記録3 MAD SCIENCE

 ジークはその強固なクリアボックスを開けるとネズミは興奮して飛び跳ねた。

 

 ジャックはその体長40cmはあるネズミをわし掴むと、台の上に押さえつけ片手にナイフを握る。

 ジタバタと暴れるネズミを見て笑みを浮かべながら、タンタンッとリズミカルに容赦なくナイフを振り下ろした。


 空中に跳ね上がる2本の後ろ足。


ギイイィィッ!

 切断面から多量の血が吹く。


ギャアァィィイッッ!

 ネズミはバタバタと激しく悶え、血液があたりに飛散し白衣に赤黒い斑点を描いた。


「おっ、お〜お〜、痛ったそうだーなぁ」

 楽しそうに続けるジャック。

 苦虫を噛み潰した様な顔をするシークレットと無言で集中するクルー一同。

 腕を組んだままで静観するケイ。


 続けてジャックは、足の切断面に準備した機械を当てると引き金を引いた。


――プシッ……

 優しささえ感じる柔らかな発砲音。

 

 先端から極細の針が飛び出し、カプセル内の白い粉を溶解した液体が注入される。

 そして、サッとネズミをボックスの中に入れ蓋をした。


「さー、何が出るかなっ♪何が出るかなっ♪何が出るかなっ♪テテテテン♬」


 腰をフリフリしながらまるでマジックショーでもするかのように、腕を大きく広げ皆に注目するように言う。


 ケイは呆れて鼻で笑う。

「で?」


 そのイカレた様子もそのイカレた実験に比べれば霞んで見える。


「まー、見てな。そー焦りなさんな」


ギ、ギ、ギイィッ……


 悶えていたネズミが再び動き始めたかと思うと、小刻みに震え始め、内臓を掻き回す様な音が響き渡る。

 同時に、見る見る内に傷口が盛り上がり再生し始め、血管や神経がウネウネと別の生き物の様に伸び、ものの2.3分で足を形成した。

 生まれたての、羊水と血液がまじったようなヌルッとした新品の足だ。

 

 そして、ネズミは何事もなかったかのように歩き始めたのだ。


「お、おぉっ!?」

「すっご~!」

「ほぉ~、これは凄い。」


「くっくくく。素~晴らしい!」


「どうやら……、本物しんじつみたいね。」


 不思議そうに、眼を輝かせて、満足げにして見入る一同。ケイも初めて見る奇怪な現象に目を丸くした。


「超再生??」

「ふむ、IPS細胞はわかるじゃろ。現に再生医療に利用されておるしな。」

 DDが髭をさすりながら口を開いた。


「そ。ここ数百年の間、IPS細胞を超える技術は見つかっていなかったの。これはね、それを凌駕した次世代の技術、通称〝URCアーク〟と呼ばれる万能再生幹細胞型ナノマシンなの」

 シェーネが嬉しそうに話を続ける。


 そして、握り拳をつくる。

「ついに見つけたわ。実は5年ほど前から探していたの。……万能細胞。数百、数千年も昔から世界中で研究が行われてきた。でも、拒絶反応も強く異種移植はとても出来るものじゃなかった。それに細胞生成のために使用される受精卵を大量に確保するために、生殖細胞の売買は当然の事、人身売買が相次ぐようになったのよ」

「……それを機に一部の再生医療は一気に衰退したと」

 シェーネのまっすぐな視線に冷静に答えるケイ。


「そう……でもね。それでも人は夢を追うもの。科学の力で疑似細胞を作成する研究が進められたのよ。この宇宙に存在する全ての種族に適応し瞬時に再生をする細胞を。これはその夢を叶える魔法の技術なのよ!すごいでしょ!?」

 目を輝かせ説明する。


(不老不死か)

 腕を組んで顎先を上げシェーネを見る。


「そう、わかるでしょ?少し大げさかもしれないけど。限りなく若さを保ち長く生きることが出来るかもしれない!」

「キャプテンついに見つけましたね!」


 皆感情が溢れ出ている。

 と、その時――ネズミの行動がおかしくなり、苦しみ悶え始めた。


 再び気味の悪い音が鳴ると、足が急速に盛り上がったかと思えば全身に波及し、胴体、頭部までも膨れあがり、皮膚は裂け、眼や耳などの穴という穴から流血し、見る見るうちに肥大化して、奇声すら発することも出来ず、1つの肉塊となってボックスに収まりきらないくらいに成長した。


