或る童話の結末。


『――以上がキミの欲しがってる情報。不足はないかな?』


『ええ、助かったわ。流石と言うほかありませんわね』


『それは良かった。今後とも御贔屓ごひいきに……っていっても情報集めは本業じゃないからさ、どうしたって一枚落ちる。あんま期待しないでくれよ』


『まあ謙虚けんきょ! ねえ、誰かと入れ替わってなぁい?』


『ヤだなぁ相棒バディ! リスペクトだよリスペクト。っていうのはそう思わせてくれるものなの! キミだってそうじゃないの?』


『まぁ気持ちはわからなくもないけれど』


『はは、こじらせてるなぁ。ボクにはわかんないんだけどさ、ちょっと苦労したんだぜ? 候補ノイズも多かったし。どんなに漁ってもまぁ出ない出ない。無責任に垂れ流すのが当たり前の情報社会の海で、少しでも関係していた連中はキミ含めて。なに、そんなに禁句NGなワケ? 


『…………。特段、別に。禁止や検閲されてるわけじゃあないわ? だからあなただって結局は情報を集められた。わたくしたちは示し合わせたわけではなくて……なんて言えばいいのかしらね。えぇと、そう――』


 ――きっと、同じことを想ったのだ。


同じことを想ったから、ランスロットという名前はFPライダーの誰の口からも零れなかった。そういうことではないかしら』


『ふぅん? そういうもんかー。なんかガムみたいだね』


わたくしたちの夢をチープにするのやめてくれない?』


『ごめんて。なるほど、のライドはキミたちの理想ユメそのものだったと。でもさでもさ、妙っていうか納得するっていうかさ、妙な双子だよね』


『ハンプとダンプのこと? まぁひょうきんなところはあるわね』


『違う違う、ランスロットのコト! 片方は興味が無くて、もう片方は興味が無い。性能スペックが同じだったら、同じように空に魅入られてもおかしくないと思うワケ』


『……わたくしは当人ではないし、一人っ子なのよね。だから所感も持ちようが無いのだけれど』


『じゃあ聞いてみてくれよ。はそれこそ誰の話題にも上がらないんだ。かつての空の王者、ランスロットは双子だった。でも『双子のFPライダー』って調べたらまずキミんとこの双子が候補サジェストに出る』


『ハンプもダンプも鼻が高いと喜ぶわね? チームを組んでるわたくしもそう。……ねぇ、あなたもたまには外に出るべきよ。顔を合わせて話しましょう?』


『うへ。なんだい急に!』


『いま言ったようなプライベートな質問を、本人の前で出来るのかって話よ』


倫理モラル値たっかいなぁーアリスは! 血統書付きのお嬢様は違うね! ごめんごめん、情報ゴミ漁りにしてもマナーがなってなかった。気を付けるよ』


『まったく。あ、お誘いは本気よ。生身のあなたの顔が恋しいもの』


『うへ。……で、結局のところどうなのさ。キミらの夢が、ボクはイマイチ確証が持ててないんだ』


『……よ。どう足掻あがいたところで、当時のわたくしには――あの時の誰もが、っていうだけ』



 少女は瞳と通信を閉じる。


 よくある話だ。


 あの日、少年少女の夢が砕ける音を聞いた。休日の、真夏の、穏やかな海さえ見下ろせたというのに印象イメージは赤色。


 ――そうして。だから。終わりの日は同時に、〈魔女〉の生まれた日でもある。


 /



 ……追想を打ち切って、アリスは閉じていた瞳を開く。おそらくは一秒にも満たなかったであろうその間にも、先を行く真っ赤なワンピースの後ろ姿はこちらを振り向かない。追いつけない? カカシと話している時間が命取りに? ――


 スカイラウドシリーズ・モデル『クイーン・オブ・ハート』の前面アタマを下げる。いきなりひざまずかされ、女王の走空そうくうに制動がかかる。そこに生まれた背後からの反動を使って、アリスは透明なトラックに追突されるように


 光の粉が波紋上に広がる様は、一度限りの花火のよう。ぐるん、ぐるんと回りながら描かれる放物線。それは三回転目で直進へと変貌した。


「……なあんだ。思ってたより早く来たじゃない、アリス」


「そう? わたくしは急いだわけではないのだけれど」


 いいえ。本当は急ぎましたとも。


「ドロシー。まさかとは思うけれど貴女あなた……手を抜いてるんじゃなくって?」


「あたしのこと買ってくれてるのは嬉しいけど、ちゃんと走ってるよ。アリスを甘く見て泣きを見るだなんてゴメンだし。まだ上げられるのはほんと。でも」


 ちょっとだけ。寂しくなった、と。



「――そんな感傷めいた目で見られるのは我慢ならないわ? 安心なさいなドロシー。今日もわたくしが勝ちます。悔し涙で枕を濡らすがいいんだわ!」


「なに勝手にってんの? 今日じゃなくて今日でしょ! 連勝させたことなんてないじゃんか」


 それはその通り。二人の少女の実力は、交わされる軽口のように激しい差などない。


 二つのボードは、いさかいながらもむつみ合う絵筆のように、蒼空に二条の光を描いて時計塔の頂点を目指して進んでいく。



 ――ゴーグル越し。だからわずかにせた色彩で、その姿をカカシは遠くから眺めていた。

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