始まりの日 〜プロローグ〜
第2話 遅刻
三学期の始業式の日、冬の寒さに冷え切った朝の浅草を
高校の制服の紺のブレザーとグレーのパンツに、学校指定のバッグを肩からかけて、駅までの道をひた走る。ポケットにねじ込んだネクタイを走りながら締めようとするが、上手くいかない。とりあえずの形で巻きつけはしたが、いったんあきらめて電車の中でちゃんと締めることにした。
冬休み明けで危ないと思ってはいた。二日前から父は出張で不在、大学生の姉も旅行でいなかったから、だれも起こしてくれないのは分かっていた。が、冬休みに入ってから、ずっと続けていたゲームをダメだダメだとは思いつつもやりつづけ、結局寝たのは朝の3時だったのだ。そして当然のことながら、起きた時には普段家を出る時間だったというわけだ。前日までは昼の十二時に起きていたから、早く起きられたのだと胸を張りたい気持ちはあったが、実際問題としてこのままでは遅刻である。
自宅マンションからの道を、大通りに出て右に曲がり、隅田公園を左に見ながらひた走る。一つ目の信号は注意して赤信号を渡ったが、言問橋西の交差点でまた信号に捕まった。ここはさすがに道が広くて車も多く、信号無視で渡るわけにもいかない。その場でジタバタ足踏みを続けるが、どうしようもない。
「あー!」
三分は待っただろうか、ようやく変わった信号で交差点を走って渡り、工事現場の脇を通る。そこは今まであった古い家を取り壊し、これから何を作るのかはわからなかったが、年末から地面を掘り返していたところだった。ちらっと左腕の時計を見たが、やはり間に合いそうもない雰囲気だ。時計から視線を戻すと、その空き地から作業服姿の男が飛び出てくるのが見えた。そしてそのまま光と同じ方向に猛烈な勢いで走っていく。
「ん?」
さらに走っていくと、今度は空き地からいきなり出てきた別の誰かが、ドンッ!と光を突き飛ばした。
「えぇっ!?」
思いっきり吹っ飛ばされる光のスローモーションのように見えた視界に、薄いグレーの作業服を着た体格のいい作業員であろう男が走り去るのが見えた。さらに何人かの作業員が空き地を飛び出してくるのも見える。貧弱ではないが、かといってそれほど鍛えているわけでもない光の体は、走ったそのままの勢いで歩道の脇にある植え込みに飛び込むことになった。
「すまーん!!」
光の耳に、男の叫び声が聞こえた。いくら急いで走ってたとはいえ、あまりの予想外の事態に光は焦った。
「いてて・・・」
頭を振りながら植え込みから体を起こし、男たちが走り去った方向を見ると、作業服の男はあからさまにハッとすると振り返り、叫んだ。
「兄ちゃん逃げろ!不発弾だ!」
「ふはっ?!」
「爆弾だよ!!!」
そのまま、くるりと方向を変えると、男は一目散に走り去って行く。他の数人の男たちはとっくに十数メートル先を走っていた。
事情の飲み込めない光は、よろよろと立ち上がった。男たちの飛び出て来た右側の空き地を見ると、地面が掘り返され、工事用の重機が放置されてはいるが、別段変わることのないいつもの風景だ。しかし、かすかに火薬の匂いがしたのは気のせいだったのか・・・。
一瞬の後、光の視界は閃光に包まれて真っ白になり、次に土色の洪水に包まれ、何の音も聞こえないまま、意識が飛んだ。
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