記録2 公開実験

「おおぉ」


 騒つくクルー。

 彼らもそれ自体を見たことはなく、不思議そうに眼を大きく見開いた。


「これが……噂の?」


 シークレットが近くによってまじまじと白い粉を見つめる。

 そして、その向こう側に見えるケイの顔を覗き込んで目が合うとウインクをした。


「♡」


 ケイはシークレットのソレに気が付いているが、顔を背けてクールに話を続けた。

 シークレットはブスッと口を尖らせてケイを見上げる。そして、口元に手をあて悪戯好きな子どもの様に小さく笑った。


「……間違いないはずだ。シェーネこれは何なんだ?」

 ケイは小袋を天井のライトにかざして観察する。


「うそぉ?まさか、姐さん!説明なしに依頼したんですかぃ?」


「えっと、そぉね。ケイって断らないじゃない……説明しておくべきだったかしら。」

「いやいやいや!単独ソロならAAAトリプルエー級任務でしょ?!」


「確かにね。だから、すぐここに来てもらったのよ?」


 ケイは深刻な面持ちのシェーネと内容に、特に緊張した様子もなく耳を傾ける。彼にとって宇宙海賊の彼女たちすら危険だと判断するような仕事こそ日常だった。


「あぁ、だからステルス航行しているんだろ」 


「ええ、そうね」

「まぁ、オレたちは金さえ貰えればいいさ。」


 いつも過程よりも結果を求めるケイは依頼が遂行出来ていればよかった。

 生きるために金さえあれば。

 

 ただ、今回は普段と違った異質さを覚えた。それも、野生的直感のようなものだ。

 腕を組み、しれっと黙って空いた艦長席に腰かける。


「あっ……!」「ァア~ッ!!」

 バードマンとシークレットの2人は椅子に腰かけたケイを指さし叫ぶ。


「おいこらっ!ぼっちゃんよ!」

「……。」

「おいっ……、お、ぉ〜ぃ……ぼっちゃ、ケイさ〜ん?」


 しかし、ケイはそんな皆の反応は気に留めず考え込む。

 騒ぎ立てる2人を余所に、他の皆はというと、そんな事には気がつきもしないで、何かを考えるケイの姿をまじまじと観察した。


「ふぉっ!」

「ふふっ。」

 同銀河系内とは言え、地球人に遭遇することは稀なこともあり、ケイの一挙一動は異質で新鮮で愉快だった。


 シェーネはクスッと微笑み、彼の表情を汲み取ったのか背筋を伸ばしてヒールを鳴らして歩み寄り声高にして言う。


「ケイ、私の性格は解っているでしょ?」

 その黄色の目は彼を真っすぐ見つめる。

「……ま〜な」


 彼女は地球人で言えばおおよそ25歳、決して年長者ではないが瞳の奥に燃え滾る情熱を漂わせる。

 

 ケイはその瞳を見つめ、喉に詰まった何かを吐き出すようにして、鼻で深く呼吸した。


「ぼっちゃんは姐さんの話には耳を傾けるんだよなぁ」

 バードマンはキャプテンであるシェーネに対するケイの素直な態度に嬉しそうに頷いた。


「キャプテンだけずるいってー!」

 ケイになかなか相手にされないシークレットは羨ましそうに、少しの嫉妬交じりに言った。


「ふぉっふぉっふぉ」

 DDはその光景を微笑ましく見守る。


「さぁ、おしゃべりはここまでにして、ショータイムよ!コレが何なのかは見ればわかるわ。早くなさいジャック!」


『あーあー、オーケーオーケー、りょ〜かいだ船長。そう焦りなさんなぁ』

 マイク越しにジャックが返事をする。


――しばらく待つと、白衣を着た少し小柄な男と油で汚れた作業着を着た大男がゆっくりと入って来た。

 大男は宇宙ネズミが1匹入った100cm四方の特殊なクリアボックスを片手に持ち、中央の巨大コンソールパネルの上にドサリと置いた。


ギャイッ! ギイィッ!!

 ネズミがガサガサと逃げ出そうと暴れている。


 一方、白衣の男は銃の様な形状の機器を持ってきた。

「お~……Kかぁ。久しぶりだなー。元気してたかー??」

 揺ら揺ら左右に身体を揺らし気だるそうに言う。


「……特に問題ない」

 ケイは目を細める。


「ケイよ。久しいな」

 作業着の大男が太く穏やかな口調で話しかけた。腕を組み胸を張る。

「あぁ」

 

「んで〜、船長さっそく実験ってことでイイか??」

「ええ。それを受け取って見せてあげな」

「オーケー。くっく、楽しみだねー」

 この不適に笑う白衣の男はジャック・シャロル。寡黙な大男がジークフリード・マルヒムという。


 ジャックはこの船の船医で元殺人中毒者シリアルキラー。見た目はほとんど人間ヒトの様だが実は獣人属ビーストで、齧歯類ロディアントである。

 髪は灰色で腰までの太く長い一束に纏め上げた三つ編を下げている。当然体毛は濃いのだが、汚れの付着しやすい体毛と毛穴から湧き出る皮脂、その体臭がコンプレックスらしく、髪や眉以外は全身脱毛しているらしいのだ。

 潔癖なのか、殺しを生業としていた時の名残か常に黒い手袋をしているのが特徴的である。

 医者であり殺人中毒者シリアルキラーだったこの男は、これまで数え切れないほど殺害し、解剖や実験を繰り返した。

 多種の人体に精通している狂科学者マッドサイエンティストとも言える。

 今は船医としてクルーの健康状態の維持とともに、時折訪れるケイの健康管理を一つの実験として楽しみにしている。


「ほれ、K。貸してみぃ」

 ケイを子ども扱いするような物言いのジャック。

「……うっせーな、サイコ野郎が」

 小袋をジャックに向かって投げつけた。

「照れるねぇ、サイコーの誉め言葉だ」

 顎を上げ、高笑いする。


「……遊んでないでさっさとやれ。ジャックよ」

 そんなジャックの隣で腕を組んだままのジークフリートが低い声でたしなめる。


「だぁ~っ。お前さんはよぉ、久しぶりなんだ。少しふざけさせろ、なぁ!」

 小柄のジャックが大柄のジークフリードの大きなお尻をガシガシと叩く。

 

 ジークフリードはこの船の機関士で、ついさっきまで船の整備をしていた。

 身長は2.5m程で体重は150kgもあるハルクの様な大男。彼もまたシェーネやシークレットと同郷の魚人属マーフォークだ。火山地帯の出身らしくゴツゴツとした岩肌のような岩石色の鱗が特徴的である。

 見た目はイカツイが、機関士なだけあり繊細な作業が得意で、船のメンテナンス以外にも装備の調整や開発、船外活動も行う。この船は彼無くして飛ぶことは叶わない。

 趣味は音楽で、作業中は〝スペースFMラジオ〟を聴いているらしい。

 見た目通り熱血漢の彼はジャックを黙ってみていられないのだった。


 ジャックはケイから受け取った小袋をニヤニヤと観察。開封すると爪の先で少量つまみ、銃弾型の容器に入れた。

 拳銃型の機器にそのカプセルを装填すると、ジュワッと泡立つ音が鳴った。


「さー、準備はできた。さっそくやってみようかぁ~」


――実験が始まる。

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