第29話 餃子

 金曜日の夕方、台所にある食材を前に、桜と光は考え込んでいた。雪は浦和に戻り不在にしており美沙子の通いの日ではなかったから、夕食の当番は光だったが、学校から戻った桜は手伝いを申し出てくれたのだった。

 中身の少なくなった紙袋を光は持ち上げた。

「残った配給の小麦粉はこれだけだ」

「ふくらし粉もイースト菌も今はないからパンは無理だし。おうどんにするしかないかな」

 セーラー服にエプロン姿の桜が腕を後ろに回して言った。

「うどん三人分には足りないような」

「そうね。そこはご飯炊いて誤魔化そっか」

 光は普段から思ってはいたが、そのアイデアは桜のやや適当な性格からしても、ちょっといい加減な気がした。

「うどんにご飯てどうなの?」

「だめ?」

「だめってわけじゃないけど・・・」

「うーん。そしたら猪肉がそろそろ危なそうだから、それをソテーか味噌焼きにしよう」

 猪肉と聞いて、光ははたと思いついた。

「その猪肉で餃子にしたらどうかな、挽肉機もあるし、白菜とニラとニンニクもあるし」

「ぎょーざ!?」

 桜はキョトンとした顔をする。

「えーと、中華料理かな、知らないの?」

「そういえば横浜で一回だけ食べたことがあったような。シュウマイみたいなのだっけ?スープに入ってる」

 訝しげな顔で、桜は答えた。

「それは水餃子かな、作りたい餃子は焼くんだけど。いいから作ろうよ、そんなに難しくないから」

「う、うん、光が教えてくれるなら・・・」

 いつもの桜と違い、ちょっと弱気になるところに少し驚いたが、よくよく考えれば桜も光と同じ年の女子高生(この世界では女学生だが)なのだった。

 光も餃子を皮から作ったのは一度だけだったが、多分なんとかなるだろうと思った。光は知らなかったが、焼き餃子が日本に普及するのは戦争が終わった後、中国からの引揚者が作り始めてからのことであった。


 さっそく、光が教えながら二人で餃子の皮を作り始め、猪肉を挽いてミンチにした後、白菜とニラとニンニクも刻んで餡を作って行く。皮で包むところで桜は最初は戸惑っていたが、実際覚えるのは早く、あっという間に光よりうまく作れるようになった。料理は授業で散々やったからね!と桜はなぜか勝ち誇った表情で答えた。

 適当なところで光は餃子を桜に任せ、ご飯を研ぎ始めてからガスと窯で炊いていく。水は冷たかったが、二人で分担できてよかったと思った。


 精一郎の帰りが遅くなるのはわかっていたので作った餃子で早めに夕食を済ませたその時、警戒警報のサイレンが鳴った。

「早めに食べてよかった!」

「お茶持って行こう」

 光がガラス製の”魔法瓶”に、入れ掛けのお茶を注ぐと、その間に桜はラジオを取って二階に上がり半纏と毛布を二枚分持ち出してきた。すでに警報のサイレンもいつものことではあったので慌てはしなかったが、二人は急いで防空壕に向かった。冬の防空壕は冷え切って寒かった。しかし半纏を着て毛布を被りお茶を啜ると、少しは暖かい気がしてくるのであった。

 少しだけ緊張しながら二人は空を見上げ、ラジオに耳を澄ませた。聞こえて来た東部軍情報では侵入した敵機は例によって一機、程なくして南の海上に去り、警戒警報はそのまま解除になった。台風情報みたいだ、と光は思った。

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