62話 盤上のシンデレラ17

夜が明け、木々の隙間から徐々に太陽の光が俺たちを照らす。

朝の少し湿気を帯びた空気が漂う中、俺たちは集まっていた。

すでに全員装備を纏い、いつでも戦う事の出来る状態で俺たちはファイムを中心にし情報を共有する。


「先行したアルファ隊の情報によると、フィーゲラス城周辺に魔族の存在は確認できないようだ」


「敵戦力をガイゼル城に集中させているのなら、魔王は本当にいるのでしょうか?」


「昨日のベータ隊と魔族との戦闘情報を魔王は知っているはず。何かしら手を打ってきてもおかしくは無いが、フィーゲラス城にまだ魔王がいる可能性は高い。」


「とにかく行かなきゃわからんか……」


魔王側は俺たちの存在をすでに認識している。何かしらの対策を打つ時間も十分に与えてしまっているが、その反応は無い。

もちろん魔王が拠点を移そうが、俺たちの作戦範囲内だ。ベータ隊がフィーゲラス城とは逆に移動しているのはその為でもある。

俺が思索している間に、転移魔法の準備が終わったのか勇者が合図をする。 


「ファイム様、転移魔法の準備が出来ました。いつでも飛べます」


「よし、では行くか」


地面に魔法陣が展開され俺たちは光に包まれた。

空間を切り取った様に周辺の景色が真っ白に変わった。

しかし一瞬、俺たちの横に青色の結界で出来た壁が展開された。

いつもの転移状況とは違う事に気づいたファイムは、驚いた表情で叫んだ。

 

「何っ! 転移干渉だと!」

 

俺たちが身構えている間に白い景色は晴れ結界も消えた。

次第に色が付くように景色が変わり、俺たちが立っている場所も変わっていた。


「これは、どうなっている?」


俺たちは確かに転移したが、隣にはフィオナだけで勇者達はいなかった。

そして、転移した場所が想定していた場所とは違っていた。

開けた空間に玉座が一つ。その玉座に座りながら、男は俺の顔を目にして笑っていた。


「ふっ、ハハハッ。次に戦場であったら串刺しにすると言ったが、そう来たか!」


「春水!」

 

