10 船内にて
準備や最終確認で二日間は瞬く間に過ぎ、ユジカル国へ向かって出発した。
まずミューズ国城下町へ馬車で向かい、そこからは船でユジカル国のあるサート大陸へ渡る。
サート大陸の港町に到着したら、情報収集のために港町の宿に滞在する手筈になっている。
二日の間に、ミューズ国とユジカル国の間で魔道具による通信が行われ、例の使者殿の背景が凡そ判明した。
使者殿はユジカル国の正規の使者ではなかった。
ユジカル国が誇り高く、他国の支援を受けたがらないというのは事実だが、騎士団が壊滅するほどの危機に瀕した時まで意地を張っている場合でないことを、国王を始めほとんどの人はよくわかっているそうだ。
実は、僕が勇者の称号を賜ってすぐに魔王討伐要請があったらしい。
ミューズ国に打診せよと命令を受けた人は、ユジカル国の魔王対策大臣。大臣は騎士団の再編成等の調整で忙しかったため、大臣補佐に仕事を任せた。すると大臣補佐は勝手に「誇り高い我が国が頭を下げるのだからさっさと勇者を差し出せ」的な話にしてしまった。
連絡を受けたミューズ国は、国交もない海の向こうの国から突然高圧的な態度を取られて困惑し、一旦無視することにした。
国の方は、待てど暮せど勇者が来てくれるどころか、ミューズ国から音沙汰がない。大臣補佐に確認をすると、大臣補佐は「国のために言ってやった」と胸を張った。当然、怒られて責任を追求される。
慌てた大臣補佐は、自分の部下のひとりを「大臣補佐代理」に仕立て上げて、この件をなんとかしろと無茶振りした。困った代理は、王城に仕える青年の一人に目をつけた。自分の娘に色目を使っている青年である。婿候補にしてやるから仕事を手伝えと言えば、青年はあっさり了承した。青年はユジカル国王の前に出され、大臣補佐代理に教わった言葉に、自分なりのアレンジを加えて言い放った。
「私が直接ミューズ国に赴いて、勇者殿を我が国に連れてまいります。その際、勇者殿には我が国に忠誠を誓わせます」
ユジカル国王は「そんな話だったっけ」と首を傾げたが、大臣補佐代理が慌てて青年を下がらせてしまったためその場では問い詰められなかったと、ミューズ国王に対してしきりに反省を口にしていたという。
そして青年は大臣補佐代理が手配した商船に乗り、国の密命を受けた人物として貴族のような扱いを受けた。ミューズ国に到着する頃には自分の立場を「一国の代表、つまりすごく偉い」と超絶勘違いして自ら肩書を考えた。
結果、自称「大臣補佐代理の息女の婿候補」が完成した……ということだ。
「聞いてるだけで頭が痛いわ」
「僕も」
「よくもまあ、そこまで絡まったものですね」
城下町に到着し、「船が出るまでの間、こちらでお過ごしください」と案内された宿の一室で、ここまで案内してくれたミューズ国の騎士さんに一通り話を聞いた。
「ラウトが魔王を討伐するのに異存はないけど、大丈夫なの? その国」
「話を聞いただけですが、国王をはじめ殆どの国民は勇者を待ち望んでいるそうです。人事の初手だけハズレを引いたというところでしょうか」
あれ? もしかしてギロを連れて行かなくても、魔王の居場所教えてくれるのでは。
僕がそう考えてギロを見ると、ギロは首を傾げた。
「最初の魔王の居場所は教えていただけそうですが、他の魔王や魔族を根絶やしにしませんと」
騎士さんが退出してから、ギロに小声で言われた。
そうだった。
いくら最初の魔王より弱いとは言え、魔王は魔王だし魔族は難易度がつけられない程手強い。
僕がミューズ国城下町の冒険者ギルドで詳細ステータスを知った後、他の冒険者の最大値を聞いてみた。
詳細ステータス表示魔道具ができて以降、全てのステータスの合計値で僕の十分の一より強い人を測定した例がない、とのことだ。
以前、ナリオ国まで同行したヘッケルというレベル六十七の冒険者も、丸腰の僕と百回近く手合わせして、一本取れたのは一回のみ。
僕がやるしかない。
ミューズ国とユジカル国の間に国交はないが、商船は両国間を行き来しているので、それに乗せてもらう。
定刻通りにやってきた船に乗り込もうとしたら、見覚えのある異国装束が視界に入った。
「あれって……」
「どうされました?」
