〈空を奪った女〉


 爆風を、まず一人の少女が空へと駆け上がった。下降気流を貪欲どんよくに食らう力強い踏み込みカッティングたびに、光の粉をまき散らしながらジグザグに昇っていく様は、雪山を滑り降りるスキーのに似ている。


 ドロシー。【大強盗クローバー】〈OZ〉の紅一点にしてFPライダーたち……『飛行症候群ピーターパン・シンドローム』の中でも頂点トップの一に数えられ、〈竜巻乗りトルネイダー〉〈日曜の魔女サンデイ・ウィッチ〉〈カカシの恋人〉――幾つもの渾名あだなを冠する少女。


 。FPボードの裏にえがかれたロゴ――スカイフィッシュシリーズ・モデル『サンデイ・ウィッチ』のZ字のほうきまたがる魔女のシルエット――で逆光の鎖を断ち切って、ドロシーは眼下に広がるパノラマ化したロンドンの街を見下ろす。


 そのタイミングで、ジェット機のような轟音と足並みを揃えた二つの閃光が少女の両サイドから猛追してきた。


あいわらずせっかちだなァ!」


「死に急ぐ鳥みたいな加速じゃんか!」


 伴う軌跡ひかりハサミのように交差する。投げられた言葉に応えず、ふんと鼻を鳴らして目的地へ直行しようとするドロシーを囲うように展開し、


「「久しぶりだってのになんてご挨拶! 少しは付き合ってけよ、ドロシー!」」


 空中のステレオサウンド。〈ジェミニ〉ハンプ・ティーとダンプ・ティーはそれまでの走空そうくうと同じ、鏡合わせのように同時に声を投げかけた。


 少女の美貌びぼうが苛立ちに歪む。あめいろ色の髪と真っ赤なワンピースのすそを揺らし、ボードのエッジを片手で掴んでの滞空――加速アクセル以上の制動ブレーキをかけるという強引な――しながら、ドロシーは深呼吸した。ボードと自身の激情、どちらも落ち着けるように。


「…………何の、用よ」


 獲物に飛び掛かる寸前の肉食獣を連想させる。持ち前の美しさもあいまったその迫力に、にらみつけられたハンプとダンプは顔を見合わせて「「こっわ」」と肩をすくめた。一人で受け止めるにはいささか、言葉どおりに怖いと素直に白状できるほどの重圧。


「地上じゃ誰が聞き耳立ててるかわかんないしさ!」


「だからボクららしく邪魔の入らない空で話そうって、いやコレはアリスの提案なんだけど!」


「そのアリスは何してンのよ」





「あら、お呼び?」


 ――そして。その発端である〈不思議の国ワンダーランド〉のアリスが登場した。


「呼んじゃいないわよ。で、何の用? ホントに嫌がらせ?」


「そんなに噛みつかないでくださる? ハンプとダンプはもう言ったかしら。お話を、しましょう」


 同高度に並び立つ、ドロシーと対照的に青を基調とした意匠すがたのアリスは――これも対照的に。落ち着き払った調子でを告げた。


幼馴染おさななじみでしょう、わたくしたち。ねえドロシー? 理由を聞けないまま、貴女あなたは舞台から降りてわたくしたちの前から姿を消して。それから今になって現れた」


「別に、あたしがどこで何しようがアリスの許可なんていらないでしょ」


「その首に、びっくりするくらい高額のをぶら下げても?」


「そうよ」


「たくさんの人に恨まれてるわよ、ドロシー」


「知ってるわよ」


「強盗の方じゃなくてよ。ドロシー、貴女理解していて? 数多くのFPライダーから夢を奪ったことを」


 大空の中で、アリスは糾弾きゅうだんする。これは飛行症候群ピーターパン・シンドロームの総意である、と。


「――『ランスロット』を殺した女」


「――――」



『――ああっとドロシー! まさかの失墜しっついィ!――』


 フラッシュバックする過去のワンシーン。悲嘆を叫ぶ実況。遠ざかる、彼女たちにとっての――



、アリス」


【大強盗】の活動の出鼻をくじいたことは腹が立つけど、きっと明日には忘れるだろう。


 お気に入りになったであろう喫茶店を爆破したことも、まあ拳骨ゲンコツくらいで許してやっても良かった。


 


 本人を含め、この空の下で、彼女の前で『ランスロット』の名前を口にすることだけが、この少女にとっての特大の地雷だった。


 その名はドロシー。〈竜巻乗りトルネイダー〉〈日曜の魔女サンデイ・ウィッチ〉〈カカシの恋人〉――そして、〈空を奪った女モリガン〉。幾つもの渾名あだなを冠する少女は。


 スカイラウドシリーズに恨みはないけど。


「モデル『ジャバウォック』に『クイーン・オブ・ハート』……全部砕いて、空にいてやるわ」


 ――邪魔をする鬱陶うっとうしい幼馴染たちから明確なとして、認識を変更させた。


「……くふっ」


 アリスは胸の前で祈るように手を組んで――うっそりと微笑んだ。


「やっと。やあっと、わたくしたちを、見てくれましたわね、ドロシー」

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