30 白くぶくぶくとした

 城内にある色とりどりの薔薇の花咲く庭園で、僕はテーブルを挟んで第二王女様と向かい合って座っている。

 テーブルの上には紅茶と三段のケーキスタンド。スタンドは全段ケーキやお菓子といった甘味ばかり載っている。

 スリン第二王女はニコニコしながら、お菓子を次々に平らげ、無くなれば侍女がどんどん追加する。

 よくそんなに甘いものばかり入るなぁ……。

 僕が内心呆れているのも知らず、王女は紅茶やお菓子にほとんど手を付けない僕に気がついた。

「ラウト様、お好みのものはありませんでしたか? ちょっと! ラウト様の好みのものをお出ししなさいよ!」

「申し訳ありません。今お腹が空いていなくてですね。本当に大丈夫です」


 何故僕が第二王女とお茶しているかというと、話はほんの少し前に遡る。


 王城の廊下で僕にぶつかってきた第二王女から、ぶつかったお詫びと称してお茶は如何ですかとお誘いを受けた。

 僕は断ったのに「お詫びをしないと王族としての責任を問われますわ」等ともっともらしい理由をつけ、更には王女付きの侍女さんたちに「ラウト様を庭園へお連れしなかったらクビよ!」なんて言い出すものだから、侍女さんたちのために仕方なく自分から庭園へ足を運んだのだ。

 たまにこういう厄介な我儘がいることが、王族が苦手な理由のひとつだ。


 実際は読書の後のせいか甘味は魅力的だ。小腹も空いている。

 しかし並べられたお菓子からは過剰に甘ったるい匂いがするし、ふくよかな王女が気品もマナーもなくばくばく食べているのを目の前で見せられていると、食欲も失せる。

 一番甘くなさそうなビスケットを一枚、手にとって割り、小さい方の破片を口に放り込む。暴力的な甘さに舌が痺れてめまいがした。食べていない方の破片を見ると、ビスケットの裏はチョコとザラメでガチガチにコーティングされていた。

 アイリも甘味好きだが、王女ほどじゃない。それに、一日に摂取する量をきちんと律し、食べすぎた日は僕の鍛錬に付き合って体を動かしている。

 王女は食べたいだけ食べておられる。不健康そうな白い肌は全く運動していない証拠だ。


 そんな王女でも、ケーキスタンド三つ分のお菓子を食べてようやく満足した。

「ラウト様、先日は二体目の魔王を討伐されたと聞きました。よろしければお話を聞かせて頂けませんか」

 王女から話を振ってきたというのに、僕が「まず船で大陸を渡って」と話し始めると、

「まあ、船ですか。私乗ったことがありませんの。そもそも外出することなく家で勉強の日々ですのよ」

 と、自分の話ばかり割り込ませてくる。

 勉強しているというのに、王族どころか下位貴族ですら常識の範疇であるマナーも身についていないのになぁ。

 僕は一体何の時間を過ごしているのか。早く帰りたい。


 僕の話を聞いてもらいたい訳ではないが、話し終えれば「ではこれで」と場を辞することができる。

 王女が頻繁に挟んでくる自分語りを耐え抜き「魔王を倒した」ところまでどうにか話し終えた。

「では私はそろそろ――」

「ラウト殿、来ておったのか」

 登場したのは国王陛下だ。

 立ち上がりかけた腰をそのままタイル敷きの地面へ落とし、跪いて礼を取った。

「楽にせよ。ラウト殿、勇者であるそなたは今後、そのような振る舞いは不要じゃ」

「ではお言葉に甘えて」

 立ち上がると、今度は王女が椅子から転げ落ちるように降りて、陛下に突進した。

 そう、突進である。僕が廊下で食らったのと同じものだ。猪突猛進という言葉がピッタリくる。

 陛下は難なく受け止めたように見えたが、陛下の腰がグギリと嫌な音を立てていたのを、僕は聞き逃さなかった。

「お父様! 私、ラウト様のことが気に入りましたわ!」

 一瞬、顔をしかめてしまったが、誰にも見られていないと願う。

「でもラウト様は侍女が用意したお菓子をあまり召し上がってくださらなかったの。お父様、もうあの侍女とあの侍女はクビにしましょう。それとパティシエも!」

 王女に指差された侍女さん達は青褪めている。ビスケットの裏にチョコとザラメをまぶした代物なんて、どう考えても王女の好みに合わせたものだろう。パティシエさんも悪くない。

