第8話 スマートフォン

 再び光が目を覚ました時に居たのは、やはり材木の間の空間だった。時計を見ると十八時を過ぎようとしていた。辺りも真っ暗になっていた。

 光はトタン板の下を出て、周囲を改めて見回した。東京とは思えないくらいのとんでもない暗さだった。家はあるが、本当に明かりが何もない、街灯もない。いや、正しくは街灯はあったが点いていなかったのだ。空き地を出て小道を見渡したが誰もいなかった。目が慣れてくると月明かりで見えるようになってきたが、この暗さなら歩き回っても怪しまれないと思った。


 堂々としていた方がいいと思い、なるべく胸を張って歩きながら、覚えている限りの道を引き返す。自分がどこにいるかはすぐにわかった。街並みは全く違っていたが、道路は光の記憶と一致していたからだ。そこで自宅マンションのあるはずの場所に行ってみた。しかし立っていたのは黒い木造の長屋だった。


 とぼとぼと、行くあてもなく歩く光は小さな公園にたどり着いた。もう何もかもどうでもよくなって来ていた。冬の夜の寒さもだんだんと身に染みてきた。光は首をすくめながら腰の高さにある木のフェンスに座ると、いつもの癖でスマホを取り出し、ロックを解除した。圏外のスマホで、まともに動くのは時計と・・・カメラくらいか。そう思い、光は誰もいない道路に向けて振り返り、シャッターボタンを押した。


「それは何だね?」

 LEDが光ると、誰もいないと思った道路に中年の男性が立っていた。歳は四十代の半ばだろうか、丸いメガネにグレーのコート、帽子を被っていた。

 光は硬直し、しばらくの沈黙の後に口を開いた。

「カメラです。スマホの」

「スマホ、カメラ」

 男は首を傾げた。

「カメラには見えないが、フラッシュバルブは発光したようだ」

 微笑むような声だった。


「俺、未来からきました」

 光の口から、自分でも思ってもない言葉が出て来た。

 空腹と喉の渇きのせいかもしれなかった。泣きたい気持ちだった。光は一気に喋った。不発弾の爆発に巻き込まれたこと、空から落ちて来て兵士と警官に追われたこと。自分の元いた世界はここは違い、はるか未来であること。


 男は黙って光の話を聞いていたが、馬鹿にした様子も、疑う様子もなかった。

「何か、君の話を証明することはできるかい?」

 光はスマホの画面を見せると、計算機アプリを起動し、簡単な計算をやってみせた。その後、先ほど撮った写真を見せる。

 男は初めて驚いた表情になった。

「ちょっと、それを見せてもらえないだろうか?」

 光はうなずき、スマホを渡した。


 男は光がやったように電卓を起動し、しばらく計算を続けた。その後カメラを起動して写真を撮り、スマホを裏返してしげしげと全体を眺めていた。

「嘘ではないようだ」

 今度は光が驚く番だった。

「なんで、信じてくれるんですか?」

 男はスマホを光に返しながら言った。

「君の話には一貫性がある。それだけではなく、このスマホ?は子供騙しのおもちゃではなく、あきらかに工業製品として作られたものだ。しかし裏に英語で書かれているが、私の知る限り今の中国にこんなものを作ることができる工場は無い。カリフォルニアの林檎というのはよくわからないが」

 男は続けた。

「この機械の製造方法や動作原理は私には説明できない。だが進化した科学技術とは元来そういう物だ。つまり間違いなく君は違う世界から来ている、その、未来から」

 男は後ろを指さした。

「もし、行く所が無いのであれば、私の家に来ないか?小さいが空いている部屋もある。正直に言えば、私はそのスマホをもっとよく見たいし、詳しく話も聞きたい。少し遅くなってしまったが食事も用意できるだろう、朝から何も食べていないのなら腹も減っているのでは?」

 またしても頭がクラクラして来た、倒れないように足を踏ん張ると、光は答えた。

「すみません。お願いします」

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