第13話 家事
「え、えぇとですね」
光はどう説明しようか考えていたが、すぐに美沙子が遮った。
「それは後にしましょうか、さっさと仕事始めたいし。お昼ご飯の時にでも聞くわ」
そう言うと、美沙子は廊下の突き当たり、光の部屋の隣の鍵を開けると中に入り、ノートと鉛筆を持ってきた。光に手渡し、やや勝ち誇ったような表情で言い放った。
「一度しか言わないからちゃんとメモを取るのよ。まずは洗濯から」
「はい」
光に選択の余地はなさそうだった。
美沙子は再び部屋に戻ると、下のモンペを脱ぎ、紺色のワンピースの上に白い前掛けを着て出てきた。ほとんどメイドさんだ、と光は思った。
光を連れてバスルームに行くと洗濯物の入った籠を抱え、ダイニングの掃き出し窓を開けて下駄を履き、外に出る。そして右側の屋根の下に置いてあった四角い薄緑色の機械の前に立った。
「これ、もしかして洗濯機ですか?」
「珍しいでしょ。やたら助かるのよね、特に冬は」
確かに珍しかったが、多分別の珍しさだろうと光は思った。
「まずはスフの物を別に取る」
「スフ」
スフが何だか分からなかったが 光はメモを取る。
美沙子は洗濯カゴの中身を点検し、下着や靴下数枚を取り出した。
「これと、これと、これ。洗濯板で汚れたところを中心に、ささっと洗うのよ」
そう言って脇からタライを取り出し水を張ると、洗濯板を光に押し付けた。
「え、ええと」
何となく、こうかな、と適当に石鹸をつけ、洗濯板でゴシゴシと光は洗い始めた。冬の水道水は痺れるような冷たさだった。
「ちがうちがう、そんな強くやったら痛む!こうやるのよ」
美沙子は洗濯物を光から奪い、自分でやってみせた。
「で、その間に他のものは洗濯機で洗う」
そう言うと美沙子は水道からバケツで何度か水を汲んで洗濯槽に入れ、足元のペダルを踏み込んだ。ブルルッと軽快な音を立ててモーターが動き出し、洗濯機が震え始めた。
「えっ!?」
焦った光の声に、美沙子は呆れたように光を見た。
「洗濯機って、知ってるんでしょう?」
「い、いえ足で踏むとは思わなかったんで、なにかスイッチがあるのかなーと」
「元はエンジンで動いてたのよねこれ、だから足で踏むみたい。スイッチはこっち」
美沙子はそう言って笑い、左側のレバーをガコンと倒した。すると洗濯槽の中の羽が左右に動き、水がかき回され始めた。同時に洗濯槽の向こうにある一対のローラーも回りだす。
「洗剤はこのくらい。最近は手に入らないから少なめでやるのよ。これは無くなりそうになったら、奥様じゃなくて先生に言うこと。大学から貰ってきてくれるから。で10分経ったらここで脱水」
美沙子はローラーを棒で指し示した。
「はい、すごいですね」
正直な感想だった。光は言われるままにメモを取って行った。
「そうよね。最初見たときは
多分、光の感想と美沙子の感想はかなり違うと思われたが、光は黙って頷いた。
美沙子が洗濯物を入れると攪拌された水が泡立ち始めた。
洗濯が終わると、次は家中の掃除だった。ハタキを持って家中のホコリを落として回り、終わったら”電気掃除機”、巨大なハンディークリーナのような代物だったが、をかけて回る。その後、廊下を含めて雑巾掛け。最初の一部屋だけ美沙子は自分でやって見せると、あとは全部の部屋と廊下を光にやるように指示し、自分は昼食の準備を始めにキッチンに戻って行った。
昼食はご飯と味噌汁と漬物の簡単なものだった。光はパンがあると言ったが、温かいものが食べたいとの理由で美沙子に却下された。食べながら美沙子に促され、光は昨日起こったことを最初から説明した。美沙子は相槌を打ちながら真面目に聞いていたが、とんでもないことを言い出した。
「未来から来たっていうか、それ死んでるんじゃないの?」
光は味噌汁を吹きそうになった。
「そ、そうなんですか!?」
「うーん、足はあるから幽霊じゃなさそうだけど、まぁ洗濯と掃除はできるみたいだから私はどっちでもいいわ。桜ちゃんはなんて言ってたの?」
「う、それは・・・意味がわからないと」
光は早朝の大惨事については黙っていることにした。
「そりゃそうね。でもしばらく菅野家でお世話になるんでしょ?」
「はい。他に行くところもないですし」
美沙子はにっこりと笑った。
「君は運がいいよ!」
「えっ?」
「ここは今時珍しく食べ物に苦労してないしね。それでなくてもみんないい人たちだし。私も最初で最後の奉公先がここだったのは人生最大の幸運」
美沙子はちょっと遠い目をする。
「ほうこう?」
「むむ、それはあとで説明するわ。自己紹介忘れちゃったけど、わたし
「は、はい」
「じゃ次、今日お肉の配給があるはずだから買って来るのよ。それ終わったらご飯残ってるからお煎餅と糊作って、そのあとは洗濯物が乾いたらアイロンがけね。で、配給の場所は・・・」
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