〈足無し〉カカシと妖精の粉


 ロンドン各地で、自分たちが火種――もとい火薬となっているなか、タクシーから降りた少年はそのまま正面に高くそびえる、一見地味なビル……立体駐車場へと入り、エレベーターの中へと消えた。


さいじょうかい』のボタンを押し、わずかな浮遊感を味わいながら考える――アリスと双子のFPライダー。マッドハッターと呼ばれた青年。ホワイトラビット――〈不思議の国ワンダーランド〉。


大強盗クローバー】がに仕掛けられた、その違和感ザラつき。素性を知られている、というのはまあ理解できる。僕たちも人間で、別段社会を廃絶して生活しているわけではないのだから。実際にドロシーとアリスは幼馴染おさななじみであるのだし、過去に何度もで飛んでいた仲だ、スズやレオと面識がなくとも、彼女の飛行を目にしたら一も二もなくしただろう。


大強盗アレ】は〈OZぼくら〉だと。


(……よほど腕の立つ情報屋がアリスの側にもいる、ってとこかな。)


 なんにせよ、戦力まで把握したうえでの個別撃破狙いだ。今までに出逢った敵勢力の中で、最もきが良い連中とみてまず間違いはない。


 やがて、目的地にたどり着いた箱はその口を開く。


「……一番いきだったのは、貴女に違いない」


 ふとした顔が記憶によぎり、カカシは少しだけ笑うと屋上へと踏み出した。ゆっくり。


 屋上に他の駐車は無い。青い空と太陽の日差し。ちぎれちぎれに流れる雲の下。たった独りで眠る鳥のように、赤い飛行艇が羽を畳んで鎮座している。


 操縦席に乗り込む。専用のキーを挿し込んで回す。液晶のパネルに光がともる。


 各種機能がONの表示をし、この機体に搭載されたAI管制システムが声を発した。


《Pi。――HT2Sハイアー・ザン・ザ・サン、System『R』。起動しました》


「おはようレイチェル。すぐ飛べる?」


《Pi》


 肯定を示す、短い電子音。


「ちょっと予定が差し込まれてね、もう


《穏やかではありませんね。シートベルトを》


「OKだ」


《ゴーグルを》


「うん」


 少年は首掛けのゴーグルを両手に取って、しばらく眺めていた。


《マスター。お急ぎなのでは?》


「あんまり。レオもスズも、死にはしないでしょ」


 ゴーグルをける。


《ドロシー様が一緒ではありませんね。作戦は当機ワタシからの降下強襲だったと記録しています》


「今から迎えに行くところ。こっちは準備OKだ。行こう、レイチェル」


《Pi。モードは手動操縦マニュアルをお勧めします。かんをしっかりと握ってください》


「手厳しいなあ。理由を訊いても?」


 翼が開く。


《ティーンらしいですね、マスター。当機ワタシはいつでも貴方の翼です。けれども》


 発進は滑らかに。高級車のような滑り出しでその飛行艇は屋上を走り出し――


《けれどもというのはヒロイン的にはとてもいただけない》


「……本当に手厳しいなあ」


 ギアを変速させる。一段。両翼から、FP機構――ボードの出力を遥かに上回るそれが光を粉ではなく帯として空に描いて。赤い飛行艇はロンドンの空へと飛び立った。


「僕は時々、君が機体じゃなくてどこかの管制室にいるオペレーターなんじゃないかと思うことがあるよ」


 下手な人間よりもスムーズに、機智ウィットんだ言い回しでの会話。


《お褒めにあずかり光栄です。火器管制システム、オールグリーン》


「撃つのはどうしようもなくなってからにしよう。ドロシーの幼馴染だしね」


 レイチェルのセンサー、カカシの肉眼ともに、激しい走空そうくう戦を繰り広げている四人の飛行症候群ピーターパンシンドロームを捉えた。


 アリスにハンプとダンプの追い込み方は、カラス集団戦闘モビングに似ている。ただ闘争相手がタカなどの天敵ではなく、同ランクのFPライダーとなればその数の優位はそのまま勝敗に直結する。スポーツとしてではなく、闘いならばなおのこと。


 都合つごう四度目のアタック。走る空を軒並み奪われたドロシーを地に落とさんと、三方向から轟音を立てて襲い掛かる。




 ――その間を、場面切断シーンカットするように〈足無しスケアクロウ〉の飛行艇が猛スピードで横断した。


「「だわっっ!?」」


「きゃっ」


「……カカシっ!?」


 気流に乱れが生じる。三人は散り、残る一人が切り裂かれた空の断面に並走した。


だろうと思って来たんだけど、なに。話って険悪なのだったの?」


 なだらかな地平と水平なUターン。機体ごと横向きになったカカシは、並んで走るドロシーに急いだ方が良かったか、と確認を取る。


「険悪も険悪っ! 元々仲なんて良くなかったんだしっ! 言っとくけど買ったぶんの喧嘩ケンカは返却しないからねっ!」


 珍しくもないがキレている。


「……ふうん、まあいいや。アリス、一対一はどう?」


「あらカカシ。チーム戦はライドの華だけれど?」


「そっちの双子は僕が引き受けるよ。どちらかと言えば彼らは僕に何か言いたそうだ」


「よくわかってんじゃんかカカシーィ!」


「足無し! みっともなく乗りがやって!」


 ――どうやら。これは本当にカカシにとって慮外りょがいの気持ちだが。


 飛行症候群ピーターパンシンドロームというのは、自身のたのむ翼は一枚のボードであるべきだ、という主張ポリシーがあるらしい。


「僕はFPライダーじゃないからなぁ。ドロシーとアリスは天辺てっぺんがゴールで良いんじゃない? 僕と双子は……そうだな」


 少し考えて、制動をかける。ドロシーは喧嘩を売られて買ったと言った。なので。


「そっちがって言ったり、思ったら負け。君らのライドに僕の負けってことでどうかな」


「「はっ?」」


 その、あまりにも不遜な提案に。



「走りに自信があるんだろ? FPライダー。〈ジェミニ〉」


「こっの、」


「、ボードにも乗れないクセに……!」


 同じように喧嘩を売ることで、良しとする。


「そう。あまり興味がなかったからね。足無しのカカシにもわかるくらいに、ボードが乗れるってのがどれだけ凄いことなのか教えて欲しいんだ。せめて名前くらいは憶えて帰りたい。頼むよ、その……トゥイードル兄弟?」


「「ティー兄弟だよッッ!!! 頭ン中マジでワラなの!?」」


 ――果たして〈ジェミニ〉ハンプ・ティーとダンプ・ティーはその挑発に乗った。ゴーグルの中、冷ややかな目でカカシはそれを眺めている。


「アリス、異存は?」


「あると言ったら?」


「安い台詞だから言いたくないけど、言い時もないから言おう。


 ういーーーん、と呼び動作で両翼に取り付けられた機関銃バルカンが空転する。


「本当に物騒で安い台詞ですわね!? ええ、呑みましょう。ハンプ! ダンプ! 無様な走りをしたら承知しなくってよ!」


「ドロシーもそれでいい?」


「あたしは三人相手でもいーしっ! でもゴールありの走りランならアリスなんかに負けるわけないしっ! それでいーよっ! あとであたしのご機嫌取りなさいよねっ!」


「はは。――じゃ、そういうわけで始めようか〈不思議の国ワンダーランド〉」



 双子が交差しながら上昇する。二人の少女は顔を見合わせてからツンと逸らし、ゴールである時計塔――大英博物館へと視線を向けた。


「『家に帰さない』とまでは言わないよ。でも、送り届けまではしないからね。このレイチェルはなんだ」



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