少年少女のガイドライン。


 ガラスしにうなり、悩むことじつに十分強。そうして二十種類近くの選択肢から、少女はなんとか四つまで候補を絞り込んだ。問題はここからだ。


 真剣な顔でジェラートのフレーバーたちとにらめっこしている連れ合いに、隣の少年があきれ混じりの溜息とともに提案する。


「……いっそ全部にしたら?」


「お昼まだじゃん。それにそんなに食べたらおなか冷えちゃうよっ」


「このままだとランチになるまでここに釘付けになってそうだけど」


「そっちは決まったの?」


「もうとっくに」


「じゃあ先頼んでていいよ」


「待ってる間に溶けちゃうだろ」


「もー! ……うー。うん、よし、決めたっ!」


「お先にどうぞ」


「……ぴ、ピスタチオと、ストロベリー」


 よっぽど苦渋くじゅうの決断だったとみえる。少女はチョイスできなかった残り二種類を名残惜しそうに見ながらの注文。


 対して少年の方は、実にスマートだった。


「ハニーミルクとヘーゼルナッツで」



 その内容に、少女の眉根はいっそう不機嫌そうに寄ったのだった。


 /


「ねえ」


「なに」


 昼下がりのロンドン。それぞれジェラートを片手に、一組の少年少女がゆっくりと歩いている。


 お目当てのフレーバーの乗ったスプーンを口に入れ、やはり期待通りの味だったのか満足げにうなづいた後、少女はジト目で隣の少年を見上げた。


「あたしはさ、ピスタチオとストロベリーと、ハニーミルクとヘーゼルナッツで悩んでたんだ」


「知ってる」


「カカシは『もうとっく』にって言ったじゃんか」


「そうだね。あ、美味しい。ドロシーも食べる?」


 彼女ドロシーを食べながら、カカシと呼ばれた少年はその視線をスルーしている。


「食べるけど。あたしはカカシとシェアしたかったんだよ」


「今してるだろ」


 ととん、とドロシーが一歩先に出て、くるりと回り込む。ぁ、と小さく開けた口で、そのをぱくりと噛み付く。うん、やっぱり美味しい。そのうえで。


「わかってないなぁー。カーカーシーはっ」


 そんなダメ出しをした。


「は? なにそれ」


 今度はカカシ少年の眉が不機嫌にゆがむ。


「あたしは、を食べたかったんだよ。カカシと一緒に」


 一番を譲ったでしょ、と抗議するように見上げる瞳から、うざったそうに視線をきって――あるいは逃げるように――、少年はスプーンで少女の持ったピスタチオをすくう。


「……わかってないのはドロシーの方だろ」


「は? なにそれ」


 会話が途切とぎれる。一歩分を待って、少年の歩みに少女が並ぶ。


 こうして並ぶとよくわかるふたりの身長差。男女らしく、少年の方が10cmほど高い。


 それでも歩幅は少年の方が小さかった。


「あ、そうだ。せっかくだから服も見たいなー」


「いいよ。時間あるし」


「今度はカカシが選んでよね」


「それこそドロシーが選ぶべきでしょ。着るの僕じゃないんだから」


「はぁーーーー。わかってないなぁー。カーカーシーはーっ」


 どうしてか、先程よりも上機嫌に。歌うようなソプラノが、同じ音階で不満を口にする。


「ね、ね。もう一口ちょうだい?」


「いくらでもどうぞ」


 その為に選んだのだし、という言葉は飲み込んで。ふと歩く先の景色を遠くまで広げた矢先。


 ――交差点を直角ドリフトし、対向車線を猛スピードで突っ走っていく黒塗りの高級車とすれ違った。


「なにあれ」


「さぁ?」


 その程度の危険運転は見慣れているのか、さして驚かずに走り去った車を見て、それから問題の十字路へ。暴走した車両のせいで一時的な渋滞が発生してる。その向こう。


 黒い煙を吐き出す、数分前までは絢爛けんらんを誇っていたであろうテナントビルが、なんとも無惨な姿で二人の視界に納まった。


「……わぁ」


 ついでに言うと、二人がこれから向かう先の店舗であった。


 更に言うなら。


があそこで財布買うって言ってたよね」


「言ってたねえ」


《Pi》


 その時、タイミング良く少年の携帯端末へアナウンスが入った。


「うん?」


《マスター。Mrミスター.から通信です》


「繋げて」


ぼう、今どこにいる?』


「なんか爆発したビルの一個先の交差点。ところで無事?」


『無事じゃねェよサングラス吹っ飛んだわ』


「無事じゃんか。今どこ?」


『貸金庫で着替えてる。は?』


「隣にいるよ。で、そしたらランチ?」


『残念ながら昼飯はキャンセルだ。の時間だぜ、坊』


「っていうか今日オフにするって言ったのレオじゃないか。『気が乗らなくなった』とか言ってたよね」


「気が乗っちまったンだよ」


「えー……」


 ――なんとも物騒な時代である。今回ちまたを騒がせた【大強盗】のように、世の中の犯罪者連中には揃ってけられている。


 そして、だからこそ『賞金稼ぎ』なんていう職業が正式に存在しているのだ。


 気が乗らないなあ、とカカシは溜息を吐き。


「あたしはいいよ。面白そうだしっ」


 先刻のようにカカシの前に出て、ドロシーが笑う。背景は火の手と黒煙、それから野次馬とパトカーのランプで随分と物騒だ。


『これで二票だな、坊』


「……はなんて?」


 のっとって多数決を求める少年に。


『坊に任せるってよ。ショウタイムだぜ、。気合入れてこうぜ?』


 お前が決めろ、と。奔放ほんぽうな口がをうたってのける。


「…………はぁー。レイチェル、【情報屋】に連絡を」


《Pi》


「で? 手がかりはあるの? さっき黒いセダンとすれ違ったけど」


『そいつでアタリだ。聞いたら驚くぜ? しっかり名刺を残してった。なんと【大強盗】だってよ!』


「それは……驚いたな。うん、いいや。始めよっか」


『ははッ! そう来なくっちゃなあ!』


「あっでもちょっと待って」


『ぁン?』


「まだ食べきってないんだよね、アイス。準備できたらこっちから連絡するよ」


 昼食は遅れて摂ることになるだろうし。



「ドロシー、もう一口ちょうだい」


「あは。いいよ。交換しよっか!」

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