10 復帰と救出

 谷から階段を登って元の場所へ顔を出すと、まずクレレが気づいて「あっ!?」と大声を出した。

 振り返ったヘーケとサウンは泣いていたのか目が真っ赤だ。ブズーキは真っ青な顔をクレレに向け、それからこちらに顔を向け、クレレと同じくらい大きな声を出した。

「ラウト!」

「ラウトー!」

 全員が僕に向かって走ってくる。待って落ち着いて、僕の背後には谷が。

「落ち着……落ちる! 待って!」

「す、すまん」

 抱きついてきたヘーケを受け止め、更に突っ込んでくるサウンをどうにか押し留め、谷から離れた場所まで移動した。


 僕が谷底へ落ちた後、皆はこの後どう行動するか話し合っていた。

 僕を救出する手段の模索が主な議題で、クレレとヘーケが補助魔法を駆使して飛び降りようとするのをブズーキとサウンが止めている時間が長かったらしい。


「よ、よがっだぁぁ……ラウト、無事だったぁぁ……」

 サウンがぐすんぶすんと鼻を詰まらせながら、僕に回復魔法を使おうとした。

「大丈夫、怪我はしてない」

「え? ……あれ、ほんど本当だ、どこもげが怪我しでない……」

「一体何が起きたんだ?」

 クレレは僕の顔を見て一旦は泣きそうに顔を歪めていたが、すぐに元の顔に戻った。

「ええと……あの、魔物がクッションになってさ、奇跡的に無傷で済んだんだよ。それと僕が登ってきたとこ、あそこよく見ると階段みたいになってるんだ」

「どれ……おお、気づかなかったな」

 青い顔をしていたブズーキも気を取り直して、僕が登ってきたあたりを見に行った。

「向こう側にも似たような階段を見つけたから、それで登れそうだったよ」

 以上、精霊たちから『他の人間には私達の存在をなるべく言わないでください』と頼まれたため無理やり作り上げた言い訳でした。皆なんとか信じてくれた様子だ。

 あんな強い魔物が居るとわかれば、一刻も早く谷側パーティと合流しないと、皆が危ない。

「皆休憩はとれた?」

「ああ、俺たちはいいが……ラウトは大丈夫なのか? 今、谷から上がってきたばかりじゃないか」

 クレレに言われて、ふと気づいた。僕は全く疲れていない。何なら、この谷の上り下りを何往復しても平気に思える。

 レベルがあがったせいか、精霊たちが力を貸してくれているのか。

「僕のことなら心配いらない。皆が大丈夫なら、早速行こう。さっきみたいな魔物が他にもいるかもしれない」


 念の為、谷の岩壁のなるべく硬いところに杭を打って命綱を張り、谷を慎重に降りた。

 谷底を通って向かい側の崖を登る。半ばまできたところで、最後尾の僕の前を歩くヘーケが、はぁ、と溜息をついた。

「大丈夫?」

 ヘーケはこの中で一番体力が少ない。自分に補助魔法をかけることで底上げしているが、今は魔力を温存するためか、切ってあるようだ。

「うん。ラウトこそ、無理してない?」

「僕は平気」

「本当に?」

 ヘーケは立ち止まって、僕をまじまじと見つめた。

 必然的に、僕も立ち止まることになる。

「不思議な人ね。ラウトが無事で、本当に良かった」

 ふっと笑みを浮かべると、再び歩き出した。

 精霊がいることを見抜かれたのかと思って緊張したが、違ったようだ。


 ギルドには「道を見つけた」と報告しておき、無事谷側と合流を果たした。

「久しぶり。どうだった?」

「ラウト、なんだか見違えたな」

 ヤトガに軽く挨拶をすると、ヤトガは目を見開いてそんなことを言ってきた。

「ほらな」

 と笑うクレレ達。僕は自分の変化などわからないので、微妙な顔をしていたと思う。

「結構強い魔物が出たから、レベルが上がったんだ」

「そっちもか。こちらも……」

 谷側パーティの前にも、このあたりにしては強い魔物が何体も現れていた。幸い、ヤトガたちのパーティは平均レベルが高い。どうにか倒してきたそうだ。

 情報交換をし、少しの休憩の後、谷側が見つけた建造物を目指すことになった。


 合流し、移動をはじめて約一時間後。宿屋のような建物が見えてきた。かなり大きい。

 外壁の素材が何なのかは遠目からは判別がつかないが、人が建築に用いるものは使ってなさそうだ。

 全体的に赤黒くて、機能不明のトゲトゲしたものがあちこちから生え、外壁は全てぬめぬめしている。

 しかし造りはよく見る家屋とほぼ同じで、出入り口と裏口は簡単に見つけることができた。


 正面から行くのは、こちらのパーティだ。

