64話 敗北の雨
オルトの戦いに敗北したアヤトは冷たい雨に打たれながら地面に倒れていた。
全身は傷だらけで、体のありとあらゆる場所から魔力が霧状になって消えていく。
既に切られた腕から肩にかけて徐々に体が消失し、あと数分で絶命する状態だった。
「……」
雨の音が次第に強くなり、雷の轟音が遠く響く。
地面はぬかるみ一帯の空気は酷く冷たい。
そんな中、一人のメイド服の少女が息を切らせながら現れた。
「はあっ……はあっ……アヤト様!」
「……」
意識が無く瀕死のアヤト見て、メフィーは今すぐに治療が必要だと察していた。
「これは酷い、メア様すいません。しかし時間が……」
メフィーは一瞬ためらったが、ここでアヤトという戦力を失ってはメアを奪還出来ないと冷静に考えていた。
メフィーはクッロックに連絡を取る為に魔力を込めた。
「(クロック、作戦は中止です。今すぐ私のいる座標に来てください! 至急アヤト様の治療をお願いします!)」
「(緊急ですか、分かりました)」
そうして数秒後にクロックが一瞬で転移してメフィーの前に現れた。
クロックは雨に打たれながら目の前の状況を把握し回復魔法を展開した。
「メフィー、これは助かるかどうか……」
「えぇ。しかしアヤト様がいなければメア様の奪還は不可能。確率が低くとも、やるしかありません」
「とりあえず応急処置までは魔力が持つけど、魔力供給無しに持ちそうもありませんよ……」
「それなら、私が何とかします……」
そう言ってメフィーは胸元を手で押さえ、心配そうに治療を続けるクロックを見守っていた。
メアを奪還することに失敗し、戦いに敗北し、アヤトは瀕死。
そんな絶望的な状況で、二人に見守られながら意識の無いアヤトは夢を見ていた。
いつだって、僕が物語の主人公でいたかったんだ。だけど現実はそうはさせてくれない。
学校の成績は下から数えた方が早い。運動も出来ない。何か人より飛びぬけてできた物など何一つ無かった。
そのうえ病気らしく、友達もいない。学校では少し腫れものみたいな扱いだ。
ここにいるのに、いないような存在。
「暑い……」
ミーンミーンっとセミの鳴き声が暑苦しいほど聞こえる8月の昼。
丁度太陽が真上から肌を突き刺すように照らしていた。僕はこの暑さを耐えながら歩き、やっとの思いで家の前に着いた。
すると、隣の少し古いアパートの外に人が立っている事に気づいた。
真っ白で不健康そうな肌に、細めの体格の男が空を見上げている。
「……届かないな」
男はボソッと独り言を呟き、人の気配を感じたのか振り向いた。
「やあ、不良少年。今日は帰りが早いんだね……」
「あっ、マサ兄だ!」
「もしかして、サボりかな?」
「今日は学校に行ってないよ夏休みだし、病院の帰りなんだ。マサ兄は? 珍しいねこんな時間に起きてるなんて」
「そうだね、たまには太陽の光を浴びようと思ったけど、8月の太陽は優しくないね……暑いし、部屋に入ろうか」
マサ兄はそう言って額の汗を拭い、僕を部屋に招き入れてくれた。
彼の名前は浅井昌義。僕の家の隣に住んでいて友達の居ない僕と遊んでくれるとても優しい兄の様な人だ。
年齢は確か29歳で職業はバンドマン? らしい、今はインディーズレーベルで活動してるらしいけど僕にはよくわからなかった。
昔はメジャーで活動して結構売れていたらしいけど、メンバーと色々あって解散してしまったらしい。
「あっ……また死んだ。このゲーム、難しいな。この追ってくる仮面に何回もやられるんだ……」
「マサ兄ってゲーム本当に下手だよね。ギターは超上手いのに……」
「あはは、手先は器用だと思ってたんだけどね。どうやら違うみたいなんだ」
マサ兄の部屋は色々な種類のゲームが床に散らばっている。床を這うようなコードと5本のギターそして、パソコンにマイクといった一人暮らしの男性らしい散らかった部屋だ。
