第24話 軽口

 バスで帰るはずだった舗装されていない街道はのどかな田舎道で、以前にどこかで見たような気がした。が、どこで見たのかは思い出せなかった。たぶん映画か何かで見たんだろうと光は思った。

 歩いて行く道の両側は所々に家があるが、ほとんどは畑か水の入っていない田んぼのどちらかが延々と続いている。真冬だが暖かな日差しの中、さえずる鳥の声を聞きながら、郵便局を通り過ぎ、小さな商店を通り過ぎ、おそらく一時間ほど歩いただろうか、神社の鳥居のすぐ脇で、ずっと先を歩いていた桜が振り返り立ち止まった。

「ちょっと、休憩」

「うん」

 桜はリュックサックを下ろし、外側のポケットから水筒を取り出すと水を一口飲んだ。光も同じように水筒を取り出すと水を一口飲み、空を見上げて言った。

「駅までは、まだあるよね」

「あと二時間くらいだと思う」

 桜は左腕の内側につけた腕時計を見ながら言った。

「早く帰らないと」

 桜は水筒に口を付けてもう一口、水を飲んだ。光は歩きながら考えていたことを、思い切って聞いてみた。

「深澤君だけど」

 ブーッ!と桜は口に含んだ水を吹き出した。

「いきなり何よ!!」

 振り返った桜の顔は真っ赤だった。

「ごめん、いい奴だったなと思って」

 桜は肩にかけた小さなバッグからハンカチを取り出し、バツの悪そうな顔のまま、服についた水を拭いた。名前を出されたことが恥ずかしかったのか、いきなり水を吹き出した方が恥ずかしかったは、光には分からなかった。

「悪い人じゃないとは思うんだけど」

 桜はハンカチを握ったまま立ち上がり、水筒をリュックサックのポケットに入れると、駆け出すように歩き始めた。

「ちょ、ちょっと待って」

「早くしないと置いてくわよ!」


 しかしその言葉とは裏腹に、駆け出した桜の歩くスピードはだんだんと落ち始め、しばらくすると光が先に歩くようになってきていた。下を見てとぼとぼと歩く桜の様子に、光は少し気の毒になってきた。

「疲れた?」

「そんなわけないでしょ!」

 光は聞いてみたが、返ってきたのはちょっと怒ったような声だった。

 しかし実際にはそこから更に三十分ほど歩いたところで桜が言った。

「休憩する」

 桜は何もない道端に座り込んだ。相当に疲れているらしいことは顔に出ていた。

 もちろん光も慣れない重い荷物を担いで歩き続け、疲れてきてはいたのだが、意外とまだまだ平気な感じがした。やっぱり女の子の桜にこの荷物は無理があると思った。

 空を見上げると少し出てきた雲がゆっくりと流れ、落ち始めた太陽の光を遮った。

「持つよ」

 しばらく休んだところで、光は立ち上がると、桜の下ろしたバックパックを持ち上げ、ストラップを背中側に回して体の前で持った。桜は驚いた様子で光の顔を見た。

「あ、ありがとう」

「いいよ、俺はもう少し行けそうだし」

 そう言うと、光が先頭に歩き始めた。

 そうしてさらに一時間ほど歩き、徐々に家が目立ち始め、街中に入ってくる頃になると、桜も元気を取り戻してきていた。

 雑貨屋の前で三回目の休憩をすると、桜はもう大丈夫!と言って荷物を取り戻した。


 駅への道は線路を潜るまでまっすぐ一本道なのは覚えていた。その線路を潜る小さなトンネルを潜り、覚えていた曲がるはずの交差点に来ると、光は少し後ろを歩いているはずの桜の方を振り返った。桜はなぜか空を見上げていたが、光の視線に気がつくと、顔を上げてうなずいた。曲がるのは確かにここでいいらしい。

 光は左に曲がろうと顔を戻した。すると、目の前にはサーベルを下げた警察官がすごい形相で仁王立ちしていた。

 

「その荷物はなんだ」

 荷物でパンパンになったリュックサックに、言い訳は無用だろうなと光は冷や汗を流しながら思った。ゆっくりと左を向くと、十メートルほどは離れてただろうか、桜は両手を口に当て驚愕の表情でこちらを向いていた。

「お前の連れか?」

 警官は桜の方を見ると、横柄な口調で光に尋ねた。

「し、知らない子ですね」

 光は空を見上げて応えた。

「ふん。で、その荷物はなんだ。・・・妙な背広だな」

 警官は以前に聞いたようなセリフを言った。

「え、えぇと、教科書です。中学生なので」

 またしても馬鹿なことを言ってしまったと、光は思った。

「そんな山ほど教科書を・・・」

 と言ったところで、出し抜けにサイレンが鳴り始めた。

「空襲!?」

 警官は空を見上げ、飛行機を探すかのごとくキョロキョロと視線を動かした。咄嗟に、光は警官を突き飛ばし、走り始めた。またしても馬鹿なことを、と思ったが、もう止まるわけにはいかなかった。

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