9 愚者な使者

 別室へ通されて待つこと一時間あまり。途中で何度も帰ろうと思ったが、お茶やお菓子を出されて引き止められた。

 お菓子は町で話題になっている甘味だったらしく、アイリが上機嫌になった。

「う、甘い」

 たっぷりのクリームをほわほわのスポンジ生地に包んだ一品は、僕には甘みが強すぎた。

「アイリ、残りで悪いけど食べられる?」

「いいの!? 食べる食べる!」

 一口で音を上げた僕の残りを、アイリが嬉々として平らげる。渡しておいて何だが、よく二つも食べられるなぁ。

「美味しい?」

「とても! これ、ギロに作ってもらえないかしら。果物や木の実を入れたらラウトでも食べられそうじゃない?」

「それはいいね」

 好みのお菓子や果物の話をしていると、ようやく監査役から声が掛かった。

「待たせてしまったな。多分恐らく、確実に不快な思いをさせてしまうが、少し付き合ってくれるか」

 苦虫を噛み潰したような顔の監査役に、お菓子で盛り上がっていた気分はあっという間に萎んだ。



「我が国では目上の者に挨拶する時は、跪いて頭を下げ、まず口をきく赦しを乞うのだ」

 ユジカル国の使者殿は僕と再び対面するなり、立ち上がってそう言い放った。

 尊大な態度と見慣れない衣装――大きな布を前で重ねて帯で止めような形だ――に締まりのない身体で年上だと思っていたが、よく見ると僕とそう変わらない年齢に見える。

「はあ。貴方は僕より目上の方なのですか」

 僕が純粋な疑問をぶつけると、使者殿は再び顔を真赤にした。

「無礼な! 私はユジカル国大臣補佐代理が息女の婿候補なるぞ!」

 大臣補佐代理の……何って?

 僕が助けを求めて監査役を見ると、監査役は目を伏せて静かに首を横に振った。監査役もお手上げ状態らしい。

「浅学なもので、貴方がどのようなお立場か、いまいち理解できません。ところで……」

「ふん、大臣補佐代理が息女の婿候補がどれほどの立場かも理解できぬのか。これだから蛮族の国は……」

「その蛮族の国ですから、貴方のお立場は全く理解できません。それにここは冒険者ギルドです。冒険者ギルドではすべての人の身分は等しくあるべき、というのが冒険者ギルドの決まりです。貴方の国の決まりを押し付ける前に、ギルドの決まりを尊重していただきたい」

 大人気なく言い返してから、しまったなと反省した。自分を相手と同列に下げてどうする。

「ぐぬ……そなたは勇者と聞いておるが、それでも他のものと等しい立場だというのか?」

「はい。他の方と同じように扱っていただいています。勇者としての責務は果たしますが」

 使者殿が監査役を見ると、監査役はさも当然のように頷いた。

「魔王を討伐した実績のある勇者として相応の支援はするが、普段は他の冒険者と同じようにギルドでクエストを請け、こなしてくれている。……と、先程も説明しましたがね。使者殿は勇者ラウトより目上の存在であると、まだ仰るようなら、今回の話はなかったことにしてお帰りいただきたい」

