リバース

第6話 落下

 光は夢を見ていた。フレームレートが落ちてきたゲームのようにカクカクとした視覚の中、過去の記憶が蘇っていく。中学生の頃の記憶、小学生の頃の記憶、幼稚園に通っていた頃、今はもう居ない母の記憶。しかしその後なぜか母の子供の頃の記憶が見えてきた。当たり前だが、光の体験ではない。こんなことは初めてだった。

 そこから記憶は・・・おじいちゃん?さらに祖父まで遡っていく。東京で過ごした青年時代、長野に居たはずの高校生時代、小学生の記憶、そしてまだ幼児のころ、眩い青空を見上げる祖父の視線が光の視線に同期する。空を見上げていた光は、そのまま落下する。


落下!?


「痛っ!!!」

 男の悲鳴が聞こえた。

 ドサッっという鈍い音とともに、光は誰かの上に落ちていた。

 真っ青な空の視界から左にずらすと、目を丸くしている表情の警官らしき若い男が見えた。光の知る警視庁の警察官とは明らかに違う、詰襟の黒い制服を着ていた。だがなぜか光は警官だと分かった。そしてゆっくりと今度は右を見た。茶色の軍服を着た、明らかに兵士と思われるこちらも若い男が振り返るのが見えた。

「なんだ!?」

 振り返った兵士は上ずった声で叫んだ。

「誰だ貴様?!どけぇっ!」

 光の下敷きになり、うつ伏せになって倒れていた、別の中年の髭面の兵士が叫んだ。

「え、えぇっ!?」

 光は慌てて飛び起きた。

「すみません!すみません!」

 何が何だかよくわからなかったが、とりあえず光は全周囲に対して謝る。最後の記憶にある、工事現場らしき空き地の中に落下したんだ、と思った。

 不発弾はどうなったんだ!?光は思い出した。

「いててて」

 下敷きになった髭面の兵士はヨロヨロと腰を抑えながら立ち上がった。

「ちょっと、貴様どこから来た!?」

「え、ええと」

「こ、こいつ、いきなり空から!?落ちて来たぞ!」

 目を丸くしていた警官が光を指差し、叫んだ。

「自分は見てないであります!」

 別の若い兵士が続けた。

 周囲に集まっていた野次馬の住民たちが空を見上げるが、周囲を住宅に囲まれた空き地の空には、何もなく、先刻通りすぎたB-29の飛行機雲がはるか上空にかすかに残るだけだった。

「え、ええと、ええとですね。不発弾が爆発してですね、あ、あれ!?」

 改めて周囲を見渡した光は上ずった声で叫んだ。彼の記憶にあった、工事現場だった場所はただの空き地で、周囲にあったマンションは二階建ての黒い木造家屋になっていた。

「なに寝ぼけてるんだ、爆発しないから不発弾だろう」

 若い兵士が言った。

「え、え!?」

「不発弾はそこに埋まってる。こっちはそれを調べに来たのに、お前は何を言ってるんだ?」

 ようやく立ち直った、髭面の兵士がすり鉢状になった地面を指差して言った。

「どこの中学生だ?」

 今度は警官が光に聞いた。

「中学生じゃないです、高校生です」

「高校生!?」

「そうは見えないが」

 髭面の兵士が言う。

「そんな妙ちきりんな背広せびろを着た高校生がいるか!」

 警官が光の高校の制服であるブレザーとチェックのパンツを指差した。

「せ、せびれ!?魚じゃないです!」

 と言った後、我ながら馬鹿なことを、と光は後悔した。

 兵士二人は顔を見合わせた。

「お前、小隊長殿に報告して応援呼んでこい」

 髭面の兵士が、もう一人の若い兵士に言った。

「いやいやちょっと待て陸軍さんよ、不審者は警察の領分だ」

 警官が身を乗り出して切り返した。

「なにを言っとるか、不発弾の処理一切は陸軍の受け持ちだ」

 兵士が高圧的な声に変わった。


 陸軍!?

 光の心の中は混乱でいっぱいだった。

 不発弾の処理を?

 自衛隊じゃなくて?

 陸軍?

 兵士たちの着ている服は、光の知っている自衛隊の迷彩服ではなく、昔の日本陸軍の軍服だったのだ。

 兵士二人と警官はどっちがこの場の主導権を握るかについて、口論を始めた。硬直した光は目だけを左右に動かして周囲を伺い・・・次の瞬間、走り出した。

「すみません!」

 空き地の出口の野次馬を突き飛ばし、浅草駅とは反対側と思われた方向に向けて、脱兎の勢いで逃げる。

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