第4話 B-29

 桜の睨みつけた西の空、一万メートル上空では翼と胴体に白い星のマークをつけた巨大な爆撃機が一機、東に向かって、つまり東京に向かって突き進んでいた。すらりとした細く長い翼を持ち、巨大な、つまり強力なエンジンを4機搭載した、アメリカ陸軍航空軍USAAFの最新鋭重爆撃機、B-29・スーパーフォートレスだった。アルミ地肌の銀色の機体は、成層圏の青い空と、太陽の光を反射してギラギラと光り、四機のエンジンから放たれた四本の真っ白な飛行機雲が、眼下に広がる日本本土に見せつけるように続いていた。比較対象の何も無い高空では止まっているように見えるが、B-29は対流圏上層に吹く東向きのジェット気流に乗り、時速九百kmに届こうかという猛烈なスピードで進んでいた。この速度なら、単機での気象偵察爆撃任務の帰途、進路を変えた甲府上空から東京まで十五分とかからない。


「オイル漏れは止まっています」

 B-29の機体中央上部に突き出た、半球状のアクリルガラスでできたドームから、中央管制銃手CFGが報告した。銃手は鉄製のヘルメットに薄手の飛行服を着用し、その上に防弾ベストを着込んでいた。B-29のキャビンは今までの他の爆撃機と違い、高度一万mでも下界と同じレベルの空気を供給することができるが、敵地である日本本土上空では対空砲火や戦闘機の迎撃で与圧が破られることに備えて、搭乗員全員が酸素マスクをつけていた。

「行けそうだな」

 機首のキャビンに左側に座った、機長のルイス・ミラー大尉が言った。彼も飛行帽にヘルメットをかぶり、酸素マスクをつけているため茶色の目しか見えなかった。気象偵察爆撃任務のためサイパンを離陸した彼らのB-29は、折り返し地点である富山上空から引き返す際に、主翼の上面にいく筋かの黒い筋、エンジンからのオイル漏れを作り始めていたのだった。

「最後に私のわがままに付き合わせてしまってすまない、リプトン中尉」

 通路を挟んで機長の右隣に座る、パイロットのクリストファー・リプトン中尉は、同じように青い目しか見えなかったが、酸素マスクの中で笑って答えた。

「最後にといっても帰国するわけじゃないですよ、同じ爆撃群での異動なんですから」

 機長と背中合わせに後ろ向きに座った航空機関士が言った。

「機長に昇格でしょ?いいことです」

 リプトン中尉は、これも酸素マスクで外からは見えなかったが、にこりと笑って首をかしげると、機内電話のスイッチを入れた。

「後ろの敵機の様子はどうだ?」

 機体の最後尾、垂直尾翼の直下に備え付けられた、二丁の機関銃の突き出た小部屋から、尾部銃手が双眼鏡を覗き、報告した。

「トニーが二機、七時下方から追ってきますが、徐々に離れてます、それとその後方にゼロが三機」

 代わってミラー大尉が答えた。

「了解、トーキョーまで行けるぞ」

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