「まあいい、ガイゼル城にようこそオルト。それと……あの時、回復魔法を使っていた女か。もう一人はどうした? あっちに飛ばされたか?」


春水は玉座に座ったまま俺たち二人を見ていた。

俺は冷静に状況を把握した。

春水は俺たちの転移時に何かしらの魔法で干渉し本来の転移するはずの軸をずらし、精鋭部隊と勇者を分断したのだろう。

現状、目視できる敵戦力は春水と能力が未知数の魔族の女だけだ。しかし、こちらも戦力は二人、速攻を仕掛けてもいいが少し様子を見るべきだろう。

俺はそのまま春水との会話を続ける。


「スパードの事か。あいつは軍を抜けて、この作戦には参加していない」


「賢明な判断だ。だが……これは困ったな。戦いは好きだが無駄で不毛な戦いは好まない。しかし、自分の発言には責任を持つべきだしな……ハルカ、ここは戦場か?」


「現在の戦場はガイゼル城外の周辺と魔界の特定地域かと」


春水は隣にいるハルカという魔族に問いかけ、ハルカは淡々とした口調で答えた。

春水は少し悩む素振りをしながら口を開いた。


「つまり、ガイゼル城内で戦闘は始まっていない。そうなると……戦場ではないな。オルトはどう思う?」


「魔王幹部の発言とは思えないが、俺たちの目的は勇者を魔王の城まで届ける事だしな……」


俺は少し驚いたが、表情に出さないよう春水の発言の意図を探る為、考えを巡らせた。 

春水の発言から俺たちは激戦区といわれるガイゼル城に飛ばされた。

そして春水の立場上、分断した部隊の壊滅もしくは足止めなどの指示が出ているはず。しかし発言から俺たちと戦闘する目的が弱い。

俺たちを見て戦う判断を変えたとすれば、俺たちが転移魔法を使えない事を前の戦いから推測していて足止めの意味がないと判断が出来る。

現状俺たちは転移に失敗し、勇者を城まで届ける任務は不可能になった。

それ故に、春水は足止めする必要のない戦闘を不毛と言ったのだろう。


「ちょ、ちょっとオルト! 何を言っているの? 今すぐ二人で戦うべきでしょ?」


俺と春水の会話に割って入るようにフィオナは慌てて言った。

フィオナの言いたい事は分かる。魔王幹部を前にして停戦とも言える発言、もちろん個別の戦闘判断は個人に任せられているが、重要な理由が無い敵前逃亡は許されていない。

俺にとって軍規なんてものはあってないものだが、フィオナは違うのだろう。


「面倒だが、隣の子はやる気みたいだね。まあ、1人ぐらい首を撥ねる程度の仕事はするべきか……ハルカ、1枚」


「術式! 空間氷結界」


ハルカは一瞬で魔法で出来た透明に近い水色の結界で、障壁を張った。

俺とフィオナは分断され、春水とハルカ対フィオナの状況になってしまった。


「安心していい、ここにいるハルカは戦闘を得意とする魔族ではない。別に2対1でも構わないが、話が分からない1人だけで済むのならそれに越したことはないだろ?」


「はあッ!」


春水は少しニヤリと悪い笑みを浮かべる。

俺は瞬時にこの状況の危険性を把握し結界を破るべく剣に魔力を込めて叩き込んだ。

しかし剣はあっさりと弾かれ、ヒビどころかキズもつかなかった。


「無駄だよ。ハルカの結界は魔界で1番強力だ。三層魔法クラスじゃなきゃ壊れない。と言っても聞こえないか」


春水は俺から、フィオナに視線を合わせる。 

 

「それで、君。1対1だけど、やるかい?」


「ダメだフィオナ! リスクに合わない!」


結界で遮られた俺の言葉は、フィオナには届かなかった。 

フィオナは覚悟を決めているのか、結界が展開された段階で獣化の力を発動していた。

頭部の可愛らしいケモ耳の印象とは違い、溢れる魔力を纏う姿は魔族でさえも恐れさせる。


「愚問ね!」

 

軽めの装甲を纏ったフィオナは剣を抜き姿勢を落とし、そのまま一直線に春水の喉元を狙い駆ける。


「速いッ!」


玉座に座っていた春水は予想外の速さに、高く上に飛びフィオナの攻撃を躱す。

フィオナの攻撃は空を切り裂き、玉座を粉々に吹き飛ばした。


「随分と好戦的だな。それなら!」

  

春水は空中で体勢を立て直し右手を広げる。一瞬で空間から複数の黒い槍を展開し、槍の雨を降らせる。

フィオナは素早くジグザグに動き躱しながら後退する。

フィオナの残像を追うように、黒い槍は地面の石板を粉砕して突き刺さった。


「(あの時と同じ攻撃、当たったら致命傷ね……)」


フィオナは槍の破壊力を横目に追撃を警戒して動く。 

春水はしっかりと着地し、空間から赤い槍を取り出しそのまま攻撃を仕掛けに行く。


「いい動きだ、軽装で軽めの武器……速さだけなら魔族一かもしれないな」

 

「速さで負けてると認めるなんて、魔族幹部なのに潔いわね!」

  

フィオナは細かくステップを踏むように春水の猛攻を避けながら捌く。

以前のフィオナの動きとはまるで違く、速度は残像を残すほど早く、春水の攻撃にも余裕を持って戦えている。


「やはり獣化使いは厄介だな。だが、これはどう受ける?」

 

春水は一度後ろに飛び槍を構えた。

そして、素早く円を描くようにフィオナに接近する。

フィオナは体はそのままに、春水の動きを冷静に見定めている。

早さで勝っているフィオナだが、武器はレイピアで特性上魔力を込めて打ち合っても戦いが長引けば武器が持たない。

フィオナが春水に勝つには短期決戦かつ、一撃に掛かっている。

春水は、勢いを乗せた猛攻とも言える突きの連撃を繰り出す。

   

「……でも、見えるわ」


フィオナは連撃を必要最小限の動きで躱しつつ、後退しながら受ける。

しかし、春水の猛攻を完全に防ぐことは不可能だった。

致命傷は避けるが、槍に捕らえられた服が少し千切れ、生傷は増え続ける。

ちょうど春水の突きが30回を超えた時、赤い槍先が突如、空間を歪めた。

赤い槍はフィオナの太ももを完全に捉えて真っ直ぐに突き進む。


「まずは1本貰う!」

  

しかし、その一瞬をフィオナは見逃さなかった。


「ハッアアアア!」

 

春水の槍先はフィオナの太ももを貫いている様に見えるが、空間を切り取った様に槍先は別の角度から現れ、フィオナの左手を突き刺していた。

しかし、同時に間合いの内側に踏み込んだフィオナのレイピアは春水の心臓を穿った。


「グガッ……この女!」


「まだぁあああ!」

 

