11 勇者と精霊
冒険者ギルドの仮設キャンプには、予め連絡がしてあったので馬車が五台とめてあった。
一つはキャンプ撤収用、残りは冒険者と保護してきた人たち用だ。
保護してきた人ひとりにつき冒険者を最低一人つけるように馬車に乗り分けて町まで戻った。
保護してきた人たちはギルド管轄の療養所へ送られ、臨時パーティは解散となった。
「ラウトのパーティで人が欲しいときは声をかけてくれ。いや、やはりうちのパーティに……」
「ありがたい話だけど……」
今回のクエストの報酬を貰い、そろそろ帰ろうとすると、ヤトガやクレレ他、殆どの冒険者からパーティに入りたい、または入らないかとお誘いを受けた。
丁重にお断りしたが、誰も気を悪くしていない様子だった。ただし、「気が向いたら是非」と念を押された。
十日ぶりの帰宅に、アイリが出迎えてくれた。
「変わりなかった?」
「ええ、何事も……ラウト、大きくなった?」
「へ?」
アイリや家具の高さと比較して自分の身長を測ってみる。特に変化はないように思えた。
「身長は変わってないと思うけど」
「身体つきじゃなくて、なんていうか……内面のほう」
ブズーキが、男は三日会わなかったらなんとかって言ってたっけ。
「そんなに違う?」
「うん」
いっそ見た目に変化が現れたのなら、鏡でも見れば自分でも解るかもしれない。
内面は鏡じゃ見れないし、自分はずっと自分だったから、変化なんて気が付かない。
僕が腕を組んで悩んでしまうと、アイリが僕の腕にそっと触れた。
「良い方に変わったのよ。だから、悩むことはないわ」
悪くなったわけじゃないなら、いいか。
アイリには精霊たちの事を話した。精霊たちには予め、アイリに話してもいいか尋ねてある。
「このひとならいいよ」
との答えだった。
「見たい!」
猫みたいな容姿をしていると言ったらものすごく食いついたので、ナーイアスに出てきてもらった。
よくよく見ると、精霊たちは色以外にも毛や耳、尾の長さに個性がある。
ナーイアスは毛と尾が短く、耳は小さめだ。
アイリが触れようと手を伸ばしたが、ナーイアスの身体をするりと通り抜けてしまった。
僕は精霊に触れて、抱き上げることもできる。
ナーイアスに「アイリにも触らせてあげられないか」と頼んだが、「無理ネナ」と申し訳無さそうに断られた。
「ラウト以外は触れられないのね……」
アイリはこれ以上ないほどがっかりしていた。
「精霊に好かれるなんて。やっぱりラウトは『勇者』ね」
「やっぱり、って?」
ナーイアスにお礼を言って引っ込んでもらった後、アイリがぽつりと呟いたのを聞き逃さなかった。
アイリは「あっ」と言って口に手を当てたが、僕はもう耳にしてしまった。
「何か知っているの? この前の、自分の力を受け入れろっていう話と繋がってる?」
アイリは少しだけ逡巡したが、話してくれた。
「ラウトは千年前の勇者がどういう人物だったか、知ってる?」
「いや、知らない」
僕の家は、一応貴族だ。しかし領地も領民も持たない名ばかり貴族で、爵位も一番下の男爵。ほとんど平民と変わらない。
国から形式のみの僅かな禄とはいえ貰っている以上は貴族だということで、僕は小さな頃から貴族に必要な勉強や礼儀作法を厳しく躾けられた。
二人いる兄たちは僕より更にたくさん勉強させられていたが、三男の僕が家を継ぐことはないだろうということで、割りと自由だったと思う。
十歳までは家の中で貴族としての立ち振舞を叩き込まれ、その後はアイリ達同い年の子どもたちと混じって遊んだ。
故に、僕は村の子どもが小さい頃に親から聞かされるだろうおとぎ話や物語に疎い。アイリの家は逆に、そういった話を好んでいて、とても詳しい。
千年前、魔王が降臨し人の世を混乱に陥れた時、勇者が現れて魔王を倒したという話は、史実として習った。
その勇者の人となりといった細かい話は聞かされていない。
「千年前の勇者はね、最初はレベルがなかなか上がらなかったそうよ」
「……え」
アイリはおもむろに立ち上がって小物入れから紙とペンを取り出し、紙の中央に大きくL字の線を引いた。
「普通の人は、こんな感じでレベルが上がるの。縦がレベルで、横が取得経験値ね」
