14 怒髪天と低姿勢

*****




 サラマンダに頼んで枷を溶かし、セルパンを解放した。

「おい、しっかりしろ!」

 枷を外すとセルパンは力が抜けたように、椅子に座ったままの状態で上半身をぐにゃりと前に倒した。

 声をかけ、肩を揺さぶっても、まだぼんやりしている。前に保護した人たちと似たような症状だ。

 アイリが回復魔法を掛けている間、僕は周囲を気配察知して警戒する。

 魔物の気配は、こちらに近づいてこない。まるで様子を伺っているようだ。

 僕たちの侵入をとっくに知っているのに放置されると、逆に不安になる。

「……あ、ア……イリ?」

「そうよ私よ。ラウトが貴方を助けたのよ」

 椅子にしゃんと座れるようになったセルパンは、口を開けてアイリを見上げている。

 アイリは過剰なほど突き放すような態度でセルパンに接した。

「話せるか? どうしてここにいる?」

 声をかけると、セルパンは初めて僕の存在に気づいたらしい。

 目を見開いて僕を見、それから顔を歪めた。

「……うるさい」

「え?」

 セルパンの瞳にあるのは、憎悪だ。

 セルパンは立ち上がろうとしてよろめき、足をもつれさせて椅子ごと床に転がった。

「何やってんだよ」

 立ち上がるのに手を貸そうとしたら、払いのけられた。

「お前のせいで……お前のせいで……」

 床に尻をつけたまま、ブツブツと呟いている。

 どうしたものかとアイリを伺って……思わず恐れ慄いた。

 アイリが見たこと無いほど怒った表情をしているのだ。

 アイリがその表情のまま、セルパンの前に立った。

「アイリ?」

 そして、セルパンの胸ぐらを掴み上げると、立ち上がらせて……フルスイングビンタを決めた。

「ちょ、アイリ!?」

 セルパンは吹っ飛び、壁に激突した。そして再び床に倒れ込む。

 アイリはレベル四十四の冒険者だが、回復魔法使いだ。冒険者の中では非力な方に入る。普段、魔物との戦闘で攻撃に加わることはほぼ無い。

 今回のアイリのビンタはクリティカルヒットだった。難易度Fの魔物くらいならワンパンで倒せるほどの威力だ。セルパンに掛けた回復魔法は全て無駄になっているだろう。

 アイリがそこまでする理由がわからない。

「アイリ、落ち着けって。セルパンまた怪我しちゃったじゃないか」

「どうしてラウトの方が落ち着いていられるのよっ!」

 追撃しようとするアイリを止めたら、僕が怒られた。

「僕には怒る理由がない」

「あるでしょう!? こいつ、ラウトをパーティから追い出して! その前からお金巻き上げたりっ! 家事押し付けたりっ!」

「あのときは僕のレベルが低かったから仕方ないでしょ」

「仕方なくないのよ! ラウトが一番頑張ってたのに! なのに助けに来たラウトに、何なのあの態度は!」

「わ、わかったから。ほら、ここ敵陣だから。ね?」

 どうしよう、こんなアイリ初めて見たから、対処方法がわからない。

 しかし「敵陣」の一言で現状を思い出したらしいアイリは、なんとか怒りの矛を収めてくれた。

「うう……アイリ、アイリ……なんで、俺にこんな……」

 重傷の頬を抑えたセルパンの涙混じりの声に、収まった矛が再び取り出される気配がした。

「セルパンを眠らせてくれ、ドモヴォーイ」

 セルパンの発言がアイリの逆鱗に触れるのだと予想がついたので、頭の中で精霊に頼むと黒に白斑の入った短毛の猫がセルパンの背後に現れ、片方の前足でとん、とセルパンに触れた。途端にセルパンはぱたりと倒れ、すうすうと寝息を立てはじめた。

