第三章

1 幽霊屋敷の枯れ尾花

 真夜中に、屋敷に張り巡らせてある結界魔法が誰かの侵入を感知した。

「またか……」

 思わず愚痴り、寝間着の上からカーディガンを羽織ってエントランスへ向かい、ギロと合流した。

 ギロの顔にも「またですね」と書いてある。


 外へ出ると、一階のキッチンの窓から家の中を覗く不届き者が三人。全員、十代前半くらいの男だ。

 結界魔法は悪意や攻撃の意思がある人間を近づけないためのものだから、最近多いこの手の輩には通用しない。夜だけ誰も近づけないという設定にはできるが、冒険者という職業柄、真夜中にギルドから招集がかかることもあって、踏み切れない。

 僕とギロは彼らの背後に立った。

「何か御用ですか」

 睡眠を邪魔された苛立ちで、僕は相当冷たい声を出していたと思う。

「ひゃっ!?」

「で、出たあ!!」

「逃げろっ!」

 三人は一旦尻もちをついてから、慌てて立ち上がって駆け出した。

 真夜中に他人の家の敷地へ入り込むのは住居不法侵入だ。十代前半、つまり成人してなかろうが、関係ない。

 土魔法で地面から蔦を生やし、三人の足に絡みつかせて動きを止めた。

「わああああ!」

「ごめんなさいごめんなさい!」

「許して! 取り憑かないで! 祟らないでっ!」

「落ち着け。僕は人間だ」

「私たちはこの家の住人です。生きてますよ」

 僕とギロで幽霊・・ではないと言い聞かせる。

 恐慌状態に陥っていた三人は、はじめはまともに目も合わせなかったのが、徐々に現実を受け入れてくれた。

「大体、怖いのなら昼間に確認しに来ればいいでしょう。大抵私か別の者がおりますから」

「だ、だって昼に出るって聞いたから……」

「じゃあ尚更昼に来ればいいじゃないか」

「本当に幽霊だったら嫌だし……」

 僕とギロは何度めかわからないため息をついた。


 三人を町の警備兵詰め所まで連行し、置いてきた。

 警備兵の皆さんは事情を知っているので、お互いに「お疲れ様です」と挨拶するだけで説明は求められなかった。



 僕たちの拠点が町の一部の界隈で「幽霊屋敷」と呼ばれていることは、少し前の真夜中に、同じように結界内へ入ってきた奴を問い詰めた時に初めて知った。


 屋敷の周辺では人間が消えたり現れたりする。

 火の玉がいくつも出現したかと思えば、次は水の玉が浮かんでいた。

 風や地震でもないのに、屋敷全体が軋むような音を上げた。

 自称「霊感がある」という町の一部の少年少女たちが、これらを全て「この世ならざるものの仕業」と決めつけてくれた。

 ちなみに犯人は僕だ。

 消えたり現れたりする人間は転移魔法を使う僕で、魔法の練習でよく火の玉や水の玉を出している。

 屋敷が軋むのは、僕が力を解放している時のことだと思う。あまり封じたままでいるのは体によくないと、ギロに進言されたので定期的にやっている。

 侵入者達には逐一、この家は普通の人間が住んでいること、数々の現象のうち転移魔法のことはきちんと説明しているのに、真夜中の一方的な来訪者はなかなか減らない。力の解放や魔法の練習を人里離れた場所でするようになってからも変わらなかった。

 町で定期的に発行されている瓦版に「うちは幽霊屋敷ではありません」と記事にしてもらったり、町やギルドでそういう話を広めたりしてもらっているが、侵入者の多くは瓦版を読まず町の知らせや冒険者ギルドと縁の薄い、少年少女たちだ。効果は薄かった。

 幽霊ではなく僕たちが住んでいると知っている上で「度胸試し」に来る不届き者まで出てくる始末。


 今回はまだマシな方だ。十人でやってきて庭に入り込み、その場で一晩明かすつもりで焚き火をし、未成年なのに酒を飲み騒いでいた連中が一番ひどかった。

 たまたまその日は僕とアイリはクエストで留守にしていたため、ギロがひとりで事態収拾に当たったのだが、美形のギロを見て五人いた女の子たちが別の意味で騒ぎ出し、男の子たちと乱闘寸前になったとか。