アイリはL字の角から線のない方へ初めは斜めに線を引き、引き終わる少し前は緩やかに水平に曲げた。
「で、ラウトは多分、こう」
今度は初めは横にほぼ水平の線を引き、途中からぐいっと極端に上方向に曲げた線を書いてみせた。
線の終点は、最初に書いた線よりはるか上、紙のギリギリのところへ達していた。
「あとこれは、他所で聞いたことがなくて、うちの親が信じていた話なんだけど」
勇者は精霊に好かれていた、と。
「ラウト、いまレベルいくつ?」
「六十」
仮設キャンプからの帰り道に、難易度C以上の魔物を何体か討伐した。それでさらにレベルがあがったのだ。
「ストリング村を出て五年で十しか上がらなかったのに、このひと月足らずで五十も上がったのね」
アイリはニコニコと嬉しそうだ。
「まあ、その……うん」
アイリが語った伝説が全て本当のことだとして……精霊たちに直に言われたから確定なのかもしれないけれど。
「僕は自分が勇者だなんて、思えないよ」
魔王を倒し世界を救う人類最強の存在、それが勇者だ。
多少強くなり、精霊の助力を得られる身であるということは理解できているが、自分を勇者と信じ切れるほど図太くない。僕はレベルの上がり方が千年前の勇者に少し似ていて、たまたま精霊に好かれただけの、只の冒険者だ。
弱気な気持ちを僕がぼそぼそと訴えると、アイリは僕の右手を両手でふわりと握った。
「私はラウトが信じる道を信じるから」
「僕が『自分は勇者じゃない』って言い張ったら、アイリも納得するってこと?」
「うん」
アイリは迷いなく頷いた。
ならばきっと、僕は勇者じゃない。
*****
臨時パーティでのクエストを終えて三日後。クエスト報酬がひとり百万ナルとかなりの高額だったので、冒険者業を数日休むつもりで家でのんびり過ごしていた。
そんなときに、ギルドから監査役の名前で呼び出された。
「確かに珍しい素材で、誰に訊いても知らぬとの答えだった」
監査役が言っているのは、例の建物で保護した人たちが着けていた枷の残骸のことだ。
僕がサラマンダの力を借りて溶かして外した枷は、首のものが二つに両手足のものが六つ。
それを監査役が手にとって、様々な角度から眺め、指で摘んで強度を確認している。
そして何故か僕が、その現場に立ち会っている。
「熱で溶けるとよく見抜いたな。この素材に何か覚えがあるのか?」
問われても、僕は首を横に振ることしかできない。
「剣や打撃で壊せなかったので、試しただけです。幸い、魔法の威力がとても弱いので」
「その極端に弱い攻撃魔法というのも気になるのだがな。何か、隠していないか」
監査役は内面まで見透かすような瞳で僕をじっと見つめた。
「隠しています」
正直に答えることにした。
「でも、詳しくは言えません。それを以って魔物以外を害するような真似だけは絶対にしません。申し訳ないのですが、今はこれでご容赦を」
僕は左手を握って腰の後ろに当て、右手を左胸の上の方に当てて、頭を下げた。僕が知る限り一番丁寧なお詫びの仕草だ。
「そんなことはしなくていい。人の手の内を詮索するなど、こちらに礼儀が無かった。頭を上げてくれ」
監査役が慌ててしまったので、僕も素直に頭を上げた。
「今のように、言えないこと、見せたくないことはその通りにしてもらって構わない。だが今、ラウトの力を借りたいのだよ」
冒険者ギルドで請けられるクエストは冒険者のレベル、パーティならば全員の平均によって難易度が決まる。
冒険者ギルドには定期的に、または前回より上の難易度のクエストを請けるときに、自分のステータスを見せてレベルを申告しなければならい。
僕が短期間でレベル六十になったことは、監査役も知っている。
実力がそれ以上だということになっているのは、ちょっと、過大評価な気がする。
「保護した者たちから話を聞けた。彼らは体内に魔物の核を埋め込まれていて、魔王の手下を名乗る何者かの意思で魔物に変化してしまうのだ。手下の拠点は、先日見つけた建物よりさらに北にあることまでわかった。ラウトにも、そこへ行ってもらいたい」
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