外れる。鎌首をもたげるような転身。その最中さなか、置き土産のように、サイドミラーに懐中時計のチェーンが引っかけられている。


「時計、持ちすぎじゃあないのか、だ。白兎」


 爆発まで二秒。ホワイトラビットが何度もそうしてきたように、チェーンに指をかけてカウボーイのように回し、真上に放る。空中に走る炎を見もせずに、放った掌を見せるように振って。


 ……ミラー越しに、その手から落ちるを認めて、ホワイトラビットは寸でのところでバックシートに乗っかっていた手榴弾を払いのけることに成功した。


 ばん、と何度目かの爆発。


 何なのだ、何なのだ、何なのだ、あの男――


 手榴弾程度なら。懐に隠し持っていたというのならお互い様だ。だが、だが!


 後ろを振り向いてはいけない。全力でこの男を振り切り――これは個人ではなくチームとしての危機感だ。スズを他の――アリスや双子たちと引き離さなければ瓦解、いや崩壊する。その役目は現在しっかりと果たせていると言っても過言ではない。だが解せない。


 ロケットランチャーをぶっ放したのも一度や二度なら許せる。いや許せないがそれが主武装なら認められる。振り返る。どうしてだ。


「何の手品だ、木こり野郎――!」


 追いかけてきているヤツが構えたのはだった。火竜かりゅうの吐息よろしく炎が路上を舐める。


 個人の火力、と言っても限度がある。あのバイクに搭載されている重火器おのが目を疑うばかりだがどうしようもなく真実だ。懐中時計で爆破をする度、それを踏破する度、このスズは持っている武装が変わっている――!


「あぁ……なるほど、だ。思ったより〈OZおれたち〉の調べが甘いようでなにより、だ」


 追走しながらスズは用済みになった火器を捨てる。身軽になった黒のバイクが白のバイクに追いつく。並走も束の間、二人で起こした混乱による大渋滞――ど真ん中にトラックが立ち往生してそのまま障害バリケードと化した十字路に、どちらも逡巡なしに突っ込んだ。


 ぎゃりぎゃりぎゃり、と火花が散る。二機のバイクは限界まで車体を傾け、トラックと地面の間をすり抜けた。敵対しながらも息の合ったスタントだが、その後の二人の表情は決定的なまでに違っていた。


 当然と、驚愕。


「だから、何で――」


 向けられる銃口。


「別に持っていたわけじゃあない、だ」


 ばん、という先刻までとはいささか軽めの発砲音。至近からのショットガンの散弾が、やっとのことで車体とタイヤに突き刺さる。



「――、用意をしていただけ、だ」


 湧出ポップではなく設置セット


 始まりの喫茶店から、道中のあらゆるポイントで。彼は都度都度するだけだったと、事も無げに種を明かした。


「……とはいえそろそろ終いカンバンだ。残りの武装は多くない。やってくれたな、〈不思議の国ワンダーランド〉」


 日本語で愚痴る。これでは作戦変更もむ無しだ、とスズはバイクを停めて一服する。


 今回の騒動で一般に一番の被害を出した一幕は、こうして終わった。





「ふーっ……あっても困るが、は火力をケチるなよ、だ。ホワイトラピット」

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