フィオナは、春水が体勢を崩した隙に、右肩に2撃目、そして3撃目を喉元へ運ばせる。

あまりの速さに対応が遅れたが、春水は3撃目をギリギリの所で躱し、大きく後退した。

即死は免れたものの致命傷で、胸と肩から魔力が霧状になり散っていく。


「勝負あったわね」


フィオナは勝利を確信したのか追撃はせずに、切断されかけた左手に回復魔法を展開する。

出血は徐々に止まり、獣化の力もあり傷口は直ぐに塞がった。

春水は苦虫を噛みしめたような表情で傷口を左手で押さえ、魔力の飛散を少しでも防ごうとしていた。

 

「……少し舐めていたことは認めざるを得ないな。しかし、目的は果たした……ハルカ、引くぞ」


「はい、春水様」


冷静になった春水はハルカに声を掛け、異空間を抜ける穴を展開した。 


「行かせるわけないでしょうが!」


春水の引く判断を阻止するべく、フィオナは加速し一直線に切りかかる。

しかし、レイピアが春水を捕らえる瞬間に死角からハルカの魔法が発動していた。

  

「拘束氷結界!」


「なッ……」


一瞬で全身を小さな氷結界が混ざっているロープで拘束されたフィオナは、予想外だったハルカからの魔法に動揺を隠せなかった。 

 

「若いな、勝負を焦ったな?」


春水は拘束されているフィオナの手からレイピアを奪い遠くに投げ捨てる。


「勝利を確信した時に人はもっとも油断をする。普通の魔族にとっては確かに致命傷だが、要は魔力の放出を抑えればいい……」


春水はそう言って、溢れ出る魔力を魔装で無理やり抑え込んだ。

それでも魔装の隙間から霧状になった魔力が少しずつ溢れ出していた。

春水をあと一歩まで追い詰めたとはいえ、一瞬で形勢を逆転されたフィオナは自分のミスに怒りの感情を抑えられずにいた。

 

「クッ、このッ! 私はこんな所で……ッ!」


体のラインがハッキリと分かるほど食い込んだロープは地面と壁に伸び、完全に固定されていた。 

フィオナは拘束から逃れる為に全身に魔力を込めて無理やりロープを千切ろうとする。

しかし、尖った小さな結界がフィオナの体に食い込みフィオナが暴れるほど生傷をつける。

そんな様子を憐れむような目で見ながらハルカは言った。

 

「無駄ですよ。私の拘束魔法は氷結界を応用した物、それと暴れるとさらに締め付けます」


「ッ……」 

 

「さて目的も果たし、もうこの場に留まる理由も無いが、ここまで人間に傷を負わせられたのは初めてだ……」


「殺しますか? それとも少し遊びますか?」


「趣味ではないが、観客が1人いるし遊んでやるのも魔族らしいだろうか……ハルカ、結界の音声遮断のみ解除だ。」


「はい、春水様」

 

ハルカは春水の指示に従った。

展開された空間氷結界越しに春水はオルトに話しかけた。

 

「さて、いつまでも傍観者でいるのは退屈だろう? オルト」


「何をするつもりだ!」


「そう熱くなるなよオルト。この女を少しばかり弄ってやろうかと思ってな!」


春水はそう言い、赤い槍を左手に持ち替えフィオナに軽く一振りした。

すると、フィオナの軽装とも言える防具は簡単に割れ、それと同時に胸元の布が破れた。


「クッ! 逃げてオルト!」

        

「顔は悪くないし適当な魔獣に犯させ、その後四肢を切断して晒すのも悪くない。ちょうど見物人もいるようだしな」 

 

「やめろ春水! それ以上フィオナを傷つける事は許さない!」


「オルト、私は覚悟は決めているわ。こんな下種に殺されるのならし……んぐっ!」

 

「舌を切って死のうなんて、つまらない事はさせません」


フィオナの覚悟を決めた自害を察したハルカは、一瞬でロープを伸ばし口を塞ぎ阻止した。


「心を折って甲高いメスの悲鳴を聞きたかったが仕方がないか、全く潔い女だ……」


「悪趣味な奴め。だが、これで準備は出来た!」


俺はフィオナの戦闘をただ見ていた訳ではない。もちろん1対1でも春水のアーティファクトの特性を知ってるフィオナに勝機があると思っていた。

しかし、ハルカという未知の能力を持った敵、そしてこの空間氷結界を突破しなければ戦況はどうなるか分からない。 

俺はそう思い、剣に込められる限界以上の魔力を込めて準備をしていた。

もちろん通常の戦闘では使えない。剣の耐久を無視した一撃必殺とも言える斬撃だ。

 

「はぁあああ!」

  

