第01話 路地裏の闘い
G.C
ネオンの光が霧雨を通して高層ビルが立ち並ぶ街をギラギラと怪しく照らす。空中に浮かび踊る様々なレーザー広告、宙を駆ける数多の乗り物。通りを歩く様々な種の宇宙人たち。
――ある雨の日の夜だった。
表の賑わいと相反し、雨水と宇宙ネズミの糞尿、死骸とが混ざり異臭を放つ路地裏を、格闘を繰り広げながら目にも止まらぬ速さで駆け抜ける2つの影があった。
――泥水が飛び散る。
鋭い鉤爪を使い、まるで四足獣の如き動きで四方の壁を蹴り逃げる巨大な影。それは太く長い尻尾が生えた亜人である。亜人は背後から迫る黒づくめの影に、振り向きざまに
向けられる銃口に怯むことなく突き進む黒影は手のひらを真っ直ぐ銃弾に向けた。すると、銃弾は空気を切る高音を鳴らし弧を描き、その耳元をかすめ左右の壁に突き刺さった。
――!? 亜人はあっと驚き一瞬足を止めた。
その一瞬の隙を逃すことなく黒影は亜人の懐に潜る。
しかし、ニヤリと笑う亜人。黒影は自身よりも一回りも二回りも小さかったのだ。陰から迫りくる強烈な殺気に異様な程大きく感じられたその黒影。
だが、近づいてみればどうと言うことは無い。自身との圧倒的な体格差に口元は緩む。
「ガァッ!!」 亜人の鋭い爪が黒影を襲う。
――っ?! だが、亜人は体制を崩す。
「ちぃっ……。」
鋭利な歯を見せ舌打ちをする亜人。黒衣の裾から瞬間的に伸びる華奢な手が、力任せの一撃をいとも簡単に弾いたのである。
亜人は眼を大きく見開き、頭上から超至近距離で銃を乱射した。
黒影は乱発された銃弾をヒラリと躱し、巨大なその腕を捻り関節を極め、銃をはたき落とした。
――関節が外れる音が鈍く響く。
「ぁぐっ……」 強烈な痛みに顔を
黒影は極めたその腕を手繰り寄せ、巨体の重心を崩し袂に引き込む。そして、更に低く腰を落として屈み込むと、巨体の懐深くに潜り込んだ。
――!! 地を揺らすような大きな音が路地裏にこだます。
それは中国拳法の〝
全体重を乗せた痛烈な一撃みまう。
「哈ぁっ!!」
巨体を揺らし衝撃が全身を走る。
「カハァッッ……」
くの字に曲がる巨体。顎が外れるほどに大きく空いた口から唾を吐く。
寸分たがわず急所に撃ち込まれた衝撃が、強烈な電撃を流した様に全身を拘縮させ呼吸困難をきたす。
――ヒュ……ヒュゥ……ハアッハァッ……
肩を上下に大きく揺らす。
「……っぬ……ぐぅ!」
亜人は呼吸を整え、カッと眼を大きく見開き一息に3階の高さまで跳躍した。
しかし、黒影はそれをまるで読んでいるかのように、素早く左右の壁を蹴り身軽な動きで高く駆け上がった。
亜人は大きな爪で壁面に着地し振り返ると、宙で身動きが取れないだろう黒影の死角からその太く長い尾を振り回した。
ヒラリ……黒影は宙で身体を捻り皮一枚でそれを躱すと、たなびく黒衣の隙間から覗く背部に装備した刃渡り30㎝はあろうコンバットナイフを握る。
鋭いシンプルな形状のナイフ、僅かな光が反射し、その木目とも波紋ともとれる独特な模様を映し出した。
黒影はその妖艶に輝くナイフを逆手に回転の勢いを殺すことなく尾を切りつけた。
硬い鱗に覆われているにも関わらずスッと抵抗なく刃が入った。
亜人には、刃が通る瞬間に筋肉の鎧に守られた強靭な尾を切り裂く音が、身体の中を走り鼓膜の奥まで「ズブ……」と響いてきた。
そして「バンッ」と尾の1/3が切断され……丸太の様に太い尾は一瞬で「ズバンッ」と弾け跳び、くるくると宙を舞って泥水の中に沈んだ。
苦痛に顔を歪める暇も与えず、宙でコマの様に回転する黒影は勢いそのまま脇腹に強烈な蹴りを放つ。小さな身体からは想像もつかない程重たい衝撃に叩き落とされる巨体。飛沫を上げて転がった。
――!!
すぐさま体制を立て直そうと手をつき起き上がる亜人に、間髪入れず空中から銃で追撃を放つ。
両脇のホルスターから抜き出したのはマットブラックの角ばった55口径もあるマグナム。銃口から火花と爆音と共に吐き出される2つの巨弾。1つは腕を貫通し腹部をも貫き弾け、もう1つは片足の大腿部を半円状に大きく抉り取った。
「ぐがあぁっっつ……!!」
銃弾を真面に受けた亜人は5mは吹き飛ばされ、更に数m汚れた地面を転がった。
そして、ついに四方を高いビルに囲まれた壁際に追い詰められた。
……なんとか立ち上がる亜人。
「ハァ…ハァ…ハァ…。」
(あ、あり得ねぇ……オレがこんなガキに、コイツは一体?!)
