第23話 帰りのバス
光がこの時代にやってきてから唯一知っている菅野家での食事は、いろいろ話をしながらするのがいつものことだったが、こちらの家の流儀は別のようで、みな黙ったまま静かに昼食をとっていた。
「すまんがワシはちょっと出かけてくる。畑には先に行っといてくれ」
昼食を食べ終わった老人、善次郎は、そう雪に言うと部屋を出ていった。桜は黙々と食べ続ける。先に済んだ光に、雪が言った。
「午後の畑仕事はもういいですから、この荷物を持って早めに浅草の家に戻ってください」
「え、まだ全部は終わってないです」
「あとは勤労奉仕の中学の方達にお願いできるので大丈夫ですよ。夕方になると駅の周りで警察が買い出しの取締りをしていますから、あまり遅くならないほうがいいのです」
雪は部屋の隅に置いてある荷物を示す。
「取締り、ですか」
「他はともかく、お米の移動は禁止」
桜が食べながら口を挟んだ。
「買い出しではないですけど、捕まるといろいろと大変ですしね」
雪は畳の上に広げられた品物を説明しながらリュックサックに詰めていった。
かなりの量の米や味噌、大根、卵や野菜や、ほとんどが布袋に入った食材だが、なぜか石鹸3個もその中に入っていた。まさか石鹸も畑で取れるわけはないだろうと思ったが、光は黙って見ている。荷物でいっぱいになったリュックサック二つを見て雪が言った。
「光さんの方を重くしてしまったけれど大丈夫かしら」
「平気です、バスと電車に乗るだけですし」
「ではお願いしますね」
説明を聞いている間に桜も食事を終えると部屋を出て行った。
隣の部屋では相変わらず中学生たちが騒がしく食事をしているようだった。光はお茶をもらい、のんびりしているしかなかった。桜はしばらくして戻ってくると長押にかけてあったハンガーからマフラーを取り、帰り支度をはじめた。光も慌ててお茶を飲み干し、リュックサックを手にとった。かなりの重さに一瞬たじろいだが、何事もない風を装い背負った。
「桜さん、忘れ物ですよ」
部屋を出ようとする桜に、雪が文庫本2冊を手渡した。あからさまに慌てた桜は本を受け取ると、肩からかけた小さなバックにしまった。
二人は雪に見送られて家を出た。数時間前に来たのどかな小道を、桜を先頭に光もついて歩いて行く。太陽が上まで登ってきたバス停までの道のりは、暑いくらいの陽気になってきていた。
生垣の曲がり角を通り過ぎ、街道沿いのバス停まで来ると、自転車に乗った若い女性が停留所の看板に張り紙をしているところだった。そのカーキ色の服を着た女性に、張り紙を見た桜が尋ねた。
「橋が落ちた、んですか?」
女性は困った風な顔で答えた。
「ええ、完全に落ちたわけではないけれど、とてもバスは通れそうもなくて」
「確かにあの橋は今にも壊れそうだったけど・・・え、って、本当に今日はバス来ないの?」
まじまじと張り紙を見返した桜が声を上げた。
「たぶん無理だと思います。私は先に行かないといけないので、これで」
襷掛けにした帆布の鞄の位置を整え、自転車に跨ると女性は街道を西へと走っていった。この先の停留所に、張り紙をして行くのだろう。
残された二人は呆然と佇むしかなかった。
「え、えーと、どうしようか」
しばらくして沈黙に耐えられなくなった光は桜に声をかけた。
「あの家に戻る?」
桜は自転車の去っていった西の方を向いたまま答えた
「冗談でしょ。明日は学校だし、なんとしても今日中に帰るのよ」
「でもバスは来ないわけだし・・・」
「歩けばいいでしょ」
「歩く?!」
想定外の回答に、光はたじろいだ。
「三時間も歩けば着くと思う」
「三時間か」
「男でしょ!」
そういうと、桜は元気よく駅への道を歩きだした。
そういう問題なのか!?と一瞬躊躇した光だったが、結局慌ててついて行くしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます