第30話 進路

「焼き餃子初めて食べたよ、とっても美味しかった!」

 警報が解除になり家に戻った桜は、キッチンで光と洗い物をしながら言った。

「正直言うと、どうなるかと思ったけど喜んでもらえると嬉しいね」

「光凄いね、あっというまに家事も普通にできるようになったし、料理も上手な男の人ってわたし初めて見た」

「はは、それほどでも」

 苦笑しながら、洗い物の終わった光は、ダイニングテーブルに置いた二人分の湯飲みにお茶を入れていく。

「うち母親いなくて、姉ちゃんと当番でやってたからさ。でもガスでお米炊くのは初めてだったよ。かまどで炊くよりは全然楽だ、って美沙子さんには言われたけど」

「え、お母さんいないの!?」

 桜はテーブルの椅子に座ると、驚いた表情で聞いた。

「子供の頃に病気でさ。死んじゃったんだ」

 向かいの席に座った光は答えた。

「ご、ごめん!」

 桜は手を口に当てると、しまったというような表情で謝った。

「いいよ、ずっと前の、俺が幼稚園のころだから、もう昔の話だよ」

「そうなんだ・・・光ってお姉さんがいるの?」

 桜は、やや無理矢理に話を変えた。

「いるよ。大学生だけど」

「女なのに大学に行ってるんだ、立派なんだね」

「立派というか、まぁちょっとあの人は色々あれだから」

 光は強気な姉の顔を思い出す。今頃どうしているんだろうか、とまたしても思ったが当然姉が生まれるのは遥か未来だ。

「そういえば桜は女学校を卒業したらどうするの?進学とか決まってるの?」

「どうって、別に決めてないよ」

 桜はキョトンとした顔で返す。

「え?」

「しばらく家にいる」

「それって、家事手伝い?」

「え、だめなの?」

「いや別にダメじゃないと思うけど」

 なんと言っていいのか、光にはわからなかった。いまだにこの世界での常識が感覚として理解しているとは言えないのであった。

「専門学校に行こうかとも思ったけんだけど、どうせ行ったって勤労動員だし、意味ないよね、家にいるつもり。だから四月からは私も家事半分やってあげるよ」

「それはありがたいな」

 光の正直な気持ちだった。

「挺身隊のお誘いが厳しかったら、それは嫌だからお父さんに仕事紹介してもらうつもりだけど」

 テイシンタイってなんだ!?と思ったが光は聞かなかった。

「そうなんだ、みんなそうなの?紀依さんとか桃子さんとか」

「桃は音楽学校に行きたいって言ってたけど、このご時世で募集がなくなっちゃたみたい。紀依は家の仕事手伝うって言ってた、紀依の家はお父さんが軍需工場やってて景気いいのよね」

「そんなことより光はこれからどうするの。十九歳になったら軍隊に取られちゃうんだから、早めに決めた方がいいんじゃないの?」

「ぐ、軍隊!?」

 光は猛烈に焦った。まさか自分の身にそんなことがあろうかとは露ほども考えていなかったのだ。

「あたり前でしょ!」

 桜は真面目に断言した。

「どうせ兵隊に行かないといけないんだから、今のうちに少年飛行兵とか予科練とか志願したら?」

「ひこうへい!?よかれん?」

「パイロットになるのよ!そしてこの国難に立ち向かうの!」

 椅子から立ち上がり、桜は胸に拳を当て熱弁を振るったのだった。”軍服好きだな!”と言う茶飲み話の時の門倉紀依の声が光の脳裏に蘇った。

「俺が!?パイロットに!?なって戦うの?」

 光は愕然として答えるしかなかった。

「冗談よ」

 桜は座り直してケラケラと笑った。しかしどこまで本気か冗談なのか、光にはわからなかった。

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