飛行第一九一戦隊(2)

第33話 空戦訓練

 伊吹芳彦は飛行服のまま、赤羽飛行場の指揮所ピストの前で北の空を見上げていた。そばには部下の少年飛行兵出身の下士官操縦者数人が一緒にいた。

 大型機相手の迎撃戦闘訓練を調布から出してもらった双発高練(一式双発高等練習機のこと)を相手に実施した伊吹たちの桜隊(第三中隊)は本田軍曹と永野伍長を残して着陸していたのだった。

 入れ替わりに、橘隊(第二中隊)の佐竹少尉と平川伍長の飛燕が離陸して行った。そして荒川を越えた埼玉上空で、本田軍曹と佐竹少尉、平川伍長、永野伍長の合計四機の飛燕が空戦訓練に入っていた。

 状況は本田軍曹対その他三人の、一対三の模擬空中戦だ。佐竹少尉は二対二での実施を主張したが、それでは勝負にならないと伊吹は一対三にした。経験と技術と才能に差があり過ぎて、それでも本田の方が勝つのではないかと伊吹は考えていた。

 佐竹少尉率いる三機が高位からの対向戦に入ると、本田機は緩やかな降下に入った。小飛(少年飛行兵)一五期の平川伍長と特操(陸軍特別操縦見習士官)一期の佐竹少尉は旋回しながら追撃し、永野伍長はやや上空で援護体制に入る。しばらくして徐々に二機を引きつけた本田機が、速度を調整しながらバレルロールで平川伍長を前に押し出し数秒間後ろに付き、”撃墜”をとった。

 伊吹は側に置いてあったテーブルの上の無線機から、マイクを取った。

「平川、撃墜だ。戻れ」

『了解』

 平川伍長機は翼を振って離脱していた。

 残った佐竹少尉機は平川伍長機を撃墜して速度を落とした本田機の左後上方をとり、旋回戦に入った。そのさらに上方から援護体制に入った永野伍長が本田機の頭を取る様に機首を向けて行く。

「まあまあだな」

 伊吹と部下の少年飛行兵数人が固唾を飲んで見守るなか、本田機はギリギリの位置取りで永野機を躱し、交差した二機が離れていく。

「あぁ・・・」

「ダメか!」

 永野伍長の同期である少年飛行兵達は地団駄を踏んで悔しがった。

 しかし本田機が若干無理な機動で速度を落とす間に優位をとった佐竹少尉機が、ジリジリと本田機を射線に入れるべく旋回しながら追い詰めていった。

「あっ!」

 次の瞬間、本田機は急旋回からいきなり機体を踊らせ、そのままくるくると回りだし、放り投げた石のように落下していく。スピンに入った本田機に、佐竹機は目標を見失い旋回を続けるしかなかった。

「中尉殿!まずいです」

「きりもみに入った!」

 伊吹は若干しらけたような顔で苦笑いする

「大丈夫だ、あれは奴の得意技だ」

 わざと見せ付けたな、伊吹は思った。

「ビルマで散々使って・・・」

 若干心配しながら伊吹は言い淀んだ。

 あの手でむしろ窮地に立ったことも何度もあったではないか。多数の敵が乱舞する状況では絶対劣勢になる場合が多い。


 伊吹と少年飛行兵達が見守るなか、程なく本田機は機位を回復し、猛烈なエンジン音と共に急降下、速度を上げて赤羽飛行場を目指して加速してきた。置いてきぼりを食らった平川機と永野機は慌てて旋回して追い始める。本田機は赤羽飛行場の直上を通り過ぎるとそのままどんどんと速度を回復し、南の空へ向かいつつ上昇を開始した。

 伊吹は再びマイクを手に取ると言った。

「今日はこの辺で終わりだ、燃料を無駄遣いするな」


「中尉殿、自分にもあれを教えてください」

「自分も覚えたいです」

「練習します」

 伊吹は少年飛行兵達に諭した。

「駄目だ。あんな無茶は普通の操縦者がやったら命が幾つあっても足りん、禁止だ」

 ちょっと釘を刺しておかねば、と伊吹は思った。

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