 合図のために、ブズーキが上空へ向かって魔法で赤い光を放つ。向こう側からは緑色の光が飛んできて、赤い光にぶつかり音もなく弾けた。

 と同時に、全員で建物へ侵入した。


 まず出会ったのは、薄汚れたローブを着た人間だ。

 首と手足に枷と鎖を着け、虚ろな目で粗末な椅子に座っている。

「お前、こんなところにいたのか!」

 クレレが声を上げて、その人に近づく。肩を揺さぶっても、その人はクレレではなく遠くを見ているようで、反応もない。

「ちょっと失礼……クレレ、この枷を外すか壊してくれるか」

 ブズーキが声をかけ、首の枷に手をかざして何かを調べた。

「おう。……ふんっ!」

 クレレが首の枷に思い切り力をこめると、枷は意外にもあっさり壊れて粉々になった。

「調べたいから、手足の枷はもう少し原型を留める形で壊してくれないか」

「努力するが、難しいな。ものすごく脆い」

 クレレはその人の手と足の枷もぱきぱきと壊した。クレレの言う通り脆い素材でできているらしく、全て細かく砕けてしまった。

「サウン、回復魔法を頼む」

「ほいよ」

 僕とヘーケはその間に他に人がいないか探した。気配察知もしてみたが、建物の裏手側に数人いるだけのようだった。

 魔物の気配は全く無い。

「……これでどうだ。気分は?」

「あ……。ああ?」

 サウンが回復魔法を掛け終え、声をかける。枷を外された人は虚ろだった瞳に光が差したが、まだぼんやりしている。

「この人から話を聞いておいて。僕はヤトガのパーティを探してくる。何かあったら大きな音を立てるよ」

「ああ。気をつけてくれ」


 ヤトガのパーティはすぐに見つかった。枷を着けた人を数人確保し、回復魔法を試みていた。

「その枷を外すと正気をとりもどすみたいなんだ。すごく脆いから……」

 僕が短剣で挑戦しても、少し切っただけでそこから壊れた。

「むう。物理的な力に弱い素材のようだな。魔法はどうだ?」

 ヤトガのパーティにも攻撃魔法使いがいる。しかし彼は首を横に振った。

「そんなに小さな的だけを壊せるような器用な攻撃魔法なんて聞いたことがない」

 つまり、攻撃魔法を使ったら最悪この人の首ごと吹き飛ぶと言いたいようだ。

「ちょっと、試していい?」

 思いついたことがあったので、僕は座り込んでいる枷付きの人の横に膝をつく。首の枷に指先を当てて、頭の中で精霊を呼んだ。

「溶かしてくれ、サラマンダ」

 指先が高温を発し、正体不明の素材は嫌な臭いを立ち上らせながらも、爪先ほどの細さだけ溶かすことに成功した。もう一箇所も同じようにすると、枷を丁寧に外すことができた。

「凄い! どうやったんだ!?」

 絶対聞かれると予想していたので、僕も用意していた答えを話した。

「実は少しだけ攻撃魔法が使えるんだけど、ご覧の威力しか出せなくてさ。役に立つ日がくるとは思わなかったよ」

 誤魔化すために笑ってみせる。内心は冷や汗だらだらものだったが、皆信じてくれた。


 建物の内部を全て探索し終えて、人を七人保護した。全員、枷を外してもはじめはぼんやりしていたが、次第に自分の置かれた状況を把握しだした。

「クエストに何度か失敗して自棄になっていた時、酒場で知らない男に『いい仕事がある』と声をかけられて……気がついたらここで働いていたんだ」

 僕たちの方のパーティが最初に見つけた一人は、会話ができるほど意識を回復した。

 クレレと面識があったのは、冒険者をやっていた頃だったそうだ。

「詳しくはギルドで聞こうか。他に何者もいないうちに、ここを出よう」

 二つのパーティはヤトガをリーダーにして一つになり、建物で保護した七人を加えた十七人で、一旦仮設キャンプの場所まで戻った。

 保護した七人は全員、足腰が弱っていて、歩みが遅かった。

 一番弱っていた人は僕が背負っていくことにした。

「無理するなよ、ラウト。疲れたら交代するから言ってくれ」

 ヤトガやクレレたちが気遣ってくれる。

「平気平気」

 何なら全員抱えて運べるくらい、僕は強くなった。

 精霊たちに軽く聞いてみたら、やはり彼らが僕の力を押し上げているようだ。

 精霊たちの助力に報いるにはどうしたらいいか尋ねると、

『ラウトの魂に棲めるだけで、充分報われている』

 とのこと。

 遠慮せずに、して欲しいことがあったらいつでも言ってとは伝えてあるが、精霊たちが特別に何かを要求することはなかった。

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