第32話 告白

 その週末の日曜日の朝食後、一月の朝は寒かったが日差しのおかげで昨日よりは少しだけ暖かい空気の中、光は菅野家の周りの掃除をしていた。

「やあ」

 光が屈みながら竹箒で集めたゴミを塵取りに入れていた時、頭の上から聞き覚えのある声がした。

 顔を上げると、黒い学生服に学帽を斜めに被った少年が立っていた。先週一緒に浦和で麦踏みをした深澤だった。

「あ」

 深澤は微笑んだ。爽やかな笑顔だった。

「この前はどうも」

 光はなぜか狼狽えながら答えた。挨拶もせずに帰ってしまった事を思い出したせいだ、と考えることにした。

「本当に書生だったんだ」

 深澤は続けた。

「そうだよ」

「ごめん、別に疑っていたわけではないんだけれど、確かに書生のようなスタイルだね」

 深澤は楽しそうに笑った。

「神保町に用事があってね。せっかくだから、ちょっと寄らせて貰うことにしたんだ。昨日電話で了解は貰っているけど、桜さんはいる?」

「いるよ」

 桜が朝からソワソワしていたのはこのせいだったのか、と光は合点した。


 とりあえず深澤を応接間に案内し、急いでお茶を出してから光は階段を登って桜の部屋に行き、ノックする。

「どうぞ」

 光がドアを開けて部屋に入ると、桜は窓際の机に手をついて外を見ていた。

「深澤君が、桜に用事があるって来てるけど」

「やっぱり、そうだよね」

 振り返った桜は明らかに動揺している様子で、光の目をチラッと見てから続けた。

「私、どうしよう」

「どうしようって!?」

「たぶん付き合って欲しいって話だと思う」

「え、えぇっ!?」

 何となく、そんなことでは無いかという気はしていたが、光は驚いた。

「前に告白された時、ちょっと待って、って言ったから」

 いきなりの説明に、光はまたしても狼狽せざるを得なかった。桜はあからさまに顔を赤くしながら顔を横に向けていたが、ふと気がついた様子で光を見た。

「それとも貸してくれた本の感想聞きに来たのかな」

 唐突に関係ない話に持っていかれ、光は動揺しながらも苦笑いで返すしかなかった。

「流石に、それはないと思うよ」

「そうだよね。どうしよう私」

「どうするの!?」

「どうしたらいいかわからないから聞いたんじゃない!光は彼女いないの?」

 桜はちょっと怒ったような口調で光に言った。

「そ、それとこれとは関係ないだろ!そもそも桜はどう思ってるんだよ」

 桜は少し間を置き、首を傾げながら答えた。

「まあ、いい人だとは思うんだけど、ちょっと軽そうなところが違うのかなって気もするし。でも叔母さんのいう通り、確かに勿体無いかな思うんだけど、でも桃も紀依も彼はやめておけっていうし・・・」

 言うことが支離滅裂だと光は思った。

「正直言って俺もあんまり経験ないんだけど。自分に素直になればいいと思うよ」

 光と目を合わせて、桜は考えこんでいる様子だった。

「うーん・・・そう、そうだよね。わかった。先に行ってお茶入れてあげて」

「もう出したよ」

「じゃ、お煎餅でも」


 光が台所の戸棚から先日作っておいた煎餅を取り出し皿に入れて応接間に入ると、深澤は楽しそうな表情で持参したと思われる本を読んでいるところだった。

「どうぞ」

 光は皿をテーブルに置いた。

「ああ、ありがとう」

 深澤が顔を上げてにっこりと笑うと、ドアをノックした桜が明らかに緊張の面持ちで入ってきた。

 ごゆっくりどうぞ、と言って光は応接間を出た。


 すっかり登った朝日を浴びて、山盛りの洗濯物を取り分け洗濯機を回しながら、二人の声が聞こえなくてよかった、となぜか光は思った。慣れた手つきでスフの洗濯物を洗濯板を使って手で洗い、他の物も順繰りに脱水していく。

 ひととおり脱水の終わった洗濯物を物干しざおに干していると、玄関の門の開く音と話し声が聞こえた。しばらくして、ダイニングのサンダルを突っ掛けた桜やってきた。なんとなく気まずい雰囲気を感じながら、光は口を開こうとした。が、桜は黙って洗濯物を干し始め、ぼそっと何かを言った。

「何?」

 光は聞き返した。

「お断りした」

「そっか」

「やっぱり自分の心に素直になったほうがいいよね」

「まあ、そうだね」

 桜と光は顔を合わせず、二人で黙々と洗濯物を干して行った。一月の朝の空は青かった。


「ところで桜、本返した?」

「あっ!」

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