第73爆撃航空団 第520爆撃群(2)

第34話 カーチス・ルメイ

「諸君、高度を下げろ!」

 青空の広がるサイパン島の南方洋上を飛行するB-29の機首で、爆撃手席に座ったグライムズ少尉が仰々しい口調で叫んだ。眼下の美しい青い太平洋の海面は太陽の光をキラキラと反射しながら徐々に飛び去っていった。

 彼らの乗機である「Harsh Mistress」は前回の出撃で第2エンジンを被弾していた。そのエンジンは修理不能と判断されたため、交換したのちに朝から試験飛行を行っていたのだった。順調にテストを終えて引き返した彼らは着陸に備えて高度を落とし始める地点に来ていた。


 爆撃手席のすぐ後ろ上方にある操縦席に、通路を挟んで並んで座るストレイヤー少尉とリプトン中尉は思わず吹き出した。

「似てる」

「確かに」

「なんです?」

 左右の操縦席の間に座りこんでいた側方銃手のエッカートが、怪訝な顔で周囲を見渡した。本来であれば試験飛行に側方銃手は不要だったが、エッカートは人懐こい笑顔で搭乗を申し出ていた。飛ぶのが好きなんです、と彼はいつものように言い、テストが終わると中央のコンパートメントから通路を通って操縦室にやってきていた。

「カーチス・ルメイさ」

 リプトンがエッカートに説明した。

「次の出撃から高度を少し落とすんだ。そいつを説明した時のルメイのセリフだよ」

 ストレイヤーが補足する。

「あぁ、昨日の」

「そうだ」

 ルメイ少将が着任して初めてのブリーフィングは士官のみが集められたため、一等兵のエッカートは参加していなかった。


 リプトンたちが所属する第20航空軍が行なっているマリアナ諸島からの日本本土空襲は、1944年11月23日に始まってからヘイウッド・ハンセル少将が率いていた。しかし、目標とする日本の軍需工場への昼間精密爆撃が思うように成果を出せず、結果としてハンセルは更迭された。後釜としてやってきたのがカーチス・ルメイ少将だった。ルメイはヨーロッパ戦線のドイツ爆撃で頭角を表し、中国から九州を狙った戦略爆撃を指揮し、着実に実績を積み重ねてきていた。


「どう思います?」

 ストレイヤーは操縦桿を倒し、徐々にB-29を降下させていく中で言った。

 リプトンが答えた。

「高度を落とせば爆撃の命中率は上がる。単純な理屈だ」

 爆撃手席のグライムズはノルデン照準器にもたれかかり、浮かない顔で続けた。

「確かに奴の言うことは一理あるけれど、今まで護衛戦闘機なしでなんとかやってこれたのもこいつの速度と高度を利用していたからでしょう。高度を下げればジャップの戦闘機も元気になる。私はゾッとしませんね」

 エッカートがリプトンを見た。

 リプトンは前を見たまま言った。

「問題ない。とりあえず2000フィート下げるだけだから、それほど変わらないさ。それでちょっと様子を見るだけだ。それに迎撃が激しくなれば君の出番も増える。頼りにしてるぞ」

 エッカートは銃座の照準器を左右に動かす真似をし、嬉しそうに頷いた。

「任せてください!」


 サイパン島が徐々に近づき太陽の光を浴びてギラギラと光る白い滑走路が見えるようになると、今日も暑くなりそうだな、とリプトンは思った。

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