65話 記憶の欠片


雨が木造宿の屋根を打ち、部屋に雨音がかすかに響く。

既に日は落ち外は暗く、室内は魔法結晶の明かりが薄っすらと照らしていた。

部屋にある家具は木製のベット1つとテーブルに椅子がある簡素な1人部屋だった。

木の板で出来た床には水滴と足跡がベットまで続いている。

ベットで眠っていた男の意識が徐々に覚醒していく。

 

「……むにゃ、んー」


 俺は柔らかいベットの感触とシャンプーの様な優しい香りを感じた。

目を薄っすらと開けながら、体を起こす為に手を動かしてみると柔らかい感触がする。

なんだ? 寝ぼけた俺は、再度手のひらの感触を確かめると、目の前の少女と目が合った。

 

「これは……やわらかい」


「にゃッ! あっ、あの手をあまり動かすと、その……くすぐったいので!」

 

俺に胸を揉まれた女の子は顔を赤面しながら言った。

 

「うわ! ごめん……て、あれ? 君は誰だ?」

  

俺は少し慌てて体を後退させた。すると背中に二つの柔らかな物がぶつかった。

壁にしては柔らかすぎると思い振り向くと、裸のメフィーが俺にピッタリとくっついていた。


「お目覚めですかアヤト様」

 

「メフィー!? 何で一緒に寝てるんだ? それに二人はなんで裸なんだ? てか俺も裸だ!」


俺は全裸の少女二人と一緒にベットで添い寝をしていた。

この状況に嬉しさもあるが同時に何でこうなったのかを考え、俺は混乱していた。

そんな慌てふためく俺を見てメフィーが説明をしてくれた。

  

「その……私も少し恥ずかしいので、できれば目を閉じて聞いてくれませんか……」


「あぁ、すまない」


「ありがとうございます。現在、私達は負傷したアヤト様の治療をしています」


「これが治療なのか!?」


「はい、アヤト様に分かりやすく説明しますと、魔族は急激に大量の魔力を失った場合、死んでしまいます。それを防ぐために私達がアヤト様に魔力を供給しているのです」


「なるほど、つまり俺は魂を留める事が出来ない程負傷し、死にかけていたのか……」


俺はマルファスから教わった事を思い出していた。

魔力と魂が結びつき、魔力が魂を留めておくことが出来ないと死んでしまう。 

魔族は魔力さえあれば肉体の再生もする。首を断ち切られさえしなければ心臓を突かれようと即死にはならない。

しかし人体と同じように致命傷を受ければ死を意味する。

 

「そうです、霧状化を止めても今もまだ不安定なので私達から離れると魔力が分散し、死んでしまいます。なのでクロックの胸に片手を当てたままでお願いします」


「クロック? そうか君の名前か。目を閉じたままですまないが初めましてだな。俺はアヤトだ」


俺は目の前の少女が恥ずかしそうにしても、俺の手を握ったまま離さずに胸に当てている理由が分かった。


「はっ、は初めましてです。クロックですにゃ。あ、すいませんクロックです///」


クロックは恥ずかしそうに自己紹介した。

メフィーはクロックの自己紹介を補足する様に続けた。

 

「クロックは魔力を消費し過ぎると獣化して猫になってしまうのです。語尾はその前兆なのであまり気にしないで上げてください」


「そうなのか、可愛い語尾だな」


「か、かわいいの……ですか///」


クロックは少しモジモジと体を動かし、恥ずかしそうに言った。

メフィーはアヤトの発言に対して少し不機嫌そうに言った。 


「アヤト様は、女性に見境が無いのですね」


「へ? なんでメフィーは少し不機嫌なんだ?」


「知りません! それよりも魔力を体に維持してください。このままでは私達二人はそろそろ魔力が切れてしまいます」


「魔力、そうかこの内からくる暖かさは二人の魔力だったのか。すまない、いや、ありがとう」


俺は素直にお礼を言った。

二人は魔装もできない程ギリギリまで俺に魔力を送っていたのだろう。

さっきまで裸の二人に挟まれて少し浮かれていたが、こうして俺の命を助ける為にしてくれたと思うと嬉しかった。

 そうして魔力を維持する事に集中して約1時間が経過し、俺は目を開けて起き上がった。

 

「よし、魔装で腕と肩まで完全に固定できる。これで、もう1人で大丈夫だ」


「はぁ、はぁ……それは……良かったです。すいません、少し……休みます」

 

振り向くと集中して気づかなかったが、メフィーは既に限界だったらしく胸元と額に少し汗をかいていた。

焦点が定まっていないとろんとした瞳で俺を見た後、安心したのか気絶する様に眠ってしまった。 


「分かったゆっくり休んでくれ」


俺は眠るメフィーからクロックへと視線を向けた。   

俺の手に触れていたクロックは、モップの様な白い毛の塊になっていた。

少し驚いたが、よく見ると猫の姿で丸まっているだけだった。 


「なんか凄いふわふわしてるな。クロックは、大丈夫か?」


「ニャー」


「完全に猫化しているな……まあ、かわいいからヨシだな」


俺は猫の姿のクロックを見て少し癒された。

恐らくほとんどの魔力を俺の為に使い切ってしまったのだろう。


「ありがとな」


俺はクロックの頭を撫でてからベットから抜け出した。

そして全身を一つづつ確認していく。

 

