8 ギロとラウト

*****




 ギロには僕とナーイアスで回復魔法も掛け、家に戻ってからアイリにも回復魔法を掛けてもらったが、そのままギロの自室のベッドへ強制的に寝かせた。

「あの、眠れませんが」

 何せ魔族相手にボコボコにされていたのだ。見た目は怪我ひとつ無い状態だが、どんな影響が出るか、わかったものではない。

 しばらくは家事や雑事を休ませることにした。

「じゃあ眠くなるまで話をしようか。聞きたいこともあるし」

 僕はギロの部屋にある椅子をベッドの横に移動させて座った。

「なんでしょう?」

「あいつが言ってた『魔族くずれ』って、どういう意味? ギロは魔物じゃなくて魔族?」

 起き上がって正座しようとするギロを押し留め、寝かしつけた。

「申し訳ありません。黙っていたわけではなく、己で気づけず……これも言い訳ですね」

「気づかなかったなら仕方ない。僕だってわからなかったんだし」

 ギロの見た目は完全に人間で、気配は完全に魔物だ。かなり強いが、魔族とは少し違う。

「気配については、今は私が意図的に隠しています。ラウト様以外にも他者の気配を読む人間が居ないとは限りませんから」

 そう言って、ギロは一瞬だけ気配を解き放った。どこまでも黒い気配は、確かに魔族だ。

「隠せるのか」

「あのう、本当に私、自覚がなかったのです。自覚してから分かったことなのですが……ラウト様も無意識に行っておりますよ。ラウト様が本当の気配を発して歩いたら、近くの人間は卒倒してしまうでしょう」

「えっ」

 身に覚えがない。しかしそう言われて改めて自分に向き合うと、確かに常にどこか緊張している。後で、人のいないところで試そう。

「無意識の制御は、必要な時にも無意識に解いておられます。今回の魔族はそれでも立ち向かってきましたが、通常の魔物やあの程度の魔族なら、あのときのラウト様に歯向かうことなど出来ないはずです」

「ギロは色々なことを知ってるな」

「思えば、魔物の身体になってから高位の魔族と直に相対したのは初めてでした。魔族の力を目の当たりにして、ようやく気づいたというか……思い出したのです」

 ギロの言葉に嘘はない。それはなんとなくわかった。

「思い出すって、記憶を封じられてたのか?」

「自分で縛っていたのでしょう。自分が魔物に……魔族になったと認めたくなくて」

 ギロは今までで一番辛そうな顔になってしまった。

 僕がなんと声を掛けていいか戸惑っていると、ギロはぱっと笑顔を作った。

「しかしお陰で、ラウト様と出会えました。悪いことばかりではありません」

「僕の従者って、そんないいものじゃないだろ」

「とんでもない。あ、辞めさせないでくださいね? 首を切られたら私、自分を粗末にしてしまう気がします」

「ギロ」

 真面目に呼びかけると、ギロもヘラヘラした笑みを引っ込めた。

「やりたいことがあったら遠慮なく言ってくれ。従者の望みを叶えるのも主人の役目だ」

 もしギロが人間に戻りたいと言うなら、その方法をなんとしてでも探す。そのくらいは応えたい。

「……ありがとうございます。すみません、眠くなってきました」

 ギロは顔を覆うほどシーツを引き上げた。

 シーツを引く手がかすかに震えている。

 僕はシーツの上からギロの肩の辺りをぽんぽんと叩いて、部屋を後にした。



「ギロの調子はどう?」

「問題なさそうだよ。でも、しばらく家事は僕が」

「私がやるってば。ラウトだって魔族を倒してきたのに」

 外で洗濯物を干していたアイリの元へ行き、手伝おうとして手に取ったシーツを取り上げられた。

「皆、僕に甘い」

 何も持っていない両手を開いたり握ったりして抗議してみる。

「ラウトが普段から周りに甘いせいよ。自業自得だわ」

「何その自業自得」

 妙な持論を展開するアイリに、思わず笑みが溢れた。

「ほらほら、そんなところに突っ立ってないで。お部屋でゆっくりしてて。後でお茶を持っていくわ」

「んー。どうせ暇ならちょっと出かけてくるよ。すぐ戻る」

「そう? 行ってらっしゃい」



 シルフの力を借りて、町から遠く離れた荒野まで移動した。

 辺りに人はおらず、生き物の気配も少ない。

 ここなら大丈夫だろう。

 目を閉じて、全身の力を抜いた。それから自分と向き合って、ずっと緊張状態だった部分を少しずつほぐしていく。

 体の奥からじわりと熱が湧き上がってくる。そのままにしておくと、自分の体がぶわりと浮いた気がした。目を開けて足元を見ると、実際に浮いている。

 精霊たちが僕の身体から勝手に出てきて、周囲を飛び回った。赤、青、緑、茶、灰、紫、黒、金の光がぱっと一際大きな光を放つと、僕の身長より巨大な猫が、僕を中心に円を描くように留まった。

