第14話 夕食

 ほとんど全部の服にアイロンがけを終わらせたあと、二人は夕食の準備のためにキッチンに移動した。光がガスに火をつけるときにマッチを三本無駄にして美沙子に説教されていたとき、桜が帰って来た。声を聞きつけたのか、桜はまっすぐにキッチンに来て、驚いた顔で二人を見渡した。

「みさねえ来てくれてたんだ」

 美沙子は光の頰を両側でつねって振り回していた手を放して答えた。

「そうなのよ、でも来たらいきなりこの子がいるんだもん焦ったわ」

「そりゃそうだよね。まさか今日来てくれると思わなかったから、誰も言ってなかったよね」

 桜は苦笑いで答えた。

「そしたら、お夕飯お願いしちゃってもいい?」

「もちろん。でも今日は色々と教えたから、ヒカル君がやってくれるんじゃないかな?」

 美沙子はニヤリと笑い、ちらっと光を見た。光は焦りながら答える。

「え、ええ、やります」

「ほんと?じゃこれから私の当番は全部君にお任せね!」

 桜は意地悪そうな目つきで光を指差し叫んだ。

「大丈夫よー!割と筋いいから」

 美沙子が言った。

「そうですか?」

 光はちょっと驚いて美沙子を見る。

「男の子にしてはまあまあね」

 美沙子は笑顔で答えた。

「うっそ、このヘンタイが?」

「変態?」

「な、なんでもない!」

 桜は慌てて背筋を伸ばして横を向いた。


 そうは言ったものの、夕食作りは美沙子と桜も手伝ってくれることになった。光は美沙子の指導で米を研ぎ、炊飯釜を使ってガスで炊く。ちなみにマッチの擦り方は楊枝で練習させられた。その間に桜と美沙子が光の買って来た配給品で肉じゃがと同時に味噌汁を作る。肉ジャガも美沙子に作るところをしっかり見てメモを取るように言われたため、光は釜の火加減を見つつメモを取ることになった。

 食事の準備の目処がだいたいつきかけた頃、美沙子は帰り支度を始めた。

「帰っちゃうんですか!?」

「今日は旦那が帰ってくるから、私も帰って色々やっておかないとね」

 光は焦った。と言うことは夕食まで桜と二人きりってことなのだ。


 光は勘違いしていた。誠一郎は仕事が遅くなるため夕飯は出先でとり、雪はそもそも数日帰ってこないのだった。

 その結果、気まずい雰囲気の中で光と桜は二人で夕食をとることになった。ダイニングテーブルの座る場所で光は迷ったが(朝のように桜の横に座るのは変な気がしたのだ)、桜は黙って自分の向かいの席に茶碗を置いた。

 食事を始めてしばらくすると、ずっと下を向いたまま食べる桜との沈黙に耐えきれず、光は喋り始めた。

「美沙子さん、いい人だね」

 ちょっと乱暴だけど、と光は心の中で付け足した。まだ頬が少し痛かった。

「そうよ、みさ姉はずっとうちにいてくれたのよ」

 桜は視線は横を向けたまま顔を起こして言った。

「それより、君は高校生って言ってたけど、どういうこと?」

 光はホッとして答えた。

「ええと、何かが今と違うんだと思うんだけど、小学校は六年生で、中学は三年で、そのあと高校が三年あるんだ、俺はいま二年生だから、来年卒業予定」

「それね。小学校に六年は一緒だけど、今は中学が五年間あるから。高校はその後ってことよ」

 光も納得した。

「みんな疑うわけだ。大学生ですって言ってるようなもんだからな・・・菅野さんも、そしたら中学生?」

「女が中学行くわけないでしょ。私は高女の五年」

 そうすると・・・高校二年生で自分と同じかと光は思った。しかし・・・。

「こうじょ」

「高等女学校、知らないの?」

 桜は肩をすくめた。

「そりゃそうか。男は中学校、女は高等女学校に行くってこと。高等小学校とか実科に行く人もいるけど・・・ってことは君の”高校”は男女一緒なの?」

「そうだけど」

 ショートヘアを少し揺らして、桜はちょっと驚いた顔をする。

「へー、びっくりね」

 ようやく桜と目があったが、光は焦って視線を外した。

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