60話 盤上のシンデレラ15
今日も1日が24時間あって、当たり前の様に明日も、明後日も目が覚める。異世界でも1日は24時間で365日ある。
これは俺の仮設だが、実はここは地球で異世界に飛ばされたと思ったら意外と過去とか未来とか、何なら全部妄想でゲームの世界なんてことも。
異世界に召喚されてからだいぶこの世界にも慣れて、何ならこの世界で生きてる時間の方が長いかもしれない。
そんな雲を掴むような妄想をしつつ、俺は馬車に揺られていた。
「むさ苦しい……おい勇者、もう少し場所詰めろ」
「貴様! 勇者様に向かってなんて口を!」
「ダンカ、落ち着け。荷物の多い我らに非がある。すまない」
勇者は立ち上がろうとするダンカという男を抑え、俺に謝ってきた。
聖霊都市での勇者の立ち位置は特別なもので、町を歩けば英雄だと称賛され聖霊都市の上層でも好き勝手に移動できる。
召喚された時から衣食住を当たり前に、力と権力も持つ。貴族たちとは別枠の優遇された存在だ。
そんな人間が俺たちとくじ引きをして、俺と同じハズレの狭い馬車を引いて文句も言わずに座っている。
これから異世界の人間の都合の為に、命を賭けて魔王を倒しに行くというのに顔色一つ変えない。
俺は疑心と気に食わない心境になり勇者に突っかかった。
「チッ、勇者ってのは変わり者が多い変人ばかりか……」
「貴様! やはり喧嘩を売っているのか!」
「いいんだ」
再び俺につかみかかろうとするダンカという男を勇者は、片手を前にして止めた。
「しかしファイム様、こやつ無礼にも程があります。同じ精鋭部隊とは思えないほどに……」
「いいんだ、こんな反応されたのは聖霊都市に来て初めてだ。君、歳は近そうだね、名前は?」
「……オルトだ」
「私は、ファイムだ。今の続き、聞かせて欲しい」
俺は勇者の意外ともいえる反応に顔には出さないが一瞬戸惑った。
しかし、勇者という死んでも元の世界に戻れてノーリスクの人間に俺はこの世界側の気持ちを代弁する様、遠回りに言った。
「与えられた才能を我が物の様に振りかざし、英雄ともてはやされれば、聖霊都市の為に魔王すら恐れずに倒しに行く。国民からしたら聖人に見えるが、俺からしたら変人にしか見えない。」
「なるほど……そう思われても不思議ではないか……」
「どういうことだ?」
「あー、すまない。オルトの言う通りだよ。私が来た時のこの世界はもう、クリア前のゲーム。いや、勝利が約束された戦場というべきか」
「……」
「前の勇者と聖霊都市の頑張りで、戦況も絶望的な状況から好転して終わりも近い。冒険して経験値を貯めてやっと魔王を倒すなんてことも無い。最初から最強で、しかも伝説の武器を貰って今から魔王を簡単に倒すんだ。そしてこの世界で英雄になる……」
ファイムは少し投げやりな口調だが、この世界の住人と思われる俺にも分かりやすく言った。
もちろんファイムが言いたいのはRPG系ゲームのたとえ話だろう、お話は途中からで、パワーバランスが崩れたチートを使っても何も面白くはないって事だ。
「滑稽だ。と言ってほしそうな顔だな」
ファイムは軽く呼吸をして笑った。
「本当にそうだよ。それに、死んでも元の世界に戻るだけだし……」
「ファイム様、その情報は極秘の……」
「いいんだ。どうせ私の命もこの聖剣に吸われてあと1週間だ、それに勇者について調べれば予想出来る事だろうし」
俺は今まで自分が集めた情報からファイムが言っている事が事実だと思った。
聖霊都市は勇者を選別し力があれば利用する。異世界から来た人間は召喚主である聖霊都市の条件を飲めば、2度目の人生をノーリスクで楽しめる。
合理的に考えれば、ファイムも歴代勇者と同じように退屈だが、望まれた役目を果たしているに過ぎない。
俺も魔法を使える才能があれば、同じ選択をしていただろう。
「死んでも元の世界に戻る事は知っている、だが剣の話は初めて知った」
「へえ、勉強熱心なんだね。でも、遠回りだ……何を知りたい?」
一瞬だが、空気が変わった。
勇者ファイムは、俺の目を真っ直ぐと見つめながら聞いてきた。
どうやら勘が鋭いのか、俺の遠回りで中途半端な煽り方に疑問に思ったのか……
