アイ・ウォール


 今回の騒動の発足ほっそく地点。爆破され半壊した喫茶店に残っているのはふたりの男。巻き込まれた人々は無事かどうかはさておき、なんとかその全員がこの場からの退避に成功していた。


 そして、この時点で。【大強盗】の、〈OZオズ〉での彼の役割は攪乱かくらん――派手に騒ぎを起こし、本命の獲物への注意をらすことだったからだ。規模としては上々の出来。少しばかり気に食わない部分としては、それが相対あいたいしている白スーツ――〈不思議の国ワンダーランド〉のホワイトラビットと呼ばれた男が文字通りのなことくらいか。


「……」


 まあ、多少シャクさわるが問題はない。


 なのでスズは着込んでいるダークスーツのえりを正し、内ポケットから煙草タバコを取り出し、オイルマッチで火をけ、一服してから言葉を発した。


「それで、だ」


 爆発より、普段より八割増しで換気が良くなった店内から硝煙しょうえんが出ていく中、新たに紫煙しえんを吐き出して問う。


どうするつもりだ、だ……ホワイトラビット」


Freeeeeeeze動くなァーーー!!!』


 ジャカジャカと店外から銃口が向けられる。当然の帰結としての


「……まぁ、そうだな」


 ホワイトラビットは開いた両手をゆっくりと上げて投降とうこうのポーズを取った。


「オレの役割はスズ、お前を他の連中から引き離すこと。それは〈OZ〉や〈不思議の国なかま〉、どっちもだ。それがこうして達成できた以上、警察や賞金稼ぎにお前を引き渡しても良いんだ。良いんだが」


 しゃらり、とチェーン小粋こいきに鳴った。上げた両のてのひらから吊り下がる。一秒前までは諦めきった犯罪者のポーズが、次の瞬間には最高潮クライマックスを盛り立てる指揮者マエストロのそれに変貌する。手首の捻りスナップに合わせて回る。右は前方。左は後方。挙動の自然さと唐突さに、誰もが息を吸ったタイミングで、懐中時計型のが放たれた。


 かっち、かっち、かっち。


「――それでは少し、面白くない」


 どぉん。


 二度目にして、今度は二つの火柱が同時に上がった。喫茶店を包囲していた警察隊が泡を食ったように退避行動を取る。対してスズは、


「同感だ、だ」


 じゃこん、とホワイトラビットに向けてを発射するところだった。


「!?」


 ――!?


 そんな当たり前の疑問しょうげきが口から出る間もなく、またホワイトラビット、および警察をはじめとしたの敵対勢力に対する一切の容赦もなく、それは予想通りの大爆発をもって【大強盗】の退路――もといを阻む障害ラチを強引に開けた。


 騒乱が一段階ギアを上げる。もう周囲一帯は何をどうしたら良いのか正解がわからない状況だ。


 男が煙を引き連れて店外へと歩み出る。


「待、てッ、この――!」


 ギリギリのところで惨事を回避したホワイトラビットが追いすがる。スズは奇跡か計算か……果たして無傷のまま軒先に停めてあった愛車であるアメリカンバイクにキーを差し込み、エンジンをうならせるところだった。


「笑わせるなよ、だ」


 無表情のままの顔だけを彼に向け。


、だ。白兎ホワイトラビット


 どるるるん、といななきひとつ。傷だらけのアスファルトに更にタイヤ痕を刻んで〈OZ〉の『壊し屋クラッシャー』は目的地――時計塔へと向けて進撃を開始した。


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