12 約束
*****
冒険者ギルドからクエスト失敗のペナルティーを受け、クレイドとツインクがパーティを脱退して出ていってから十日後。
セルパンは家を追い出され、途方に暮れていた。
セルパンはペナルティーを渋々受け入れた翌日、ひとりで難易度Hのクエストを請けた。
本来の適正レベルは五のクエストで、セルパンひとりでも楽々こなせるものだ。
しかしセルパンには他の同じレベル四十五の冒険者とくらべて、残念なほど体力がなかった。
仲間に頼り切り、自身はレベルさえ上がれば何も問題はないと修練をひとつも積まなかった弊害である。
仮に他のレベル四十五の冒険者が同じクエストを請けるとしたら、十回以上は周回して日没で終了といったところだろう。
ところがセルパンは、三回こなすだけで疲れてしまい、家に戻っていた。
難易度Hのクエストを三回終わらせたので、ペナルティーは解除され、適正難易度が請けられるようになった。
流石に自分の実力を見極めたセルパンは、適正より一つ下の難易度Eを日に一度請けた。
ソロ用クエストの報酬はパーティ用の半分から三分の一以下だが、持ち家のある独り身であれば、充分な額だ。
金銭感覚の面でも、ラウトがいかにうまくやりくりしていたか、セルパンは知らない。
セルパンはその日の稼ぎの殆どを、食事と酒に費やしてしまった。
「防護魔法税……? なんだそれ、聞いてないぞ」
ある日家へやってきた役人たちに、セルパンは食って掛かった。
「家を購入した際、名義人には説明したはずです。名義人はセルパンとなっていますが、どちらに?」
「……俺だが」
セルパンは「名義人はリーダーの俺がやるべきだ」と主張しその通りにしたが、諸々の雑事はラウトに押し付けていた。
「では代理の方が話を聞いたということですね。貴方に伝えなかったのですか?」
「そ、そうだ。そいつが俺に一言も!」
ちなみにラウトはきちんと話したのだが、セルパンは聞き流していた。
「ですが最初から名義人の貴方が話を聞いていれば良かっただけの話です。これから説明しますので、今度こそ聞いてくださいね」
魔物は基本的に人間が多い場所には近づかないが、例外的に魔物が襲ってくることもある。魔物に怯える人々のために、町全体に魔物除けの防護魔法装置が働いている。その装置を維持するために、家の面積に応じた税を全家屋から徴収している。
「俺は冒険者だ。その装置の範囲から外してもらって構わない」
「魔道具にそのような調整はできません。仮にできたとしても、ここへ魔物が侵入した場合、周辺の家にも影響が出ます。第一、貴方に倒せない程強い魔物が侵入してきたら、どうするおつもりですか?」
その後もセルパンはゴネにゴネた。役人から提示された税額の五万ナルどころか、毎日かつかつの生活をしていて、手持ちが殆ど無いのだ。
「三日以内に支払えない場合、この家は没収します」
役人は取り付く島もなく、セルパンに宣告した。
セルパンは慌てて難易度Dのクエストを請けたが、一日に一回、ギリギリ達成するだけで疲れ果ててしまい、五万ナルを稼ぐことができなかった。
三日後、役人は冒険者上がりの腕に覚えのある者を数人連れてきて、セルパンを家から力尽くで追い出したのだった。
*****
「はい、六万ナルです」
この町に来て初めて、防護魔法税を支払った。明日からしばらく出かけるので町役場まで行って、一万ナル金貨を六枚渡した。
「確かに受け取りました。こちら領収証です」
「ありがとうございます」
町役場から家に戻り、アイリとティータイムを過ごした。今日は支払いを終えたらゆっくりしようと決めていたのだ。
「前より高いわね。広すぎるのも考えものだったわ」
アイリが反省を口にする。でもこの町へ来てすぐ買えて、手頃な大きさの家はここしかなかったのも事実だ。
「年に一度のことだし、冒険者ギルドから補助も出るからね。僕はこの家、気に入ってるよ」
領収証を冒険者ギルドへ持っていけば半額返ってくる。
家が気に入っているのも本心だ。最初こそ家中の部屋が埃だらけで家具もボロボロだったが、アイリが掃除してくれて二人で家具を入れ替え、家中を整えた。小さな庭にはアイリが花や薬草を植えていて、いま飲んでいるハーブティーもその薬草から作っている。