まあ、少し疑問に思われようと聞きたい事は変わらない。
「聞いて答えてくれるのか?」
「オルトは警戒心が強いんだね、勇者なんてただの人間だし、オルトが思ってる以上に勇者と聖霊都市の契約は緩い。ただ……」
勇者は俺ではなく隣に座るダンカの方に目をやった。
俺は勇者の言わん事を察した。勇者と聖霊都市の契約は利害関係で結ばれた口頭での契約なのだろう。
だが、監視として聖霊都市側の人間が紛れている、それがダンカという男なのだろう。
ダンカは諦めきった口調で言った。
「既に契約違反ですが、勇者様のこれまでの功績と精鋭部隊の1人程度になら教会も多めに見てくれるでしょう。それに今の勇者様を止める事は不可能ですから」
「ありがとう。そういう訳だ、目的地まで着くのにも時間がある。暇つぶしだ、何でも聞いてくれ」
こういうのを棚ぼたって言うんだよな、今日の俺は運がいい。
わざわざ、遠回りに質問しなくても勇者から貴重な情報が得られるのだから。
「じゃあ遠慮なく聞かせて貰う。過去の勇者、もしくは異国の者でもいい、ハヤトかアヤトこの二人の名前に聞き覚えは無いか?」
「それだけ?」
「ああ、それと知っていればだが、勇者召喚の書があと何冊あるか、それぐらいか……」
「なるほど、オルトは敵ではないみたいだ」
「なんの話だ?」
俺はファイムの予想外の回答に驚いた。
ファイムは顎を触りながら少し考えるそぶりをして答えた。
「すまない、勇者は基本的に場所を問わず命を狙われているんだ。最近、聖霊都市内で魔族のスパイが紛れているという情報があったんだ。ただ、その魔族が敵ながら優秀で、今日まで尻尾を掴めていないんだ。」
「そうか、疑われるのも無理ないな。それなら、召喚の書の所在と聖剣の力、ファイムの能力辺りを聞いていれば今頃、首が飛んでいたか?」
「いや、今その情報を聞いても遅すぎる。それにたとえ私が教えたとしても何も変わらないさ。私はいつ仕掛けてくるのかを待っていたんだ」
俺はファイムの話を聞いて納得した。現在俺たちを乗せた馬車は森の中に入って随分と時間がたっている。
先行する馬車との距離も離れて見晴らしも悪い。暗殺するならこのタイミング以外無いだろう。
「それは恐ろしいこった、で……俺は白だが結局、質問に答えてくれるのか?」
「おっとそうだね、アヤトは知らないが、ハヤトという男はどこかで聞いたことがあるな……」
勇者は少しの時間考えていた。
俺はせかすことも無くただ勇者の返事を待った。
丁度馬車が森を抜けて開けた場所に出てから、ファイムは口を開いた。
「えっと……そうだ! 初期の勇者だったか、たしか教会の禁書庫の本に載っていたな」
「初期の勇者か……詳しい活動経歴や召喚年数は?」
「それは覚えてないね。ただそいつの名前が、浅井隼人って名前で私と同じ日本人だという事が印象に残っていてね」
「なるほど……」
俺は、探していた兄弟がこの世界に来ているかもしれないという予想が、限りなく事実だという事に少し驚いた。
もし会うとしたら何年ぶりになるのだろうか、いや……違う。
俺は冷静に思考し直した。ファイムは初期の勇者だと言った。つまり召喚された時代が古すぎるし、もうこの世界にはいないだろう。
「それと、勇者召喚の書の冊数だが、もちろん分からない、知ろうと思えば教えてくれるだろうが私は興味ないしね」
「勇者様、その情報は恐らく神父様以外知る事は出来ないと思われます」
ファイムの話を補足する様にダンカという男は言った。
「へえ、興味なかったけど気になるね。何故、神父だけが知れるんだ?」
「すいません勇者様。重要機密故に、今この場では言えません。」
ダンカという男はファイムに頭を軽く下げて謝った。
俺が思うに、機密という話は過去のサーシャ姫誘拐事件に関係する事だろう。
おそらく、ジャレッドという男が聖霊都市からアーティファクトを略奪した事で勇者召喚の書の管理の見直しが行われた事が理由だろうな……
そんな事を考えていると、馬車の速度は緩やかに減速して止まった。
どうやら第一ポイントに着いたらしい。
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