「両足、腕。まだかなり怠いが一応動けそうだ。そうだマルファスに連絡をしよう」


魔力はほとんど無いがもうしばらくすれば全身魔装は出来るだろう。 

俺は現状を報告するために刻印に魔力を込めてマルファスに連絡をした。


「(マルファス、聞こえるか?)」


「(アヤト様! お目覚めになられたのですね)」


「(あぁ、それよりすまない、作戦は失敗した。メアを……助けられなかった)」


「(はい、話はメフィー様から聞いております。現在アヤト様がクロック様と合流し聖霊都市近くの村に滞在していることも)」

 

「(そうか、それなら話が早い。俺たちは魔力を回復させ、聖霊都市内に侵入しメアを奪還しようと思う。だが恐らく2日は動けない、それまでにメアが処刑される可能性はあるか?)」


「(聖霊都市内の情報は分かりませんが、聖霊都市側がメア様を処刑するまで1週間の猶予はあると思われます)」


「(分かった。それまでに何とか作戦を立てよう)」


俺はそれから魔力を回復させつつ作戦を練っていた。

マルファスの話によると、クロックの能力を使いメアと接触できれば聖霊都市内からでも結界を抜けて転移できるらしい。

しかし、転移できるのがクロックともう一人が限界らしい。つまり厳しい警備を強行突破してメアとクロックが転移できたとしても、俺とメフィーは確実に死ぬ事になる。

魔族としてはそれも本望かもしれないが、成功する確率も低く成功したとしてクロックは戦闘を得意とする魔族ではない為、追手が来た時に対処できない。

俺は数時間程考えを巡らせていると、スーテッドに話を掛けられた。


「(アヤト、そろそろいいかい?)」


「(待ってくれスーテッド。今メアを救うために作戦を練っているんだ)」


「(分かっているよ。でもアヤトにはそれよりも大切な目的から目を背けてはいけないよ!)」


「(どういうことだ?)」


「(君が□□彩人であるために必要な事さ。その覚悟があるのか聞いているんだ)」


「(スーテッド、遠回りに言わないでくれ。そのノイズの様な声で喋ると、何か胸を締め付けられる感じがするんだ)」


俺は夢で聞いたノイズの様な音がスーテッドのものだと気づいた。

ただ、それと同時にスーテッドがわざとノイズを発しているのではなく、俺自身の問題で聞き取れないらしい。  


「(浅井彩人が異世界転生する物語はここで終わりにしなきゃ。アヤトでも消せない、目をそらせない違和感に気づいてるはずだよ)」


「(やめてくれ、スーテッド。頭が痛い……)」


「(目をそらしてはいけないよ。あの時本当にゲームを起動して異世界に転移したと思っているの? この世界がゲームではない事を認識して思考を止めてない?)」


「(うっ……いや、俺はサラリーマンで辞めて引きこもっていた。そして新作のゲームを起動してプレイしていると思っていたらゲームの世界ではなく異世界に召喚されていた……それは間違いないはずだ! あの時のヘッドギアと壊れたメガネがあったはずだ!)」


俺は違和感の正体を突き止めるべく紋章に魔力を込めてマルファスに連絡を取る。 


「(マルファス! 急な質問だが、俺が勇者を倒した後城で気絶していた時に、俺の近くに壊れたメガネと粉々になったヘッドギア、いや機械というか、異様な物の破片が落ちていなかったか?)」


「(いえ、そのような物は見ておりません。何か特殊な物体が城内にあれば、私の把握能力で検知します。ただ、魔法や魔力によって生み出された物の認識は難しいですが……)」


「(つまり何もなかったという事か……急にすまない、ありがとう。また何かあったら連絡する……)」


「(はい、かしこまりました)」


俺は薄っすらと感じていた違和感を認めた。

あの夜、ヘッドギアを付けて転生して粉々になったヘッドギアとメガネを見て現実だと認識していた。だが証拠となる物を見た記憶はあるが物がない。

つまり幻覚を見ていた。もしくは、俺がメアに召喚された時に無意識に創造して作った物の可能性が高い。

そして、俺を知っている存在オルトだ。奴は俺を知っていたし兄弟だとも言っていた。

俺の記憶では俺は一人っ子だが、スーテッドに見せられた夢ではオルトが俺の体内の意識として出てきている。

マサ兄もそれをいつもの日常の様に会話をしていた。 

仮に兄弟でなくても、夢を見るまで俺がオルトを知らないという事はおかしい。

それに、オルトは夢で見たマサ兄を知っている。

つまり、俺の記憶が間違っている可能性の方が高い。だが他の謎が解決しない。

俺は情報を整理するとスーテッドは頷くように言った。


「(その考えであっているよ。私とアヤトは一蓮托生。アヤトの記憶は契約時に全て見させて貰ったからね)」


「(ならなぜ言わないんだ? いや違うか、言えない理由があった。そして今は言わなければいけない理由がある。一蓮托生ならばなおのこと。そうだろ?)」


「(そういう事さ、説明がだいぶ省けて楽だよ。それなら残りの真実を知る覚悟はあるかい?)」

  

「(ああ、俺は全てを受け入れる!)」


「(それじゃあいくよ)」


スーテッドはそう言って俺にもう一度夢を見せる。 

俺は部屋の椅子にもたれかかるように目を閉じると意識が落ちた。

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