58話 盤上のシンデレラ13
付き合って1ヵ月のカップルが別れる理由の一つに買い物があるらしい。
ジャコスやら何とかモールだの、大型の複合店がひしめき合う空間は特に危ないとか。
彼氏は彼女と約1時間店内を散策したのち、彼女の洋服選びに永遠と付き合わされる。
男だけの買い物であれば、15分あれば十分だろう。
最初は可愛い彼女に見とれていても、Aの服とBの服という選択肢を永遠と繰り返し、あまつさえ最終的には彼女が好きな服を選ぶという虚無。
もちろん着るのは彼女なのだから好きな方を着るべきだが、この虚無な時間を耐えられる彼氏は少ない。
そうして拷問に等しい退屈な時間を表情に出してしまえば、デートを楽しんでいないとか、私に興味ないだとか思われるのである。
俺は昔見たバラエティー番組の記憶の一片を脳内で再生しながら硬そうな防具に目を光らせてるフィオナを見ていた。
「ねえねえオルト! これなんてどうかしら? ドラゴンブレス対応の鎧、あとこれとか」
「あのな、最低限の防具を買いに来ただけだろ。肩当と腕に足、軽めの奴でいい」
「えー、でもこっちの方が耐久ありそうだしデザインも……」
「そんな分厚い鎧ダメに決まってんだろ!」
俺は深くため息をついた。しかし、どうしてこうなったのだろうか……
俺とフィオナは喫茶店を出た後に防具を買いに店に来ていた。
思えばカフェでレインちゃんに変態呼ばわりされた誤解を解くために、フィオナの重装備と戦闘スタイルについて話した所からだろう。
俺は少しカフェでのやり取りを思い出した。
「それって……私に全裸で戦えって事じゃない! この変態」
「やっぱり変態さんなのですか?」
「だから違う! レインちゃんにも分かりやすく説明すると、魔人は服や鎧を着てる様に見えるが、あれは全部魔装なんだ。」
「魔力を変換して創造した防具ですか、洋服も自在に創造できるなんて便利ですね」
二人にジト目で変態呼ばわりされた俺は、その名を払拭するべく分かりやすく説明した。
腕を組んで俺を見るフィオナの隣で、レインちゃんはコクリと頷きながら聞いている。
「つまり、俺たち人間側の金属に魔力を込めて守る防具より100%の魔力で創造した防具を着けている奴らと耐久勝負するのは割に合わないんだ。」
魔力とは力の根源である。魔力総量の劣る人間が、通常の武器や防具に魔力を付与して戦っても100に対して80ぐらいしかカバーできない。
つまり対等に近づけても対等にはなれない、差が大きいのだ。
俺はレインちゃんにもわかるように説明したがフィオナは少し不満げだった。
「そんな事、もちろん知っているわ。だから私の魔力量なら魔人には及ばないけど、頑丈な装備をすればそのハンデを埋められると考えたの」
フィオナの言いたい事は、魔力量不利を補って重装備をすれば魔人とも魔力総量で対等に戦えるから愚策ではない。
それに超回復力がある事から上回っている可能性もある。簡単な魔法を使えば更に利があると言いたいのだろう。
「もちろんフィオナの魔力量を考慮すれば、理にかなった考えだ。だが、それじゃあ死ぬ。」
「でも防具なしで戦えだなんて、そんな特殊な戦闘スタイルは氷上の魔女ユキしか聞いた事が無いわ。それに伝説の人で軍の記録に名前はあるけど、確か戦闘履歴は消されてたし……」
「そんな天才の戦闘スタイルを真似て戦っても、魔人の一撃で沈む。そう言いたそうな顔だな」
「そうよ、仮に氷上の魔女ユキが実在したとして噂通りの実力で魔人さえも倒したのなら、その人は私と同じ遺伝的な異常回復能力や、なにか特殊な体の硬質化とか使えなきゃおかしいわ。そうじゃなければ防具無しでどう戦うのよ……」
「いや、柔らかかったぞ。」
「はあ? 何言ってるの?」
「あ、いや……何でもない。」
危ない……恐らくフィオナの言う氷上の魔女ユキは、ユキ姉の事だろう。隠すつもりは無いが、フィオナに俺とユキ姉の関係を詳しく説明した所で長くなるだけだし……
俺は反射的にした回答を修正するように、重要な所だけをかいつまんで話した。
「俺も噂程度の話だが、そのユキね……ユキって人は魔力量は普通で硬質化も超回復能力も無く普通の肉体を持った人間らしい。ただ剣技が凄まじい……」