「王女殿下、僕は食欲が無いと伝えましたが」

「だそうだ、スリン。城の使用人を勝手に辞めさせるではない」

 陛下は困った顔でスリン王女を窘めつつ、左手は腰をさすっている。

 貴族らしい振る舞いが不要なら、これも許されるかな。

 僕は陛下の背後にそっと近づき、回復魔法を掛けた。

「! ラウト殿、かたじけない」

 小声の陛下に、僕は無言で頷いておいた。

「ところでこの茶会はどのような理由で開かれたのじゃ」

 問われたのは僕だ。僕は王女にぶつかられたことや、参加しないと侍女をクビにすると脅されたことを包み隠さず話した。

「そんな、私、そんなつもりでは」

 王女は僕の発言を何度も遮ろうとしたが、その度に陛下が制してくださった。

「スリン。そなたには当面の間、謹慎を命じる。使用人をそなたの一存で解雇することは永久に認めぬ」

「そんな、お父様っ」

「連れて行け。暴れるようなら拘束も許可する」

 陛下の両隣に影のように付き従っていた近衛兵さんたちのうち二人がすっと前へ出て、スリン王女を両脇から抱えるように捕らえ、連行していった。

「騒がしくてすまなかったな。あれがラウト殿に興味を持っていたのには気づいていたのだが、まさかここまでとは」

 陛下は悄然とした顔で僕への謝罪を口にした。

「あれがラウト殿にぶつかったときのことを、もそっと詳しく教えてくれぬか」

 僕と陛下はお茶会のテーブルにそのままついている。

 テーブルの上はいつの間にか王女が汚したテーブルクロスごと取り替えられ、香りの良い紅茶とプレーンスコーンが乗っている。

 僕は「人の気配がわかる」ことを陛下に伝え、廊下の角の向こうで待ち構えるようにしていた王女に気づいていたことを、今度は事細かに説明した。

「どこで教育を間違えたのか……」

 僕は甘くないスコーンをありがたく口に運びつつ、陛下と王女は似てないな、なんて不敬なことを考えていた。

 王族は苦手だ。陛下も初めて謁見した時は、油断ならないお方だと警戒していた。

 今、目の前で頭を抱えているのは、困った娘を持った一人の父親だ。

「ラウト殿、つまり勇者はどこの王家にも属さず、魔王討伐以外の王命を下せる人物ではない、と王子王女たちには伝えたはずなのだが」

 城に何度か足を運んでいて、王子たちとも顔を合わせている。皆それぞれ王族教育や執務で忙しく、勇者にかまっている暇はなさそうに見えた。一番年下の第二王女だけが、僕を見る度に声を掛けたそうにしては侍女や執事、近衛兵の皆さんに何処かへ誘導されていた。周囲にいた人は王女の性格を知っていたから、僕に近づけないようにしてくれていたのだろう。

「スリンのことはこちらで何とかする。ラウト殿に心労をかけることがないよう努める」

「ありがとうございます」



 王城へは本を読みに行っただけのはずなのに、転移魔法で家に帰り着く頃には日が暮れていた。

 自室で普段着に着替えて、やっと一息つけた。略式とはいえ正装は息が詰まる。

「ラウト、どうだった?」

 リビングへ向かうと、アイリが読んでいた本から顔をあげた。

 ギロとサラミヤもそれぞれ寛いでいたが、すっと立ち上がって僕が座ったソファーの前のテーブルにお茶を出してくれた。

 家のお茶が一番美味しい。

「必要な本は読めたよ」

 王城の書庫で起きた出来事を一通り話した。

「心配いらないって言われたのなら、大丈夫でしょ」

 僕に起きた不思議な出来事を僕自身が半信半疑だというのに、アイリはすんなりと受け入れた。

「それで、本を読んだだけでどうしてそんなに疲れているの?」

「えっ」

 言葉に窮したが、アイリの目は誤魔化せそうにない。

 僕はスリン第二王女のことも包み隠さず話した。

「でも陛下が対処してくださるそうだから」

「ラウト、そういう女を舐めてたら痛い目見るわよ」

 サラミヤがギロの隣で力強く頷いている。僕とギロは引き気味だ。

「そう言われても、僕にできる対処ってあるかな」

 今度はアイリが返答に詰まった。

「……なるべく城へ行かないようにする?」

「現状それしかないよね」

 他に妙案も浮かばなかった。


 勇者になってから魔物や魔族、魔王にだって遅れを取ったことがないのに、人間相手はいつも複雑だ。

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