 次の瞬間――


 爆ぜ、細切れになった肉片や内臓、血液が飛び散りボックスの中を赤く染めた。


――……沈黙する一同。


「……。」

 片眉を上げるケイ。

「かっかっ!超再生の代償だな。超細胞死アポトーシスだなー……これは実験だといったろー?そんな顔すんナッ!」

 ジャックが予想通りだといった表情で高笑いし続ける。


「未完成なんだよ。これは宇宙医学を数百、数千年は先まで発展させる発明だ。そー言や……K、お前はM110エルドラード事件を知ってるか?」

「あぁ、それがどーした?まー、歴史上類を見ない大事件の1つだから多少な。」

 

 ワシの出番じゃろ?と、顎髭を触りながらDDがケイの傍まで歩み寄り語り始める。


「ふむ……G.C08年、今から18年前に起きた歴史上最悪と言っても過言ではない事件……全宇宙最高の超科学都市だったM110コロニーエルドラード消滅事件のことじゃ。このナノマシンはそこで開発されていたとされているのじゃ……。ほっほっ……まぁ、お主が生まれる約10年前(地球軸54年前)のできごとじゃのぉ」


 DDが語り始めると、綺麗な高音の金属音が響いた。


――キンッ……シュボッ


 シェーネがケイの向かい側で、コンソールパネルの淵にもたれるように綺麗なお尻を当て、咥えた煙草に古びた黄金のジッポライターで火を灯した。

 スーーっと肺の奥深くで味わい、その美しい艶やかな唇からゆ~っくりと白い煙を吐き出した。

 分子煙草が主流の現代において、古代の遺産に等しい純粋な葉から作ったアンティーク煙草を好んで吸っている。(古代の遺産といってもいつでも作れる葉巻や紙巻きたばこのことだ)


ふうぅ~~~~~~~~…………


「その科学都市には全宇宙から天才的な科学者たちが集められていた……。宇宙の発展のため、様々な種族に資源や技術を開発提供してきたの。百年戦争が起こる以前から、惑星連合ヘラが他者の介入を避けるために、遥か彼方アンドロメダ銀河の手前に建設されたコロニー……」

 

 シェーネやシークレットは戦後の生まれではあったが……ケイ以外は戦後間もなく続いた紛争の中を生きてきたこともあり、静かにDDの話を聴いていた。


「……もちろん知らないわけじゃないが」

 ケイも皆の雰囲気を察し、いつも以上に発言を控えた。彼女たちがどれだけ辛酸を嘗めてきたかは知る由もないから。


「そのナノマシンの開発は、表向きは宇宙の平和のための技術開発とされているがね。様々な思惑が渦巻いていたとされている。あくまで噂の範疇を抜けないがー」

 ジャックは白衣のポケットに手を入れ腰を屈めて、ネズミの死骸を興味深そうに観察しながら説明する。

 

 ネズミ男がネズミを殺す。

 シュールな絵面が目の前で繰り広げられた。


「同族殺しと思うか?ヒトがヒトを殺す。それよりよっぽど理性的で生産性があるだろう?」

 残念ながら、ジャックの話は的を得ていた。


「……それもそうだな」

 そんな2人の会話を聴いてか聴かずか。


「おぇ~!あんた気持ち悪いわ~やっぱ」

 ケタケタと笑いながシークレットがジャックを軽く罵った。


「うれしいネー。それは誉め言葉だよ。それにしてもちょっと真面目な事言っちゃったネーー……。」

 

「はっ……。」

 ケイは鼻で笑い、小さく呟く。


「ぅえーーーっ!おいおい!なんか、笑った?!笑ったよな、今!なぁ皆見たか??」

 バードマンがすかさず突っ込みをいれる。


「よしっ!ちゃんと録画したよ!」

 シークレットがガッツポーズをした。


 そして、ケイは膝を落とした。

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