苦悶と苦痛に歪んだ表情で自問自答した。
――……。
立ち上がり足を止めた亜人の顔を街から漏れるネオンの明かりが照らした。
暗闇にはっきりと姿を現したそれは、
光に反射したギョロッと大きな眼はまるで夜の森に浮かぶ野生動物の眼の様。眼球を覆う透明な強膜が雨水に濡れるたびに瞬きをする。着衣の隙間から除く肌は暗緑色の硬い鱗に覆われていた。
この2mはあるだろう男は呼吸を乱し疲弊し切っていた。手足に大きな切り傷があり、両手で抑えた弾創からは赤い血がダラダラと滴っていた。
男は筋骨隆々で拳や尻尾は硬く盛り上がり長年に渡り鍛錬を積んだと推察できる体躯をしていた。
宇宙において、レプティリアンなどが属する
しかし、その強靭な肉体を持つ男が今まさに追い詰められている。
黒影は暗がりの中から無言でゆっくりと近づいてくる。
砂ぼこりと、雨と血で濡れ、くすんだ赤黒いレインコートを纏った全身黒ずくめの何者か。
亜人の男はフードから除く顔を見ようと眼を凝らすと、その周囲だけがぼんやりと淡く光って見えた。
目を擦り……息を切らせて言う。
ハァ……ハッ……
「……もう勘弁してくれ。おれは何もしていない……」
空中を大きく手で仰ぎ、両手の平を差し出し、必死の形相で、より大きな声で弁解し始める。
「ただ頼まれただけなんだ! お前も解るだろう? モグリの
男の瞳が更に大きく太くなり、暗闇から近づいてくる影を凝視する。
すると街からの隙間風でフワッとフードがはだけ顔が露わになった。
亜人にはその姿が違和感のあまり、走馬灯なのかと思う程にゆっくりと鮮明に見えたのだ。
ソレは20歳前後の
身長はおおよそ170~180㎝程だろうか、青白く透き通った艶やかな肌、切れ長で二重のはっきりとした大きな眼に、黒い瞳、その周りは大きく深い隈が涙の様に広がり、おおよそ青年には似つかわしくない冷徹なオーラを放っていた。
青年は無言で、ゴツゴツとした大きく黒い55口径マグナムを構える。亜人からすればか細くも、ヒトの身体にしては引き締まった身体をしていることが、銃を向けた際に見えた腕から容易に想像ができた。
その立ち姿からはまるで隙を感じさせない。
亜人はその青年を見ると冷や汗をかき、もう逃げることはできないと悟った。
「まさか……あんた
さっきまでの威勢がうその様に、あっけなく発言したかの様に見える亜人。しかし、苦渋の決断なのだろうか、悔しそうな表情をし唇には血が滲んでいた。
両手を上げると同時に胸元から出したのは、透明な小袋に入った白い粉。
「コレを探していたんだろ? おれも雇われたんだ。運び屋として……」
額に汗を滲ませ目じりを下げる。
青年は顔色一つ変えない。
冷たい視線が突き刺さる。
「ま、まあ。確かに、何もしていないと言ったらうそになるか? これを奪うために何人かは殺したさ!」
震えた声から一転、まくしたてる様に話し始める。
「お前も一緒だろ? 生きていくためだ! お前はこれが何か解っているのか? あ? そ、そうだ。殺した奴らの中に、ある組織と繋がっているヤツがいた! どうだ? オレと組まないか? 上手くいけば一生自由だぞ!」
男は様相を変え、上ずった声色で、まるで子どもに悪事を勧めるかのような口ぶりで言う。
ッッッ!!?
――刹那
男の額には弾痕、後頭部は弾け脳が飛散した。
ゆっくりと瞳孔が開き、身体は後ろへゆったりと倒れこんでいく。
「あ? ……あ……ぁ」
亜人の瞳には視界に入った真っ暗な路地裏の上に狭く広がる空間、小さくも無数の星が瞬く赤い夜空見え、静かに霞んで消えていった。
巨躯が倒れ込み鈍い音が響き渡る。
……。
一瞬の静寂の後、ネズミや虫がカサカサと動き始め、歓楽街からの騒音に紛れて消えていった。
青年は死体に歩み寄り、握っている白い粉の入った袋を手に取った。
「金さえもらえれば何でもいい」
風が吹き、エメラルド色の髪が煌めく。
フードを深くかぶり直すと青白い顔に広がる隈が暗闇の中に浮かび上がり、まるで黒い涙がキラキラと闇の中へと溶けていく様に見えた。
彼の名は〝ケイ〟地球人の〝
地球人は宇宙において、知能は低くないものの、身体能力や免疫力、それらにおいて決して優れているとは言えない種族であった。
そのため、この広い宇宙の中で賞金稼ぎとして生きているという事実と驚異的な実績が彼の名を1人歩きさせるまでにしていた。
ケイは今回の依頼で来た〝惑星ルードゥス〟は初めてではない。
ルードゥスは〝天の川銀河系〟の中でも有数の巨大な歓楽街があり、入国規制が緩く、多種多様な民族が娯楽や快楽を求めて集まる欲望の星として有名だ。
殺人、強盗、強姦、詐欺といった犯罪は日常茶飯事であったが、特に何をしても許されると言われる
種族をあげれば切りはないが、全宇宙に存在する
当然、
かくいうケイも、この星に情報とモノを求めてやってきた。それが先ほど手にした〝白い粉〟である。
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