第31話 嫌じゃありませんか軍隊は

 その日、誠一郎は深夜とまではいかなかったが、いつもよりは遅れて帰宅した。桜は風呂に入るとさっさと自室に戻り寝てしまっていたので、光が取っておいた餃子を焼いて出した。誠一郎にとてつもない好評を得た。

 夕食が終わり、光がコーヒーを出し、誠一郎がダイニングテーブルで新聞を手に取ろうとした時、光は桜との笑い話をしてからずっと気になっていた事を切り出した。

「あの、自分にも召集令状が来るんでしょうか?」

 誠一郎は手に取った新聞半分開き、少し考えてから答えた。

「それは誰かに言われたのかね?」

「え、えぇと、桜さんが十九歳になったら軍隊に行く事になるから、自分から志願したほうがいいんじゃないかと」

「なるほどそういうことか。君はまだ現役も終わってないのだから、召集令状が来るはずもない」

「げんえき!?」

 あぁ、ありがとう、と誠一郎は手に取った新聞を置いてコーヒーを一口飲んで続けた。

「日本では十九歳になったら徴兵検査の通知が来る。検査を受けて合格であれば入営し、現役兵として一番下の二等兵から二年間の軍隊生活を送ることになる。無事に二年間を務め上げたら一度退役して予備役となり、市井での生活を送る。その後、状況に応じて軍が必要と認めた場合に召集令状が送られ、改めて兵士として軍務に就くことになるわけだ。今は除隊後即日招集の場合も多いようだが。私の言っていることがわかるかね?」

「はい、大体は」

「つまり、一九歳になって君に来るのは召集令状ではなく徴兵通知だ。もちろんその前に志願することもできるし、陸軍士官学校や海軍兵学校に入校して将校を目指すこともできる」

「な、なるほど!でもやっぱり軍隊には行かないとダメなんですね」

「結論から先に言うと、君に徴兵通知は来ない。なぜなら通知は本籍地に来るからね。君の本籍地はどこかね?」

「東京です」

 苦笑いする誠一郎。

「まぁ東京だろう、ただし未来の」

「あっ」

「そうだ。流石に軍も未来の本籍地まで徴兵通知は送れない、したがって君は軍隊に行く必要はない」

「そういうことですか!」

 光は安堵した。

「そうだ。ただし今のままでは困るから君もいずれどこかで本籍を作らないといけないが、そうするとそこに徴兵通知は送られる事になるだろうから、今すぐではなくともどうするか考える必要はあるね。桜の言う通り志願して入営することもできる。しかし軍隊に行くだけが国のためというわけでもないだろうと私は思うがね。それにそもそも君の国は今の日本ではなく、未来の日本のはず」

「そうです」

「帰りたいかね?」

「もちろんです!」

「どうやったら帰れるのだろうか」

 冗談めかした口調で誠一郎が尋ねた。そのことは光もずっと考えいていたが・・・

「いろいろ考えたんですがさっぱりわかりません」

「私もだよ」

 誠一郎は笑いながら続けた。

「来た時と同じ爆弾の爆発に巻き込まれる、というのであれば残念ながら空襲の頻発する現代の東京ではこの先チャンスはいくらでもありそうな気もするし、それを確実にということであれば私の伝手をたどって軍の演習場で爆発に巻き込まれることもできる」

 いきなりの提案に光は激しく動揺した。

「いやー、ちょ、ちょっと危ないんじゃないかと思いますが!?」

 誠一郎は爆笑した。ひとしきり笑った後、やや真顔に戻って話を続けた。

「もちろんそうだ。それに美沙子のいう通り君にとっての死後の世界がここであるならば、次の死後の世界はさらに昔になる可能性もある」

「そ、そんな」

 誠一郎は楽しそうに話し続けた。

「羨ましい。私もこの目で幕末の江戸を見てみたい、できれば京都まで足を運びたい」

「・・・」

 光は途方にくれると、誠一郎は真顔に戻って言った。

「いやすまない、冗談だ。しかし真面目な話として戻る方法がわからない以上、戻れない前提で色々考えておく必要はあるだろうね。うちに居てもらうのは全く問題ないが、ずっとこのまま、というのも君のためにはよくない」

 少し考えて、誠一郎は続けた。

「どうだろう、こちらで高校、君の世界でいう大学に行ったらどうかね?理科系の学生であれば徴兵も猶予される。学費も含めて必要なものは私がなんとかしよう」

 光は、何と答えていいのかわからなかった・・・。

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