【大強盗】のディナータイム


 ――結論オチから言うと。この日、ロンドンの大百貨店デパートを襲った【大強盗】は五人全員が身柄みがらを拘束され、それを追っていた専業賞金稼ぎ――カラーズの手にその賞金は舞い込んだ。


 同時に世界中のあらゆる情報媒体がその名を叫ぶ。


 たった一つの例外を除き、




 ――では、苛烈きわまるその舞台の幕引きのを。



 /


 キィン、と風を切り裂く音が橋の遥か上空から。けれどもそれは、で起きている大惨事の前にはあまりにも小さく。停止を余儀なくされたセダンから、四人の武装した【大強盗】が躍り出た。


「一体、」


 一斉に向けられる銃口。強引に過ぎる橋上きょうじょうの交通停止に巻き込まれた人々などお構いなしに。


何者ナニモンだテメェら――!」


 引き金が引かれる。二台の車から飛び出た三人の敵対者はそれぞれが射線から外れ、それぞれの得物えものに手をかけていた。


 拳銃。それを堂々と構える人種はそう多くない。まだこの封鎖されたロンドンのブリッジに辿り着けていない警察機構か、そうでなければ、


「死にたくなけりゃあ大人しく投降しろ、賞金首ィッ!」


 彼らのような賞金稼ぎカラーズか。そして渦中の只中ただなかにいる賞金首くらいのものだろう。


「右半分、任せていいかい?」


「あぁ、賞金の話がウソじゃなけりゃあな!」


 そいつは上々、と笑って。銃弾が飛び交う中で男。追手の車の、やけに古い方から出てきた――薔薇バラ柄の開襟かいきんシャツに黒いジャケット、レザーパンツというド派手な出で立ちが、無造作にかき上げた金髪と絶妙な塩梅バランスで成立している青年――レオは、その左手に持ったじみた物騒さの拳銃を左手に下げたまま歩みを進める。


 ――その、【大強盗】らの口から発された誰何すいかに同調するように。共闘を受けたカラーズもレオを横目に見ている。


「なンだ、天下の【大強盗】がを知らねェのか。はッ」


 すれ違う銃弾を気にも留めずに歩き続ける。その振る舞い。動物顔かぶりものの下で、ぞくりと何かが通り過ぎる。


「はッ。ははははッ。ははははははははッ」


 がん、と。


 発砲。四人の後ろが衝撃に揺れる。胴体にぶち込まれた45口径カスール弾の一撃で、防弾仕様のセダンの車輪あしが浮いた。


「俺はレオ。本名はもうちっと長ェがレオで通ってる。お前らの名前は? ウサギとかヤギとか、まさかそんなワケねェよなあ?」


 二発がん三発ごん


 したな口調と乱暴が具現化したような銃撃の温度差。――その名乗り上げに、応戦していた四人の強盗の動きが凍り付く。


 