 ここまでしても結界に「悪意がない」と判断されるほど、彼らには悪気がないことが一番怖い。


「また来てたの!? これで何度目?」

「ええと……十度目ですね」

 朝食の席でのアイリとギロの会話だ。

 もう十回も来てたのか、と気が遠くなる。

「今回はどこに?」

「キッチンの窓から覗かれただけだよ。物的損壊はなかった」

 一度だけ窓を割られたことがある。その時の連中は三日間、牢で過ごした。

 十人でやってきた連中は他でも似たようなことをしていたので、こちらも何日か牢に入れられた。

 今回の連中は厳重注意で済んでしまっている。

「迷惑な方たちですね。ギロ様、片付けは私がやっておきますので、仮眠を取ってください」

「少し起きただけですから、平気ですよ」

「いいえ、ラウトとギロは休んで。片付けなら私が手伝うから」

 女性二人に逆らえない僕とギロは、朝食の後、大人しく自室に引っ込んだ。




「引っ越しましょう。こちらで手配しますよ」

 簡単に言ってくれるのは、ミューズ国の丞相、アムザドさんだ。僕が勇者に認定されてから、諸々の手続きを一身に請け負ってくれている。

 定期連絡のために転移魔法で直接城を訪れると、毎回「最近変わったことや困ったことはございませんか」と訊かれる。

 大抵は特に何もないと答えているのだが、今回ばかりはつい愚痴ってしまった。


 今の家は、僕がセルパンのパーティを追い出されてすぐのお金のないときに、アイリが分割支払で買い取ったものだ。

 僕が勇者になった時点で残りの支払いは国が負担し、現在はアイリの持ち物ということになっている。

「今のお屋敷は国が買い上げましょう。根も葉もない噂で住人が困り果てて引っ越したという話を流せば、狼藉者もいなくなるでしょうし」

 僕が勇者であることはなるべく伏せてあるから「勇者の家だから勝手に押しかけるな」はできない。

 アムザドさんの案が一番現実的な気がする。

「どうしても愛着があると仰るなら、ほとぼりが冷めた頃に戻ればよいのです。如何ですか?」

「一度、他の皆と話し合ってきます」

 一旦保留にして、家へと帰った。


「引越しですか。確かに、他の方法は思いつきませんね」

「仕方ないわね。愛着? 多少はあるけど、迷惑行為に晒されるくらいなら」

「ラウト様に従います」

 早速話をすると、三人とも引っ越しに肯定的な返事をした。

「ラウトはどう? この家」

 逆にアイリに問われた。

「住心地良かったし、町の中心とギルドに近かったから便利だったけど……」

 他には作ったばかりの書庫や、ギロが拘り抜いて物を配置したキッチン等々、手放すには惜しいものが割りとある。

「家具は新しい家に運べばいいじゃない」

「それはそうなんだけど」

 一番この家に拘っているのは僕だ。

 それに、国が用意するという新しい家に、不安がある。

 手に負えないほどの豪邸を押し付けられたらどうしよう。

「なんとかなるわよ。今は、不届き者たちが来ない平穏を手に入れましょう」

 アイリが僕の肩をぽんぽんと叩いた。

 僕も覚悟を決めた。




*****




 数日後。僕たちは国から派遣されたという役人さんに、新しい家を案内された。

 新しい家は元々は侯爵家の別邸で、オルガノの町の中心に近い所に建っている。

 大きさは、今の家の倍ほどもあり、庭も広い。

 家の中も案内された。侯爵家がつい最近まで手放さず手入れをしていたので、内部は比較的綺麗で最低限の家具も揃っている。

 個室十六部屋のうち六部屋には専用の浴室とトイレがついていて、部屋の空気は魔道具により一括で管理されているのも便利だ。

 キッチンは広く、ギロが目を輝かせていた。

 他に、広いリビングや食堂、今の家のなんちゃって書庫とは比べ物にならないほどしっかりした書庫専用の部屋や、室内に訓練施設まであった。

「ちょっと大きすぎるような……」

 今の家ですら、四人では持て余し気味だったのだ。

「ご紹介する予定の家の中では一番小さいところですよ。清掃や保守には専用の者を国から派遣しましょうか」

 勇者は国から手厚く保護され、支援される。平然と人を雇うという言葉が出てくるので僕は大いに困惑した。

「これで一番小さいのですか!? じゃあここにします。人は、とりあえず今はいいです。静かに暮らしたいので」

 僕はアイリのことはもちろん、ギロとサラミヤのことも家族だと思っている。

 家族以外の人間を増やしたい気分ではない。

「わかりました。ではこちらのお宅で手続きを進めますね。引き渡しは三日後になります」

 役人さんは淡々と手続きを済ませてくれた。

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