ギロは例の使者殿と面識がないため、僕の視線の先に気づいて「げっ」と声を出したのはアイリのみだ。
商船は複数あるが、この時点で乗れる船は数が限られる。同船になる可能性を考えていなかった。
僕とアイリの困惑に気づいた付き添いの騎士さんも使者殿を見つけた。
「向こうを別の船に乗り換えさせましょうか」
「乗船拒否理由が僕だと分かればまた騒ぐかと」
「それもそうですね。すみません、ラウト殿を一刻も早くお送りすることしか考えておりませんでした」
謝ってくれたが、騎士さんは何も悪くない。使者殿に気づかれたり鉢合わせたりしないよう、僕たちは静かに乗船した。
「それでは、ご武運をお祈りしております」
今回は僕という冒険者がパーティの仲間を連れて勝手に魔王を倒しに行く、ということになっているので、騎士さんとはここでお別れだ。船上から皆で手を振って別れを告げた。
商船の船室は、陸の宿屋顔負けの広さと設備を備えていた。物資だけでなく交渉のための人も乗せるので、そういう人向けの中でも一番上等な部屋をあてがってもらえた。
「わっ、ふかふか。こっちの部屋は……お風呂まであるのね」
アイリは部屋を隅々まで探索し、ベッドとお風呂に感動していた。僕も船上でこんなに優雅に過ごせるとは思っていなかった。
「食事は、食堂へ行くんだっけ。小腹がすいたから覗いてくるよ」
「私もなにか食べたいから一緒に行く」
「私が取りに行きましょう。例の、ややこしい事情の方と鉢合わせるかもしれません」
「そうだった……。じゃあ頼んでいい? 軽めのものを適当に見繕ってきて欲しい」
「お任せください」
そう言って出ていったギロが、なかなか戻ってこない。
船の内部は想像以上に広かったが、ギロの足なら端から端まで歩いたとしても時間はかからないだろう。
「どうしたのかしら。道に迷ったとか?」
「見てくるよ。アイリはここにいて」
船室を出て気配を探る。ギロの気配は魔物だから、すぐに見つかった。
ギロはクローシュの乗ったお盆を手に、何人かの男に取り囲まれていた。
「お前、生きてたのか。今何してる?」
「ていうか、お前がこの船にいるってどういうことだよ」
「冒険者辞めたのか」
会話内容は久しぶりに会った知り合い同士に聞こえるのだが、囲んでいる男たちの態度が悪い。背の高いギロを睨み上げ、早く立ち去りたい雰囲気を出しているギロの進行方向を全身で塞いでいる。
「ギロ! 遅いから迎えに来たよ。この人達は?」
「ラウト様……」
僕が声をかけると、男たちが一斉に振り向いた。
装備からして、商船が雇っている傭兵たちだろう。
「何だ、冒険者は辞めてないのか。そんで次はこのひとに迷惑かけてるんだなあ!」
ひとりが変なことを言うと、他の連中が嫌な笑いをあげた。
「ギロは迷惑なんてかけてない。僕の仲間を侮辱するな」
言い切り、囲まれているギロの腕を掴んで引っ張り出した。そのまま振り返らず部屋のある方へ向かう。
「おい待て! そいつと俺たちはまだパーティを組んでる状態だ。だから俺たちの……」
そんな訳はない。冒険者ギルドでギロのことを調べたことがある。
ギロは以前とあるパーティにいたが、そのパーティは難易度Eのクエスト失敗と同時にギロを「死亡除名」扱いにしていた。ギロは仲間とはぐれた時点ではまだ生きていたことを彼らは知っていて、ギロを死んだことにし、見捨てたのだ。
僕はゆっくり彼らに振り返った。
「僕のパーティに引き入れる時に、全部調べたよ。もうギロはお前たちの仲間じゃない」
ギロがどういう経緯で見捨てられたのか、詳しくは知らない。しかし、「全部調べた」という僕の台詞で、向こうは勝手に色々と想像してくれたようだ。
「ちっ。あんたも苦労するぞ。なんせそいつは呪われてるからな」
「侮辱するなと言っただろう」
僕が思い切り睨みつけると、男たちは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げて後退った。
「ラウト様、漏れています」
僕の力は少しだけ解き放つと威嚇に使えた。
「わざとだよ。行こう」
そのままギロを引っ張って、部屋に戻った。
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