第22話 昼食

 光は集まってきた中学生六人と連れ立って畑の間の小道を家に向かって歩いて行った。少し古ぼけた黒い学生服にゲートルを足に巻いた中学生達は、光から見れば異様な風態に思えたが、ブレザーに足袋姿の自分も彼らからすれば相当に変な格好だろう、とも思った。全員に上から下までまじまじと見られたが、つまりそれはお互い様ということだ。

 しかしそれが彼らの品の良さなのか、それとも単に興味がなかったのかは分からなかったが、彼らはそれ以上は光について詮索せず、工場の粗末な昼食をネタに大声で談笑しながら、足早に歩いていくのだった。

「工場で働いているって言ってたけど?」

 光は思い切って深澤に話しかけてみた。

「そうだよ。去年の秋からずっとエンジンの部品作りさ。君の中学はないのかい?」

 逆に返され、光は慌てた。

「こ、これからみたいだね。それに今年から”こっち”に来てしまったから」

「北海道から?」

「な、なんで」

 その設定って説明したっけ!?と、光はさらに慌てることになった。

 深澤は得意げな顔で言った。

「桜さんの父君は北海道出身だ。君は埼玉の人ではなさそうだし、そうすると書生ということはそちらの縁で来ているのだろう?」

 とりあえず、肯定するしかない。

「そ、そうだね」

 余計な事を言ってしまったと後悔したが、幸い細かいことは聞かれることもなく、話題は昼食の内容に戻って行った。

 

 程なくして家に戻ると、桜の叔母の清水が外で待っていた。にこやかな顔で清水は全員に言った。

「皆さんお疲れ様!お腹空いたでしょう、ほらほら早く上がって」

 清水は玄関から入る中学生たちを、客間と奥の部屋を一続きにした大部屋に案内した。彼らは雑談を続けながらガヤガヤと上がっていき、光もそれに続こうとするが、奥から出てきた桜の母、雪に呼び止められた。雪はいつの間にか野良着姿から割烹着に着替えていた。

「光さんはちょっとお話があるのでこっちでお願いしますね」

「はい」

 光は大部屋とは別の、台所の隣の部屋に案内された。食事はどうやら同じく白いご飯に豚汁と漬物のようだった。先に部屋に居た老人を、雪が光に紹介した。

「光さん、父の善次郎です」

 と言うことは桜の祖父ということだ、と光は思った。六十歳くらいだろうか、深い皺の刻まれた日焼けした肌と、小柄だががっしりとした体格は長く畑仕事をしてきた様子を思い浮かばせた。清水には”お爺さんの手伝い”と言われて畑に出たものの、別の離れた畑で麦を踏み続けていたせいで初対面であった。隣の部屋から中学生達の騒がしい声が聞こえてくる。ドッと笑い声が響くなか、今度は雪は光を老人に紹介した。

「速水光さんです。誠一郎さんの遠縁で、今月から書生として浅草の家に来ていただいています」

 老人は意外そうな顔で光に話しかけた。

「そうなのか。速水さん、雪の父の清水善次郎です。よろしく頼んます」

 老人に深々と頭を下げられ、光は恐縮した。

「まあ、まずは食べてくだされ」

 頭を下げて、促された席につき、昼食を頂こうとしたとき、隣の中学生達の笑い声が一層賑やかになった。明らかに人数の増えたその声は、おそらくは桜が呼びに行った別のグループが入ってきたのだろう、と光は思った。しばらくすると賑やかな部屋を抜けて、桜が入ってきた。

 桜は安堵したかのような、大きなため息をつき、光をチラッと一瞥してから食卓についた。

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