 僕が無自覚に力を抑えていたせいで、精霊たちも自分の体を縮こませていたようだ。

 ごめん、と謝ると、精霊たちは気にするなと言わんばかりに再び周囲を飛び回り、もう一度ぱっと光って消えた。


 今度はちゃんと意識して力を封じ込める。足を地につけて、辺りを見回す。

 近くに生き物は居ないが、魔物が数匹こちらを狙っていたはずだった。魔物は全て逃げ出したらしく、気配はかなり遠くへ行ってしまった

 確かに、ちゃんと制御しておかないと、僕の近くにいる人に影響を与えてしまうだろう。

 制御、かぁ……うーん?

 どうしたらいいんだ?

 抑えておくことは簡単だと侮っていた。無意識にやれていたことだから、同じように過ごせばいいと。

 自分の力を知ってしまった今、抑えておくのが窮屈だと感じるようになった。精霊たちも大きなままだ。

 力を出したり引っ込めたりしているうちに、自分なりに扱い方に慣れてきた。

 とりあえず、力を出しっぱなしにして、その外側を更に力で抑え込む。かなり力任せなやり方だが、一先ずこれで過ごしてみよう。


 アイリに「すぐ戻る」と言ったのに、結局日没近くになってしまった。

 この場所へ来る時は小半時かかったが、自覚した全力と精霊たちの強化によって、半分の時間で戻ることが出来た。



 力のことは解決したが、ギロが見つけてくれた「新たな魔王と魔族という存在、魔物が強化される理由」について、ギルドにどう説明しようかと悩んでいた。

 ギロを短時間で遠方へ送り込んだ方法は精霊のことを話さないと説明できないし、魔物や魔族の痕跡を辿れた理由に到っては、ギロが元人間の魔族であることを白状しなければならない。

 精霊に関しては監査役なら他の人に話さないでいてくれるだろうが、ギロの件は問題がありすぎる。


 僕とアイリとギロで出した結論は、「黙っておく」だ。

 勿論、ただ黙っているわけではない。魔族や魔王は見つけ次第討伐するし、ギロにも積極的に探してもらう。

 探すのも、見つけて討伐するのも、僕たちだけで済ませて誰にも報告しない。冒険者からしたら「タダ働き」に該当するが、僕は「勇者」の称号のお陰で、生活には困らない。

 王族は精霊の存在を知っているから、むしろ、これも込みで称号と支援を頂けたのかもしれない。



 三日に一度ほどのペースでクエストを受けたり、時折ギロが見つける魔族の討伐をして過ごすこと、約二十日。

 久しぶりにギルドへ呼ばれた。

 僕とアイリが向かうと、いつもの監査役の隣には、見たことのない人がいた。

 態度からして偉い人だと予想はつくのだけど、ミューズ国では見たことのない衣装を着ている。

「こちらはサート大陸はユジカル国から遥々お越しになられた、ユジカル国の使者殿だ」

 監査役の紹介に、棘がある。使者殿はむすっとした表情を崩さないまま、僕たちへ向かって会釈した。こちらも会釈を返したが、それを見た使者殿はバン、とテーブルを叩いて立ち上がった。

「やはり帰らせてもらう。このような無礼者が勇者など、認めるわけにゆかぬ」

「そうですか。では、お帰りはあちらです」

 監査役はすっと立ち上がって、使者殿を促した。しかし使者殿は動かず、顔を真赤にして僕をチラチラ見ている。

 使者殿の目は「お前が謝ればことは丸く済む」と言っていた。

 どういう状況なのかわからないし、僕が謝る理由はどこにあったのだろうか。

「監査役、僕がここへ呼ばれた理由はなんでしょう?」

 使者殿を無視して、話をしてみる。使者殿は結局一歩も動かず、そのまま椅子に座り直した。

「ああ、サート大陸の魔王の件なのだがな。使者殿が話したくない様子なので、この話は無しだ。無駄足をさせてすまなかった」

 監査役に「別の部屋で待機していてくれないか」と小声で耳打ちされ、部屋から出された。

 扉の向こうから怒号が聞こえてくる。

「何なの、あの人」

 アイリが憤る。僕も使者殿の言動が意味不明すぎて、困惑しか覚えなかった。

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