 賞金稼ぎの疑心が確信に変わろうかという刹那。そのが、天空より飛来した。


 空を裂く音。調子の良い鼻歌のソプラノは不謹慎にも破砕された橋の、この現状を古く歌ったものだった。


 レオを除いたその場の全員が見上げる。――太陽を背に、真っ赤なワンピースの少女が、空を飛んでいる。


 その脚にかれた一枚のボードこそ、時代錯誤にも賞金稼ぎと賞金首が跋扈ばっこする現代の在り方を、を骨董から最先端へと押し上げた科学技術のすい


 機構『Fairy-Powder』を搭載したボード。光の粒をまき散らし、幼き日に見た憧憬ユメ――空を飛ぶことを可能にした、掛け値無しの



 神出鬼没である八組の劇場型賞金首……『ミリオンダラー』の第二席について、今なおもってその正体は謎が多い。一般に知られている情報は些細なものだ。


 は主に、ヨーロッパで活動しているということ。


 であること。


 うち一人は、『竜巻でさえ乗りこなす』とうたわれる、トップクラスのFPライダー――飛行症候群ピーターパン・シンドロームの少女であるということ。


 標的マトに向け直滑降する少女の脚が、弾丸を放つ銃のようにFPボードを蹴り出した。


 セダンの屋根に、お子様ランチのよろしく突き刺さる。


 その後、少女は反動で空中でくるくると二回転して、突き立つボードの真横に着地する。


 正体は知らない。ただ、彼らのその名前だけなら


「「「「――〈OZ〉ッッッ!?」」」」


 ズ、の発音で綺麗に裏返る声。少女――ドロシーはにっこり笑って。



「はァい。よくできました☆」


 その、。太陽に隠れた、少女のワンピースと同じ色。赤い飛行艇に乗る少年――カカシは地上を俯瞰ふかんしながら最後の号令を下す。


「いいみたいだ――スズ、お願い」


『了解、だ』


 の空気を呑まれた橋の上に、駄目押しとばかりに対岸から放たれるランチャー砲が、遅れに遅れた警察の脚を更に止める。控えめに言って大惨事であった。


 呆気あっけに取られるカラーズの心を置き去りに、戦意を無くした【大強盗】へ、肉薄したレオが銃口を突き付ける。


「俺らのことはわかったろ? そこんとこ踏まえてもう一回聞くぜ。――?」




 ――これは、現代を舞台とした話。


 ミリオンダラーの第二席。【大強盗クローバー】〈OZ〉が世界中を巻き込んでえがく、荒唐無稽こうとうむけいな強盗の童話おとぎばなしである。


 もちろん、きちんとフィクションで。





 /その日の夜のおはなし。



 ロンドンのデパートを襲った強盗は、きちんと五人全員が現場にいた賞金稼ぎの手で換金された。実行犯は四人。最後の一人は――セダンの目と鼻の先で停止させられた、の運転席にいた。セダンごと強奪品を格納して逃げおおせる手筈だった、ということだろう。


 困ったことにその盗品は元の場所には戻らなかった。偶然デパートに居合わせたレオが巻き込まれたことにより、休日オフを返上した【大強盗】がトラック芸その手で荷物を奪って逃げてしまったからである。


〈OZ〉からしたら臨時収入を喜ぶほどの益でもない。ただ、成りすましの強盗と【情報屋】から届いた追加の情報で、夕食の話題に困らなくなったくらいだ。




ぉ~? なにソレ意味わかんないんだけどっ」


 テーブルでカカシが口にした今回の騒動の発端ほったんに、ドロシーが不機嫌さを隠そうともせずにフォークを上下させる。


行儀ぎょうぎ悪いよドロシー」


「はぁーい。で、結局どういうコト?」


「〈OZぼくら〉ってさ、ほら。言っちゃえば失敗しないじゃないか」


「うん。今のところ狙った獲物は逃がしてない! ってカンジだねえ」


「で、その手口を分析されるまではまぁ、いいんだけど」


「――ノウハウを勝手に売りさばいた奴がいる、だ」


「そういうこと」


「なんで?」


「いや僕に言われてもわかんないよ。賞金首になるにも説明書マニュアルがあった方が便利、とか? ともかくあの五人はネット経由で手に入れた方法を、実行したんだってさ」


「えー。『この方法でアナタもミリオンダラーの一角に!』みたいな? ダサっ。自分でやらなきゃ意味ないじゃん。ふつーに犯罪だし」


「そんな感じじゃない? バドに追加で調べるようには頼んでおいたけど。続くようなら面倒だなぁ……ところで」


 ティーカップを置いて、四人用のテーブルの空席を見てから、カカシはスズに顔を向けた。


「レオは?」


「……先約があるそうだ、だ」


 スズ――大柄な日本人の言葉にカカシは今日何度目になるかわからない溜息をついた。


「今日は振り回されてばっかりだなぁ……」


「そんなのいつもじゃん」


「ドロシーうるさい」




 /


「日中は随分と大変な目にわれたようですが、ご無事でなによりです、Mrミスター.ヴァレンタイン」


「なに、アンタとの約束を反故ほごにするほど立て込んでたわけじゃないさ、Mrミス.グリフィス」


「本当に口がお上手で」


「良い酒を入れてるからな、そりゃあ回るさ」


【大強盗】が持ち逃げしたデパートのブランド品は全て、彼らの足取りごとどこかへ消えてしまった。


「ふふ。それで、今日のお目当ては?」


「店員はそれどころじゃなくなっちまったから、アンタに聞くよ。どうだい、俺に似合いの財布かな?」



 ――




 第1話/ロンドン橋、落ちる。 終幕。

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