僕はこの色々な物がある部屋が秘密基地みたいでとても好きだった。
「マサ兄ってゲーム下手だけどいっぱい持ってるよね。バンドとどっちが好きなの?」
「うーん。難しい質問だね。どっちも好きだけど、ゲームの方が好きかな」
「えー、下手なのにバンドより好きなんだ。何でゲームの方が好きなの?」
「下手だから、かな?」
マサ兄は少し笑いながら答えた。
「お母さん言ってたよ。マサ兄はプロのミュージシャンで、音楽が一番好きでやりたい事をやれてとても幸せそうだねって」
「あははは、まあそう見えてそうだね。確かに幸せなのかもしれないね……でも難しいんだ」
「難しいの? ギター上手いのに」
「うん。例えば自分がこれは名曲が出来たって思っても、他人から見たら全然ダメで、遊ぶように軽く書いた曲が大ヒットなんて事があったりすると少し複雑な気持ちになるんだ……」
「でも売れたら嬉しいんでしょ? 歌、超かっこいいし僕好きだよ」
古いドット絵で横スクロールに動く主人公が落下死して、ゲームオーバーの文字が表示された。
ゲームがタイトル画面に戻ると、マサ兄はゲームのコントローラーを僕に渡して話を続けた。
「ありがとう。そうだね確かに嬉しいし、この世界で生きて行く為には売れなきゃダメだ。ただ自分より才能がある奴が全然売れてないのを見ると、更に複雑な気持ちにもなるんだ。結局音楽って何だろうって。思いを歌に曲にって皆言うけど伝わっているのか、何が良くて何がダメなのかも、だんだんよくわからなくなってさ……ごめん、変な事話したね」
「僕には難しくてよくわからないや。でもマサ兄の曲はかっこいい! 上手く言えないけど他の曲にない熱い感じがする」
「そっか、それは嬉しいな。アヤトは純粋で真っすぐだね」
そうしてしばらく僕とマサ兄は一緒にゲームをして遊んだ。
夕方になりマサ兄は重そうなギターケースを背負い、ライブハウスに行く準備をして僕と一緒に外に出た。
扉を開けた時に差し込む夕日が少し眩しい。
「それじゃ、またね不良少年。たまには学校に行くんだぞ」
「うん。夏休み終わったら行くよ」
マサ兄はそう言って僕の頭を撫でると夕日に向かって歩き出した。
僕は歩くマサ兄の背中を見えなくなるまで見送った。
その姿が、今から誰かの為に戦いに行くヒーローみたいで僕にはとてもカッコよく見えたからだ。
「(□い、□□だね……)」
「え?」
背後からジジジッと、レコードのノイズの様な音が混じった声が聞こえ、僕は振り向いた。
しかし、そこには誰もいなかった。
ただ少し涼しい夕方の風が吹くだけだった。
「誰もいない? 気のせいか……」
僕は少し不思議に思ったが、幻聴かと思い特に気にする事無くそのまま家に帰った。
それから、8月の夏休みをしばらく満喫し9月になった。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だって、行ってきます!」
後ろで心配そうにする母の声を背に、僕は学校へ向かった。
お医者さんが言うには僕は病気らしいけど、体は元気だし特に困ったことは今までになかった。
そうして僕は久しぶりの学校に着いて授業を受けていた。
「アヤトくん?……だっけ、もう大丈夫なの?」
授業中に小声で隣の女の子が話しかけてきた。
少しよそよそしく話しかけてきた少女は、確か朱音ちゃんだ。
こんな久しぶりに来た僕の事を覚えていてくれるなんて嬉しかった。
「うん。今は安定しているらしいんだ」
「オルトくんは大丈夫なの?」
「オルト? あぁ、あいつは弱虫だけど頑丈な奴だから大丈夫」
「ほら、そこの二人! 授業中だぞ静かにしろ」
僕と朱音ちゃんは先生に注意されてしまった。