「それ、ただの天才じゃない! まあでも……オルトが言う事だし、分かったわ。でも、最低限の防具は付けさせて!」
別に全裸でいろと言ってる訳ではないが、フィオナにとって戦場で防具無しは同じに感じるのだろうか……
俺は修行で重い防具を付けていたのは始めの頃だけだった。しかし、今まで剣技を磨いてきたフィオナと師も環境も違う。
つまり、自分の知らない戦い方も多少理解するべきなのだろう。そうして、フィオナとの妥協点を見つけ適当な防具を買いに今に至る。
俺はまだ少しかかりそうなフィオナを置いて、自分の剣を買う事にした。
店内を軽く見渡し、壁に掛かっている剣を選び店主に話しかけた。
「長さも、まあこのぐらいで……重さもいいか……おっさんこれをくれ」
「お主、よくここに剣を買いに来るが……誰かに頼まれて買いに来ておるのか?」
「いや、自分で使う為だ。まあ、ここの鈍らが他の店の鉄くずよりは長持ちするからな。そうだ、常連って事で割引とかないのか?」
「何をほざくか若造が。聖霊都市一の鍛冶職人が作る剣に値引きなんぞありゃせんわ! それに儂の剣を鈍らとは、よくいいよるわ!」
俺は話しながら、少し不機嫌そうな店主のおっさんに金を渡し剣を受け取った。
しかし、店主の言った事に俺は少し疑問に思った。
「本当に聖霊都市一か怪しいな。軍で支給されてる剣でここの物を見た事が無いぞ」
「あれは数打ちじゃ、量産型の剣は受注はしておらん。うちは勇者の使う剣や上層の貴族、騎士団が使う業物を扱っておる。」
「業物ね……あ、そうだ。あいつの剣、家宝とか言ってたけど……おっさん、スパードって奴がここに剣の修理を依頼に来たりとかしたか?」
「スパード?……数週間前に上層の貴族から剣の修理を1件受けとったが、その名は知らんの。家宝の剣と言うのは一致するがのう」
「そうか、じゃあ違うかもしれないな。その依頼を受けた剣はもう持ち主の元に?」
俺は一応スパードの剣かどうか確かめる為に聞いてみた。
「無論。依頼を受けてすぐ、3日3晩徹夜で直してやったわい。内側と外側から凄まじい魔力圧で、魔人幹部クラスとでも戦ったのか? というほどのひび割れた剣じゃった。今その剣は持ち主に届いておるじゃろうな」
誇らしげに言うおっさんの発言に俺は、剣がスパードが持つ物と同じ損傷だという事に引っかかった。
スパードは上層の貴族だし、メイドや使いの者に任せた可能性もあるか……
まあどちらにせよ、ここの商品を見るに、スパードの持つ剣以上に俺の魔力圧に耐えられる剣はなさそうだ。
もうアーティファクトと言われる勇者が使う剣ぐらいしかないかもしれない。
対魔人戦に仕える武器が欲しかったが、剣を創造できる俺にはそこまで重要ではない。
しかし、奥の手を最初から見せるのは愚者だろう。
「そうか、ありがとう。そうだ……フィオナ俺は先に帰るぞ」
「えっ? ちょっと待って、もう決めたから!」
試着に夢中になってるフィオナが焦って俺に待つように言ってきたが、もちろん待たない。
俺は店主に礼を言ったあと、外に出た。
外は既に日が落ち、夜空の星がキラキラと輝いている。
あと1週間か……勇者のおかげで勝ち戦だが、戦争だ。死者はでる。
精鋭部隊は恐らく決死だ、普通の兵よりも覚悟しなければいけないはずだ。
モザン教官からはまだ詳しい作戦は伝えられて無いが、俺たちが勇者の為に魔王までの道を作る役目という事は間違いないだろう。
たとえ名誉ある死でも、身近な人間が死ぬのは想像するだけで悲しい事だ。俺は軍の為に、聖霊都市の為に魔族と戦うほどの志は無い。
ただ、この3ヵ月で衣食住を共にした仲間が死ねば目覚めが悪い。
先の事を考えながら、とぼとぼと帰路に着く俺の背を追うように、後ろから地面を強く蹴って近づく足音が聞こえる。
「ねえ、オルト! 待ってってば!」
「……全国の彼氏諸君。帰りたければ先に帰るべし。」
「ハア……ハアっ……え? 何の……話?」
「いや、独り言だ」
呼吸を整えながら質問してくるフィオナを俺は軽くあしらい寮に向かった。
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