13 一瞬の重なり

 臨時パーティのときより更に荒野を進んだ先が目的地だった。

 馬車はノームに階段を作ってもらった谷は別のルートを使って回避し、目的地まで徒歩一時間と予想される地点で止まった。


「んんー……」

 馬車から降りたアイリが伸びをする。僕も強張った身体をあちこちほぐした。

 他の馬車からも冒険者たちがぞろぞろ降りてきて、皆で一旦休憩した。

 クレレが皆にお茶を淹れてくれたので、ありがたく頂戴する。

「……美味しい! これ、茶葉は何を?」

「市で買った在庫処分品だよ。安いやつさ」

「それがこんなに!?」

 アイリがクレレのお茶を気に入ったようだ。美味しいもんね。

 アイリはお茶の淹れ方をクレレに教わろうとしたが、クレレが「今は駄目だ」と断った。

「このクエストが無事終わったら教えてやるよ。ラウトに淹れてやりな」

 クレレはニッと笑いながら、お茶の道具を片付けた。

「じゃ、早く終わらせに行こうか」

 不服そうな顔で僕のところへ来たアイリに声をかける。

「うん……その、そりゃ私がお茶を淹れたらラウトも当然飲むわけだし……」

「アイリ、なんか顔赤くない? 大丈夫?」

「なっ!? なんでもないよっ! ほら、行くんでしょ!」

「行くけど、こっちじゃないよ」

 アイリが僕を背中からぐいぐい押す方向は、目的地と真逆だ。

「じゃあ皆、武運を。くれぐれも気をつけて」

 皆それぞれ、予め決めておいた地点へ移動を開始した。

「あれに割り込むのは無粋だなぁ」

 誰かのつぶやきが風に乗って聞こえてきたが、意味は解らなかった。



 風を司る精霊シルフと、身体強化に長けた精霊ドモヴォーイの助けてもらえば、僕とアイリはどのパーティよりも早く目的地にたどり着ける。

 しかし今回は、皆と足並みを揃えることも重要だ。

 僕とアイリは地道に徒歩で進んだ。

 途中に出てくる魔物は全て、僕が事前に気配察知して位置を把握し、こちらから先制攻撃して仕留めた。

「本当に強くなったわね」

 アイリは戦闘が終わる度に「今のラウトには使い所がないから腕が鈍る」「念のため」と回復魔法を掛けてくれる。

 魔力調整が完璧だから、本当にほんの少し、アイリなら日に何百回も使える程の回復量で留めているので、僕も大人しく掛けられるままになっている。

「アイリこそ、更に器用になったね」

 アイリと同じく回復魔法使いのサウンも良い腕をしていた。魔力量や最大出力ならサウンのほうが上かもしれない。

 アイリの魔力調整や怪我にピンポイントで魔法をあてる技術は、それらを補って余りある。

「家で空いた時間に練習してたもの」

 アイリはフフフといたずらっぽく笑った。

 家にいて家事をしながらも修練を怠らない姿勢は見習わなければ。


 歩くこと一時間弱。それらしい建物が見えてきた。

 臨時パーティで入ったのとよく似た、建材不明の赤黒い巨大な建物。トゲトゲこそ生えていないが、ヌメヌメ感は増し増しといったところか。

 形も正立方体に近く、家屋というよりはなにかの研究施設に見える。

 通信の魔道具で連絡を取ると、他のパーティも近くまで来ていた。

「どうする?」

 通信機越しに問われた。

「ひとまず出入り口を探そう。二箇所あったら両側から、一箇所しか見つからない場合は、まず僕たちが入る」

「わかった」


 外周をぐるりと一周し、入り口らしき穴は三箇所見つかった。

 僕たちも三パーティ。

「何か作為的なものを感じるな」

 ヤトガが顎に手を当てて唸る。僕も同感だった。

 通常、建物の出入り口は、もとからそういう造りの要塞や絡繰り屋敷でも無い限り、増減できない。

 建物の表面のヌメヌメをよく見るとわずかに蠢いていて、なんだか生き物っぽさを感じるのだ。

 僕たちの襲撃を知って、わざとバラけさせるよう三箇所に穴を作ったとも考えられる。

「作戦変更。僕とアイリだけ入る。他は、僕たちが入った入り口を見張っていてくれ」

「危険ではないか?」

「そうだ。全員で」

「内部がどうなってるか解らない。全員で行って、全員出られなくなる方が怖い」

 やや揉めたが、僕が押し切った。ここぞとばかりに三パーティの総合リーダーであることを振りかざしてみた。

「絶対に無茶だけはするなよ」

 ヤトガたちに念を押された。

「うん。じゃ、行ってくる」


 三つある入口のうち、西側から侵入した。

 内部は意外と普通の家屋のような造りで、少々拍子抜けした。