相変わらず家事の殆どをアイリに任せてきたが、明日からはふたりとも旅の空の下にいる予定だ。
「家を守ってくれ、スプリガン」
翌日。家を出る前に精霊を呼び出すと、灰色でモコモコした毛の、他の精霊より二回りほど大きな猫が僕の足元にひらりと現れた。
毛と同じ灰色の瞳で僕を見上げ、「スプー」と気の抜けたような声を出し、ふっと消えた。
「え、どこいっちゃったの?」
「大丈夫、この家を守ってくれてる」
スプリガンは宝や大事な物を守る精霊だ。空間を渡り操ることにも長けていて、僕の鞄はスプリガンに頼んでマジックバッグにしてもらった。マジックバッグとは空間魔法を使える人が作ったバッグで、見た目より多く物が入り、重さは変わらないという優れものだ。スプリガン特製のマジックバッグは市販品よりも性能が良い。
出かける先は、例の魔王軍の拠点だ。監査役から直々に指名され、特別クエストを請けることにした。
パーティは自由に決めても良いと言われ、ギルド側も可能な限り斡旋すると言ってくれた。
僕がパーティの仲間に選んだのは、アイリ一人だ。
アイリの回復魔法の腕は、達人のそれよりも上だと痛感した。それに、アイリの前でなら精霊の助力を使っても問題ないため、僕も全力で事に当たれる。
監査役には「少なくないか」と心配されたが、僕が「彼女なら気心が知れているし、少数精鋭のほうが動きやすいので」と言い張ると、すんなり認めてくれた。
その代わりなのか、旅の道具や食料は過剰なほど渡された。
というわけで、家を完全に留守にしてしまうので、スプリガンに守ってもらうことにした。
冒険者ギルドやご近所さんに見回りをお願いするという手もあるが、ギルドは今回の件で忙しいし、ご近所付き合いは留守をお願いできる程深くない。だからスプリガンを頼ったのだ。
「忘れ物はない?」
「ええ」
アイリと最終確認をし、家を出た。
冒険者ギルド前には二頭立ての馬車が五台停まっていた。
僕とアイリの他にも、先日の臨時パーティがほぼそのまま、現地近くへ向かう。
クレレやヤトガたち同行する冒険者と、監査役やギルドの偉い人達に挨拶を済ませて早速乗り込む。
「危険だと思ったら無理せず引き返してくれ。自分と仲間の命を最優先にな」
「はい。行ってきます」
「本当に私だけで良かった?」
馬車は御者さんが走らせてくれている。僕とアイリは客車でごとごとと揺られていた。
「うん。その……
先日の臨時パーティで、僕がリーダーを務めたパーティの皆が、僕の実力を買ってくれた。
ヤトガ達も「短期間でこれほどレベルが上がった冒険者を他に知らない」と推したこともあって、今回の特別クエストに抜擢された。
他の二つのパーティが敵陣を包囲し、僕のパーティが本陣へ乗り込むという作戦が立案、採用された。
二つのパーティは、言い方は悪いが「目眩まし」役で、一番攻撃力の高い僕が少数精鋭で元凶を仕留めることになった。
攻撃力云々は、ギルドで他の人のステータスや実力を比べた結果だ。
精霊たちが「やっとお役に立てます!」ってものすごく張り切っているんだよなぁ……。
「ラウト?」
精霊たちとの接し方について悩んでいると、アイリが僕の顔を心配そうに覗き込んだ。
「あのね、彼らってさ、どう接したらいいのかな」
精霊たちには何度も確認し、その度に「僕に棲めるだけで充分」と言われてはいる。しかし棲んでもらう以上、居心地の良いものにしてやりたい。
そういうことをアイリにぽつぽつ話すと、アイリは僕の頭をよしよしと撫でた。
「彼らはもうラウトの力なのよ。ラウトがどう振る舞おうが、彼らはついてきてくれるわ」
「彼らの力を悪用するかもしれないのに?」
「しないでしょ」
するつもりは全く無いが、今後無いとは言い切れない。僕だって普通の人間だ。
「じゃ、私と約束しましょ。悪用しない、って」
アイリが小指を差し出してきた。
「アイリとの約束なら破れないな」
自分の小指をアイリの細い小指に絡めた。
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