61話 盤上のシンデレラ16

聖霊都市側が精鋭部隊と勇者を率いて魔界に侵攻している中、激戦区ともいわれるガイゼル城周辺では毎日激しい戦いが繰り広げられていた。

ドラゴンが空から地上に炎の嵐を吹かせ、地上では大規模の防御魔法を展開しドラゴンに反撃する為に、二層魔法をぶつける。

凄まじい衝撃と爆音が響く中、毎日何万もの死体の山を築き戦線は拮抗していた。

そんな戦場の騒音を断ち切ったかのように、ガイゼル城内は静けさを保っていた。

大理石で敷き詰められた床に赤のカーペット、厚く頑丈な石壁に天井の魔法結晶が広い空間を照らしている。

その広い空間で男は、両足を少し広げ堂々とした態度で玉座に座っていた。

男の名前は春水。魔族の幹部にして魔王の右腕ともいわれるほどの実力者だ。


「全く、魔王様も部下を酷使し過ぎだと思うのだが……」


春水は独り言を呟いた。

春水はここ数日。いや、ほぼ毎日といってもいいほど戦場を荒らすだけ荒して回り、精霊都市の部隊を壊滅させていた。

そんな春水の働きを知る眷属の1人がティーカップを銀のトレイに乗せてやってきた。

 

「春水様、紅茶をお持ちしました。春水様が愚痴なんて珍しいですね」


「ありがとう。この事は、魔王様には秘密で頼むよ」


「私は春水様の眷属なので言いませんよ。それよりも春水様、魔王様からの連絡が?」


「ああ、どうやら勇者達が動き出したらしい。」


「では、もうすぐですね」


「全ての駒の配置は終わった。あとは、この盤上の切り札ともいえるメア様が無事であることを祈るよ……」


春水は遠くを見るように、聖霊都市と魔族との戦いの終焉を思っていた。

 そんな思惑が交差する様に、既に日は落ちた真夜中、精霊都市の下層に位置するとある廃墟に、二人の少女たちがいた。


「それで、場所は東に位置する教会の地下よね。守りは召喚されたばかりの勇者3人……問題なさそうね」


「はい、それ以外の警備状況はほぼ無いに等しく勇者3人さえ突破出来れば、奪取出来る事は間違いないと思います。」

 

「クロックよくやったわ。あとは私が全てを成すわ」


「はい、メア様」

 

そう言ってメアは、自らの顔を魔力で覆い魔装した。魔装した仮面からは表情を読み取ることは出来ないが、赤い瞳が月光を反射させて輝く。

その風貌は、胸元が開けたドレスで、少し短い黒のひらひらとしたスカートだった。少女は地面の蹴り走り出す。

仮面が無ければこれから上層の貴族達とのパーティーに参加するのだと思われるだろう。

メアはそのまま教会を目指し駆けた。

 魔界では、聖霊都市で暗躍する魔族の存在を知るすべもない勇者と精鋭部隊が山奥で野営をしていた。

現在勇者達は、魔王の城があるフィーゲラス城まであと1回転移すれば着く位置にいる。既に先行するアルファとベータ部隊がそれぞれ情報収集と敵対時に攪乱行動をしているおかげで順調に進めている。

 

「ファイム様~、周囲の警戒と認識阻害の魔法と周辺感知魔法の展開終わりました!」


リムという女の子がファイムに指を折るように数えながら報告をしていた。

俺も簡単な夕食を人数分作った。

  

「こっちも食事の準備は出来たぞ。」


「ありがとう、それでは皆集まろう」

 

「はい、勇者様」


そうして、勇者のパーティーと協力しながら決戦前夜を俺は過ごしていた。

簡単な食事を済ませそれぞれテントで睡眠を取る。

まだ眠くないのか、同じテント内にいるフィオナが話しかけてきた。


「ねえ、オルト。起きてる?」


「ん? 起きてるが、寝れないのか?」


「少し、明日の事を考えていたの……オルトは死ぬのは怖くないの?」


「そうだな、死ぬのはしょうがないが……この世から消えるのは怖いな」


フィオナの質問に俺は素直に答えた。

俺の回答が面白かったのか少し笑いながらフィオナがこちらを向いた。


「ふッ、死んだら消えてしまうのに、オルトは面白いこというのね」

 

「ばか、死ぬのと消えるのとは全然違うわ! 俺は俺という存在が確かに生きていたという事実が……って、俺の話はいい。フィオナはどうなんだ?」


「わたしは怖くない、と言ったら嘘になるわ。今までは聖霊都市の為、生活の為、色々理由があって覚悟はもちろん決めていたわ。ただ、私の命を私以上に妹に心配されて……」


「戸惑ってるって事か。くだらん、全力を出しても勝てない敵がいたら逃げればいい。俺たちは戦士だが、所詮は勇者には及ばない力量だ。身の丈に合った事を成すのが仕事だろう」


事実、俺たち個人だけの力では魔王なんて倒せない。俺の師であるユキも昔言っていた。上には上がいて、けして自分の実力を過信せず引くときは引けと。

もちろん戦わなければならない時には刺し違える覚悟が無ければいけない事も教えてくれた。

  

「そうね。それに今更考えてもしょうがないことね」


フィオナは納得したのか深く呼吸し上を向いた。

それから少しくだらない雑談をして俺たちは眠った。

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