 人や魔物の気配は……両方ある。

 僕が音を立てずに剣を抜くと、アイリも杖を胸の前でギュッと握りしめた。


 入ってすぐはエントランスのような場所で、左右と正面に扉が一つずつ。

 人の気配から探ることにして、アイリに目配せで正面の扉を示す。


 僕が扉をそっと開けると、そこには……。


「セルパン?」


 身体には粗末なローブ、首と手足には枷を着け、虚ろな目をしたセルパンが、虚空を見ながら椅子に座っていた。




*****




 家を追い出されたセルパンは、パーカスの町で一番安いと言われる宿屋へ向かった。この町へ来たばかりの頃、ラウトが探してきた宿だ。十日に渡る徒歩旅行で皆が疲労困憊していた中、ラウトだけが「今日くらいは皆ベッドで寝ないと」と疲れた身体を引きずって人に尋ね実際の宿の状態を確認し、他の仲間を案内した。セルパンは「ボロ過ぎる」と文句を言った宿でもある。

 幸いにも部屋が空いており、一番小さな部屋を頼んだ。

 流石にセルパンも節約することを考え、食事は最低限、酒は飲まないと決めた。

 安宿を拠点にクエストを請け、少しずつ金を貯めた。

 金の節約はしたが、クエストを周回するための体力をつけるといった、冒険者業に必要な努力をすることはなかった。

 難易度Fの簡単なクエストを、日に一度、周回もせずにギルドへ帰ってくるセルパンに対し、他の冒険者がこう呼びはじめた。

「最弱のレベル四十五」

 と。

 冒険者のレベル四十五といえば、達人一歩手前の頼れる人材という認識が広まっている。

 ところがセルパンはパーティの仲間を一方的に追放し、その後クエスト失敗が続いて他の仲間も愛想を尽かして離れ、更には防護魔法税が支払えず持ち家を没収されている。簡単なクエストの周回もできない。

 こんなに酷い冒険者は他にいない、もしパーティに誘われたり、入りたいと言われても断ったほうが良い。そんな話まで広まってしまった。

「冒険者が不向きであるとお考えでしたら、転職のお手伝いをしますよ」

 日に一度のクエスト達成手続きの際、冒険者ギルドの受付が放った言葉は、親切心からであった。

 今の世の中、一度冒険者になると、余程の理由がない限り辞めるのは難しい。

 レベル四十五なら尚更、更にレベルを上げてもっと多くの魔物を討伐すべきだという風潮がある。

 しかし「最弱のレベル四十五」は、冒険者ギルドが考える適正難易度のクエストを、ここしばらく請けていない。

 三回の失敗に伴うペナルティーも受けている。

 別の受付やギルド職員でも、同じことを勧めただろう。

「うるさい! 俺は冒険者を続けるんだ!」

 激昂したセルパンが受付の胸ぐらをつかんだところで、他の冒険者が割って入った。

 セルパンは更に他の冒険者に取り押さえられ、頭から桶の水をぶちまけられた。

「頭冷えたか」

 ずぶ濡れで冒険者ギルドの床にべたりと座り込むセルパンの頭の上から、声が降ってくる。

「冒険者にとっていちばん大事なモンは何か、知ってるか?」

 声には棘と、少しの優しさが混じっていた。

「仲間だよ。お前は自ら仲間を一方的に切り捨てたらしいな。そんで他の仲間に見捨てられた。本当か?」

「……」

「沈黙は肯定と見做す。つまりお前は冒険者にゃ向いてねぇんだ。いっぺん、ちゃんと考えてこい」

 声をかけてきた冒険者はセルパンの首根っこをむんずと掴み、そのまま片手で軽々とセルパンを持ち上げ、ギルドハウスから文字通り放り投げた。

 

 濡れた身体で土の地面に転がったセルパンは、立ち上がると土や泥を払いもせず、とぼとぼと宿の方へ歩き出した。

 五年住んでいる町だ。道を間違えるはずがない。

 しかしセルパンの思考が鈍っていたのか、たまたま間違えたのか。陽当りの悪い裏路地へ入り込んでしまった。

「おやおや、また道に迷った冒険者が」

 背後から、男とも女ともつかない声をかけられた。

 振り返ると、そこにはセルパンより頭二つ分ほど背の高い人が立っていた。

 セミロングの金髪をオールバックに撫でつけてあり、目が細く、薄い唇はにいっと笑みの形をしている。整った顔立ちで、背丈からして男に思えるが、女だと言われても納得できる容姿だった。

「少し話をしませんか?」

 セルパンは熱に浮かされたような顔で頷いた。

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