59話 盤上のシンデレラ14

聖霊都市の中央に位置する教会で勇者たちは聖剣を授与されていた。

勇者ファイムは聖剣を受け取ると軽く一振りした。


「フンッ、なるほど聖剣とはよく言ったものだ魔力が溢れ出てくる」


「凄いですファイム様! 剣を握った瞬間、爆発的に魔力量が増えていますよ!」


勇者ファイムの隣でリムは目をパッと輝かせて言った。

 

「これなら魔王が相手でも楽勝ですね」


「聖剣なんぞに頼らなくてもファイム様の実力なら魔王など敵ではないでしょう」


仲間であるダンカとルッフェも聖剣の力を初めて目にし、勝利を確信している。

そんな中、明日の決戦を前に高ぶる勇者一行の様子を教会の外から眺めている一匹の黒い猫がいた。

猫の名前はクロック、精霊都市内で飼われている飼い猫でも、野良猫でもない。

その猫は魔人を主とする主従契約をした魔族だった。


「(メア様たった今、勇者の手に聖剣が渡りました。)」


「(そう……、勇者召喚の書は?)」


「(本の移動はなく、新たに勇者を召喚するような素振りや情報もありません)」


「(随分と舐められたものね、まあいいわ……それじゃクロック、あとは作戦通りにお願い)」


「(はいにゃ、あっ。はい、メア様……)」


「(だいぶ猫の状態が長かったみたいね、しばらく休んでていいわ)」


「(すいません、そうさせて頂きます)」

 

そうしてクロックは主であるメアに連絡を取った後、精霊都市の人ごみにまぎれるように消えて行った。

教会で聖剣の授与が行われている間、軍では各隊に明日の作戦を指示されていた。

息の詰まるような緊迫した作戦会議室でモザン教官は口を開いた。

 

「これよりお前たち精鋭部隊の大まかな作戦行動を話す。しっかり頭に叩き込んでおけ!」


「「はいっ!」」


「現在、お前たちも知っていると思うが軍の主力が総力を上げて重要拠点とも言えるガイゼル城を落としに正面から戦っている。」


「既に魔族幹部3人と4体の魔物大将を討ち取っている。しかしこちらも勇者2名と多くの兵を失い戦況は攻め手に欠けている状況だ……」


「しかし、我々の目的はガイゼル城を落とす事ではない。魔王を討伐しこの戦争を終わらせる事にある!」

 

モザン教官は拳を力ずよく握りながら話す。

その隣で軍服に身を包む女性の補佐官はモザン教官からの指示を受け、魔法で空中に地図を展開した。


「よし、具体的な作戦内容を説明する。まずはこの作戦区域の地形から……」


そうして俺たちは1時間ほどの説明と細かな対応を聞かされた。   

モザン教官の話は、勇者のいる部隊を除く精鋭部隊は3つのチームに振り分けられ、それぞれをアルファ、ベータ、ガンマと名乗るよう指示された。

作戦の大まかな内容は、前線の戦力の薄い山側を突破し敵を振り切り転移魔法を発動、2回も転移を繰り返し勇者を魔王のいる城へ送る電撃作戦だ。

もちろん俺たちに作戦の失敗は許されない。それに、転移魔法が使える人間が死ねば俺たちは退路を失い魔王を討伐しても帰れる保証はない。

つまり勇者と一蓮托生で、決死の戦いだ。


「以上だ。それでは明日の作戦開始まで解散とする。」

 

軍の作戦会議が終わり解放された俺は昼食を取るべく、いつものカフェにいた。

来店した時間が昼食の時間帯から過ぎたこともあって、直ぐに注文したミートソースのパスタとコーヒーが出てきた。

俺はパスタをフォークでクルクルと巻きながらテーブルを奇麗に掃除するレインちゃんに話しかけた。


「あー疲れた。軍人なんてなるもんじゃないな、もっと楽に稼げる仕事を選ぶべきだった。レインちゃんもそう思うよね?」


「いえ、私が言うのもなんですが、とても立派で名誉ある仕事だと思いますよ」


レインちゃんの見えそうで見えないスカートの動きに目を奪われながら、俺はレインちゃんと雑談をする。

最初は店員と客だけの関係だったが、フィオナと同じ隊の戦友ともいえる地位を悪用し、今ではレインちゃんとだいぶ仲良くなれた。


「なるほど、姉が軍人だから尊敬しているんだね」


「それもありますが、私は戦えないので国の為に戦えるという事が少し羨ましいんです」


「レインちゃんは真面目だな~。俺は今すぐ軍を抜けてここで働きたいよ、もし辞めたら雇って欲しいぐらいだ」


「ええっ! 困りますよ、私は嬉し、いえ、勝手に決めたら姉がその……怒ると思うので……。それにオルトさんには姉を守ってもらわないと……」


正面に座るレインちゃんはスカートの裾を少し握りながら顔を赤くしていた。


「大丈夫だよレインちゃん、フィオナは強い。俺なんかよりずっと……」


「そうなんですか?」


「もちろん。元々、魔獣化なんて才能があるんだし、それが無くても剣術も恐ろしく強い。俺が守ってもらいたいよ」


「ふふっ、そうなんですね。私、戦いの事はよくわからないので……オルトさんがそう言ってくれるなら信じます……」


俺は笑顔でレインちゃんに言葉を返した。

恐らく、ここ1週間の軍の動きが騒がしく、魔族が侵入しない平和な聖霊都市でもピリピリとした空気を肌で感じていたのだろう。

レインちゃんは家族に軍人がいるとはいえ、軍の状況や詳しい戦況を知る事はできない。

戦場で戦う以上、姉であるフィオナが戦死するかもしれない不安が、どうしても出てしまうのだろう。


「もうフィオナから聞いてると思うけど、明日からしばらく忙しくなる。レインちゃんは心配かもしれないけど俺を信じて待っていて欲しい」


「はい……」


「そして、もし魔王を倒して帰ってきた時にはどうか俺とデ、あがっ!」


「で、俺と? 私の大切な妹と? 何するの? ねえ、オ ル ト?」


急に何かに叩かれた俺は後ろを振り向いた。 

気付くとそこには笑顔だが笑顔に見えない程怒っている顔をした、フィオナが立っていた。

これはまずい、俺は危険を察知し食事代をテーブルに置いてフィオナの横をすり抜けるように店から逃げ出した。


「あっ、こら! 待ちなさい。オルトー!」


俺は遠くから聞こえるフィオナの声に反応する事無くそのまま走って帰路につく。


「全く妹の一人や二人ぐらい口説いたからって、うるさい姉だ。」


俺はレインちゃんと親密になる必要もあるが、姉であるフィオナの機嫌を損ねない様にする立ち回りに日々苦労している。

普通の人間なら、明日の命を賭けた作戦行動で頭がいっぱいになるはずだが俺は違った。

もちろん脳内ピンク色だから、という訳ではないが、俺には魔王を討伐する作戦よりも大切な事があるのだ。

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