そうして授業を難なくこなし、放課後になった。
僕は荷物をまとめて帰ろうとしていた時に同じクラスメイトの山田くんと東山くんに話しかけられた。
「おい、アヤト。ちょっとこいよ」
「え? 僕今から帰る所なんだけど……」
「いいから来いって!」
そういわれ僕は半強制的に二人に校舎の裏側に連れ出された。
校舎裏は放課後という事もあって少し薄暗く、人気もない。
周りに誰もいない事を確認した山田くんは僕を威圧する様に話し出した。
「てめぇアヤト。まさか忘れたとか言わねーだろうな? 朱音とこれ以上会話するなって前に話したよな?」
「そんな話知らないよ……」
「フンッ!」
僕の言葉を聞いて隣にいた東山くんが急に僕の腹を殴ってきた。
「ぐはッ……なんで」
「何でじゃねーよ! 朱音は俺の女だ。お前みたいなカス男が話していいわけねーだろ!」
「女って、付き合っているの?」
「あ? まだだが、それとこれは関係ねーだろ!」
そう言って山田くんは僕の顔を容赦なく殴った。
衝撃が脳を揺さぶりキーンっという耳鳴りが響く。
僕にとってもう限界だった。理不尽にも程がある。
誰か……僕の代わりに……
「痛いよ……なんで、僕が……酷いよアヤト……」
「あ? ぶつぶつ言ってて聞こえねーよ! おらッ!」
「うぐっ……」
そうして僕は二人の気が済むまで、ボロ雑巾の様に殴る蹴るの暴行を受けた。
二人は僕をいたぶるのに疲れたのか気が済んだのか分からないが、日が落ちてすぐに去って行った。
僕は立ち上がり服に着いた砂を払い落とした。
「うっ……痛い……なんで僕ばっかり」
「帰ろう……」
とぼとぼと歩く僕を夜空の月があざ笑うように照らす。
理不尽に抗う事すらできない自分が嫌になり、僕は早く帰ろうと足を進める。
しかし、太ももを強く蹴られせいなのか歩くたびにズキズキと痛みが走った。
せめて転ばない様に下を見ながら歩いていると、急に声を掛けられた。
「やぁ、不良少年。随分とボロボロだね。まあ俺もなんだけどね」
「え? マサ兄ちゃん。って腕どうしたの?」
「その感じは、オルト君だね。この腕はちょっとね車にはねられちゃったんだ。それより今は君の方が痛そうだ。大丈夫かい?」
マサ兄ちゃんはそう言って白いギブスに包まれた腕を軽く動かしてみせた。
僕はさっきまで痛かったけど、笑って返事をした。
「うん、僕は平気」
「丈夫なんだね。そうだ、新しいRPGのゲーム買ったんだ。一緒にやろう」
マサ兄ちゃんはそう言って持っていたビニール袋からゲームを取り出して僕に見せた。
「うわ! そのゲーム、CMで見た。面白そうな奴だ!」
「シリーズ物だけど途中からやっても面白いらしいんだ。とりあえず、今日は帰って明日一緒にやろう」
「うん!」
そうして僕とマサ兄は笑顔で話ながら帰った。
僕はそんな暖かい日を気づくと俯瞰する様に眺めていた。
まるで死んだ人間が空から見下ろすように、雑談しながら帰る二人の背中を見送っていた。
すると、いつからそこにいたのか隣に金髪の少女がいる事に気づいた。
「(いいお兄さん。優しそうな笑顔だね。)」
「(誰? 幽霊?)」
「(お? やっと認識したんだ、自己紹介は2回目だね。私はスーテッド、そうだね……君は今走馬灯を見ていると言った方が分かりやすいかな)」
「(どういうこと? 走馬灯って、もしかして僕死んでる?)」
「(あっ、今はここまでかな、目覚める時間だ。さあ、手を取って!)」
そうしてスーテッドという少女が僕に手を伸ばしてきた。
僕は訳が分からないまま何故か手を伸ばしていた。
それから暖かい光に包まれるように意識が覚醒していくのを感じていた。
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