俺は空間氷結界に剣を叩き込む。

衝突と同時に、凄まじい爆発音が響く、その威力は床をえぐり衝撃波は天井を吹き飛ばした。

天井の瓦礫が落ち土煙がさらに舞う。

まるでスモークを焚いた様な視界の悪さだったが、それとは対照的に春水側の空気は澄んでいた。

オルトの一撃は、空間氷結界を破る事は出来なかった。


「なるほど、人間が出来る限界の魔力を剣に込めて一撃を放ったのか。考えは面白いが上手くいかなかったようだな」


「少しヒヤッとしましたが、杞憂でした」


春水とハルカは土煙で見えないオルトには興味を無くしていた。

そして春水は、玩具を見るような目でフィオナを見た。


「さて、遊ぶとするか。まずは左足を1本」


「ングッツツツ!」


春水は赤い槍をフィオナの左足に突き刺し、先端が骨に当たった所であえて止めた。 

フィオナは焼けるような激痛に悶え苦しみ、その痛みに体が無意識の反射をする。

その結果、鋭利なロープが締め付け、傷がさらに増える地獄を味わっていた。

 

「人間は脆い、簡単に死ぬ。だが、獣化の回復力ならまだいけるだろ?」


「ンッ!」


フィオナは耐え難い痛みに、ただ目から涙を流し春水を睨む事しかできなかった。

しかし、春水は容赦なくフィオナの体を切り刻む。腕に足に血がいくつもの箇所から溢れ出る。

途中から春水は趣向を変え、出血死をさせない為に槍の底を使い腹部に重い打撃を加える。


「あガッ!」


内臓をえぐられたような鈍い痛みが全身を駆け巡る。

さらに衝撃が強く、胃液が上に逆流し、血と共にロープと口の隙間から流れる。

しかし、春水の打撃の連打は止まない。

春水の笑みから、これはただ時間をかけて殺す遊びなのだ。という事をフィオナは体で理解した。

気づくと、痛みの感覚は徐々に薄れ、死というただ一文字が脳裏を掠める。

フィオナの目からは、光が徐々に消えていく。


「…………」


「ふん……飽きたな。それでは、死ね」


春水はフィオナをいたぶるのに飽き、赤い槍を横に一線引くようにフィオナの首を撥ねる。


「……」


フィオナの視界は消えかけのライトの様に範囲が狭まり、ただ赤い槍がゆっくりと首に向かうのを見ている。

フィオナは死を受け入れ、世界がゆっくりと動くのを感じていた。

しかし、ガラスが弾け飛ぶような音と共に、赤い槍は紙一重の所で視界から消えた。


「何だとッ!」


意表を突かれた春水の反応は遅れていた。

俺は空間氷結界を破り、そのまま剣の創造をして春水に一撃を入れて吹き飛ばした。


「死ぬのはお前だ! 春水!」


「春水様! 私が!」


ハルカは結界が破られた瞬間に反応してギリギリの所で春水を守り、オルトの攻撃を受けていた。

しかし、攻撃を受けるがあまりの剣圧に二人は吹きとばされた。


「終わりだ」


俺は二人が空中で立て直し受け身を取る前に、王家の紋章の力を発動した。

まるで時が止まったかのように、二人は氷漬けの結晶となった。

そして俺は魔力で創造した剣を振り、そのまま結晶を叩き割った。

粉々に砕け散った氷の結晶と、肉片から黒い魔力が霧状になり消えていった。


「これは使いたくなかったが……仕方がない」


俺は浮かび上がった王家の紋章を触り呟いた。

オルトの周辺は冷気が支配し、床と壁に氷の結晶が岩のように突き出ていた。 

俺は少し暴走気味の王家の紋章何とか抑え込み、フィオナの元に駆け付けた。


「おい、フィオナ。大丈夫か?」


「うっ……」


俺は拘束されていたロープを切断し、フィオナを開放し抱きかかえる。

フィオナは意識が朦朧とし、喋るのもやっとの状態だった。

恐らく獣化が無ければ既に出血死していただろう。

  

「待たせてすまなかった……」


「ご、めんな……さい。わた」


「大丈夫だ。今はしゃべらなくていい」


俺はフィオナの声を遮りそのままフィオナを抱きかかえて移動する。

既に俺たちの位置情報を聖霊都市本部に送り、転移魔法を使える者を呼んでいる。

フィオナは俺を見て安心したのか目を閉じ意識が落ちていた。

そして、すぐに転移してきた聖霊都市の医療班の応急処置を受けてから、俺たちは聖霊都市に転移した。

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