「ありがとう、ドモヴォーイ」

「……甘いわよ、ラウト」

 精霊との会話は声に出していないが、セルパンが突然寝たのは僕の仕業だとバレていた。

「今は色々とそれどころじゃないからさ。一先ずセルパンを外へ運び出して、みんなに任せておこう」

「ラウトがそう言うなら」

 セルパンを背中に担ぎ、一旦出入り口に向かうべく部屋の扉を開けた。


 扉の向こうにあったはずのエントランスホールは巨大な部屋に様変わりしていた。

「なにこれ」

 アイリが杖を握りしめて後退る。

「ラウト、扉が消えた!」

「えっ!?」

 振り返ると、アイリが扉があったはずの壁をぺたぺたと叩いていた。

「ぐあああああっ!」

 突然、背中のセルパンが叫び声を上げた。ドモヴォーイの睡眠魔法は弾かれたようだ。

 暴れるセルパンを背負ったままにできず、思わず取り落としてしまう。

 背中から落ちたセルパンは頭を抱えて床を転げ回りながら、尚も叫んでいる。

 セルパンの気配に、魔物の気配が混じりはじめた。

 しまった。魔物の核のことを忘れていた。

 保護した人たちやバレスに埋め込まれていた、魔物の核。魔力封じの枷がなければ、魔物化してしまう。

 きっとセルパンにも埋め込まれているのだ。

「魔力封じの枷を作ってくれ、レプラコーン」

 僕の肩に紫色の子猫が乗り、目の前に黒い枷を四つ出現させた。

 暴れるセルパンをどうにか押さえつけて、枷を手首と足首に着ける。

 セルパンは四つの枷を身につけると、急に静かになった。気を失ったようだ。

 セルパンから魔物の気配が消えてほっとしたのも束の間、今度は本物の魔物の気配が近づいてきた。


「せっかく捕らえた贄を解放して回ってたのは、お前たちか」

 男とも女ともつかない声。長身で、金髪に整った顔。目は細く、瞳の色が判別できない。

 姿は人間なのに、気配は明らかに魔物だ。

「なに、こいつ……」

 アイリが杖を構えたまま、かすかに震えている。

 目の前に現れた人の姿の魔物は、確かに異質な気配を放っていた。僕を谷底へ道連れにした魔物よりも強そうだ。

 だけど、何故だろう……アイリが怯えているのを不思議と感じてしまうほど、僕はこいつが怖くなかった。

「贄って何だ? どうして人間に魔物の核を植え付けている?」

 一応剣を構えて、そいつに問いただした。

「喋ると思うか? 馬鹿な奴だ」

 そいつが片手の人差し指を親指でピン、と弾くと、こぶし大の魔力の塊が飛んできた。

 背後でアイリが息を呑む声が聞こえた。

 僕はその魔力の塊を、剣で斬り落とした。

「……は?」

 当然ながら、斬り落とした魔力の塊は霧散する。それを見たそいつは、何故かぽかんと口を開けた。

「答えないなら……どうしようかな。拷問になるのかな」

 拷問なんてしたことない。たとえ相手が魔物でも、相手に過剰な苦痛を与えるのは紳士的じゃない。

 しかし目の前のやつは事情を全て知っているようだ。喋ってもらわないと困る。

「どうしたら話してくれる?」

「巫山戯るなっ!」

 例の指ピンを今度は何発も連続で撃ってきた。

 数が多くなっただけ。しかも何発かはフェイクのつもりか、僕たちに当たらない。

 僕とアイリ、ついでにセルパンに当たりそうな魔力の塊だけ、剣で斬り落とした。

「すご……」

 アイリが驚いているが、大したことをしたわけじゃない。

 バレスの矢の方が速かったくらいだ。

「なあ、どうすれば話す?」

 剣を下げたままそいつに足を一歩踏み出すと、そいつは一歩後退した。

 僕が更に近づけば、そいつも更に遠ざかる。

「うわあああああ!!」

 広くなった元エントランスホールの壁際まで追い詰めると、そいつは片手に巨大な魔力の塊をつくり、僕に放ってきた。

「ラウトっ!」

 アイリが叫ぶ。塊は指ピンのときの十倍くらいだろうか。至近距離で放たれて、僕は避ける暇もない。

 それだけだ。

 巨大な魔力の塊も剣で斬り裂いた。


「それ、効かないからさ。撃っても無駄だよ」

 普通の魔物とは会話など成立しないが、こいつは人の姿をして、初めから喋っている。

 言葉が通じるのなら、説得も通じるはずだ。

 あまりやりたくなかったが、脅しも効くだろう。

 壁際に追い詰めたそいつの首元に、剣を当てた。

「ヒッ!?」

 そいつは意外なことに、追い詰められたような悲鳴を上げた。

 後でアイリが言っていたのだが、僕の動きは全く見えなかったらしい。動きというのは、魔力の塊を斬り落とす時や、今みたいに剣を動かしている様子のことだ。僕が少し動いたと思ったら魔力の塊が消えていたり、全く目を離していなかったのに気がついたらそいつの首元に剣を突きつけていた、と表現していた。

 精霊たちが僕の身体能力を底上げしてくれていて、僕は剣の達人みたいな身のこなしを会得していたようだ。

「話さないと……その、苦痛とか与え続けることになると思う。嫌なら……」

 気がすすまないことをどう説明したものか、僕が言葉を選んでいると、そいつは僕の剣が首筋に傷をつけるのも厭わず、急に身体を伏せた。

 そして、大きな声で言い放った。


「すみませんでしたあ!!」


 それはそれは見事な土下座だった。

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