「ぬ、ぬぅ……し、仕方ない」

「仕方ない?」

 監査役が使者殿をギロリと睨むが、僕が止めた。

「話を進めてください。僕はまだ呼ばれた理由も、これからすることも、何も聞いていません」

 挨拶なんてどうでもよかった。冒険者ギルドが僕を呼び出すということは、魔王がらみだ。挨拶だの礼儀だのの話で時間を取られたくない。

「使者殿、私から話します」

「……あいわかった」


 蓋を開けてみれば、単純な話だった。

 サート大陸にいる魔王の居場所が判明したから、討伐に来て欲しいというものだ。

 以前、魔王の居場所を探し出すのに他の国の冒険者や騎士団を入れたくないと考える矜持の高い国があると聞いていたが、そのひとつがユジカル国だ。

 魔王の居場所は早々に特定していたが、他の国から来た冒険者達には絶対に教えず、国の騎士団だけで魔王を討伐しようとした。

 結果、呆気なく返り討ちに遭い、騎士団は壊滅。今更他国の冒険者に頼るわけにもいかず、自国の冒険者は騎士団が壊滅したと聞いて及び腰だ。

 そこで、魔王の一体を倒した僕に「魔王を倒してこい」と命令しに来た、ということだった。

「巫山戯過ぎじゃない?」

 アイリが背中にめらめらと炎を背負っている。

「アイリ落ち着いて」

「どうしてラウトは落ち着いていられるのよ!」

「魔王倒してくればいいだけでしょう? それで終わり。ですよね、使者殿」

「そうだが、場所を教えるのは、我が国に忠誠を誓ってからだ」

「勇者は一国に属することは出来ないと、説明しましたよね。聞いておられましたか?」

 ああ、もう本当に話が進まない。

 こうなったら強硬手段に出よう。

「使者殿、貴方の話は聞けません。サート大陸の魔王は倒します。居場所を探すところからはじめるので、時間はかかりますが、必ず」

「なんっ……」

「もう貴方と話すことはありません。お引き取りを」

 僕もだいぶ苛々していた。これ以上、この身勝手な国の身勝手な使者に、付き合いたくない。

 魔王さえ倒してしまえば、もう僕やこの国に用はないはずだ。

「しかし、それでは……」

「勇者がそちらの国の魔王を倒してくれると言っている。何か問題でも?」

「わ、私の立場はどうなるのだ。勇者を我が国のものとしてくると陛下に約束してきたのだ。手ぶらで帰れぬ」

 僕、アイリ、監査役の心はひとつになった。


「知った事か」



 ついに堪忍袋の緒が粉々に千切れ飛んだ監査役が、使者殿の荷物を強制的にまとめさせ、港町行きの馬車に押し込んだ。

 使者殿は最後まで何か抵抗していたが、魔物と戦ったこともなさそうな人が冒険者に敵うわけがない。力ずくで追い出された。

「ユジカル国にはミューズ国から直々に抗議してもらうよう要請しておく。ところで、魔王を探す手立てにあてはあるのか?」

「はい。それで、お願いがあるのですが」

 僕の魔王を探す手段は、ギロだ。

 今回はギロとアイリを連れて行くつもりだから、拠点が完全に留守になってしまう。

「家の保守だけで良いのか」

 サート大陸までの船や旅の物資は当然のように冒険者ギルドと国が出してくれた。他に必要なものは、特に思いつかない。

「十分です、助かります」

「勇者が無欲すぎるのも困ったものだな」

 監査役は先程までの鬱憤を晴らすかのように、笑顔で僕の肩をばしばし叩いた。



 出発は船の運行状況から、二日後に決まった。

 サート大陸までは船で七日の予定だ。

 僕とアイリは一旦家に帰り、ギロについてきて欲しいと頼んだ。

「というわけで、完全にギロに頼っちゃうことになるけど」

「私がお力になれるのなら、喜んでお供いたします」

 ギロは迷い無く了承した。

「助かるよ。ところでさ、いまギロのステータスってどういう表示になってる?」

 ギロをこのまま従者として連れて行くこともできるが、冒険者として登録しパーティを組んでおいたほうが後々便利そうだ。

「そういえば、自分でも確認していませんね。見てみます。……あれ?」

 僕の従者になってから丁寧語を崩さなかったギロが、素の声を上げた。

「どうした?」

「出ません……」

 ステータスは、頭の中で軽く「表示させたい」と考えるだけで、目の前にぽん、と現れる。

 原理は不明だが、ある説によれば「魔物のいる世界にしてしまった神が人に与えたせめてもの加護」だそうだ。

「出し方も思い出せない……それで今まで不思議に思わなかったのか」

 冒険者ギルドでステータスを見せないと、冒険者として登録できない。

「なら仕方ない。ごめん、ギロ」

「いいえ。お気になさらず」

 ギロはまたあの痛々しい笑顔になってしまった。

「ねえギロ、こういうお菓子は作れる?」

 アイリが話題を逸らすと、ギロはそれに乗っかって、二人で話し込みながら台所へ向かった。


 夕食のデザートに、ギルドで食べた甘味に似たものが出てきた。

 スポンジ部分の甘みは抑えられており、クリームの中にはイチゴが入っている。

「うん、あっさりしてて美味しい。これなら食べられるよ」

 お世辞抜きで本当に美味しかった。

 僕が称賛すると、ギロとアイリはハイタッチを交わしてはしゃいだ。

「やったわね、ギロ」

「ええ、喜んでいただけて何よりです」

 ギロから先程までの悲壮な雰囲気は感じられない。

 アイリはこれを狙って、あのタイミングで甘味の話をしたのだろうか。

 狙ったかどうかは、どちらでもいいか。アイリはいつも、塞ぎ込んでいる人に寄り添ってくれる。

 次の甘味の話で盛り上がる二人を見ているうちに、僕も温かい気分になった。

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