56話 盤上のシンデレラ11
モザン教官から情報を貰って1週間が経過した。俺は情報屋を使って兄弟であるハヤトとアヤトの情報を集めていた。
「結局たいした情報は得られなかったか」
俺はベットに座りながら考えていた。
情報屋をあたった結果、俺に近い年齢に身長や体格の者を聖霊都市全体から探ったが全員ハズレだった。
ただ、ハヤトだけは過去に勇者として召喚されて死亡したという情報が教会の資料から見つかった。
しかし、勇者として召喚されていたのに軍の情報が一切無い事に疑問を感じたが、これは気にしても意味は無い。
俺としてはハヤトが死んで元の世界に戻っているのなら何も問題はないからだ。
「とにかく今は勇者召喚の書を手に入れるか……」
これは俺の推理でしかないが、精霊都市内の情報からアヤトはまだこの世界に召喚されていない可能性が高いと思う。
まず兄弟3人バラバラに召喚されて一人目がハヤト、二人目が俺、三人目がアヤトの順番で召喚される気がする。
勇者召喚の書の詳しい内容は分からないが、残りの数冊が教会に保管されていて魔王討伐に向けて教会が3冊分の召喚を行ったらしい。
あと何冊残っているか、もしくは無いかもしれないが、もしアヤトが召喚されているのであれば……
「なんにせよ教会に行ってみるか……」
俺はベットから立ち上がり外へ出ようとしたところ、扉を開けたフィオナと目が合った。
「ちょっと、どこに行くの?」
「なんだ、気になるのか?」
「別にルームメイトが休みにどこに行こうと私は気にならないけど、私との約束ちゃんと覚えてるの?」
「あー、そうだったな……」
俺はフィオナとの約束を完全に忘れていた。
数日前にフィオナが俺に剣を教えてくれと頼んできたことを今思い出した。
模擬戦で俺がフィオナに勝った事は一度も無いが、戦闘回数を重ねるごとに俺が手を抜いている事を見抜かれてしまった。
スパードの様にやる気のない奴とだけ思われればよかったが、フィオナは俺の戦い方を注視していたらしい。
俺は一瞬で負けるとサボっていると思われる為、序盤はしっかり捌く動きをする。その動きを逆手に毎回序盤に俺の実力を測る戦いをしていたらしい。
正直フィオナは強い、模擬戦とはいえ他とは飛びぬけて強いし接近戦ならスパードよりも上だろう。
「やっぱり忘れてたのね、まあいいわ。今から本気で戦いましょう」
「いや、寝起きと言うか、本調子じゃないというか……そうだスパードは? あいつなら俺より強いし……」
「スパードは明日連絡が入ると思うけど、もう軍を抜けると言っていたわ」
「は? なんでだ? 魔王討伐の精鋭部隊から降りるのは分かるが、軍を抜けるって……あいつ貴族だよな……」
「詳しい事は私も分からないけど、噂では教会の騎士団に入ったとか……」
「へえ、上層民の考える事はよくわからないな。まあ、これで奇麗な方のベットが使えるしいいか! ハハハッ」
「この部屋も、どうせあと1週間でしょ。それじゃ行きましょう」
「ちょ、おい……」
俺はフィオナに強引に引っ張られながら訓練場に連れていかれた。
俺としては休日にこんなただ働きはしたくないが、本気で戦えば中層の美味しい飯屋を奢ってくれるとフィオナは言ってきた。
下層でユキ姉と暮らしていた時はずっと自炊だったし、この世界に来て長いが中層と上層の事はあまり知らない。
それに、一人で知らない飯屋巡りをしてハズレを引くよりはいいだろうと思い約束をしてしまった。
俺は軽い胸当てと剣を装備して奇麗な青空と雲を眺めながらフィオナを待った。
「防具は胸当てだけなのね。随分と舐めてくれて、まあいいわ、今日は本気も本気、あとで何を言おうが絶対よ」
「分かってるよ、約束は守る。ただ2層魔法攻撃と高威力過ぎる魔力物理攻撃は、この模擬戦用の魔法障壁じゃダメじゃないか?」
「もちろん模擬戦用の耐久じゃないわ。人体の致命傷と言えるラインで発動するわ」
「なるほど、準備は出来てるって事か……」
俺はフィオナの目を見つめた。純粋で透き通った目には本気で俺を殺すつもりの殺気すら感じる。
俺とは対照的な重装備な鎧で包まれたフィオナはレイピアを抜き構える。
自然に俺も腰から剣を抜き構えた。
互いの呼吸が交差する様に地面を蹴り、正面からぶつかるように切り合いが始まった。
「はああああ!!!」
「ふんっ!」
フィオナの加減の一切ない突きを剣でそらしながら受ける。
レイピアの剣圧じゃないな、威力が恐ろしく高い、それにフィオナの頭部に獣の耳が生えている。
恐らく何かの身体強化魔法だろう。しかし、このままジリジリ後退しても時間稼ぎにしかならないな……
俺は、懐に潜るように姿勢を低くし下からフィオナの剣を弾くようにぶつけた。
「……ッ」
「そこ!」
一瞬。弾かれた事で胴ががら空きになった。俺は魔力を込めた蹴りを鎧の上から全力で叩き込む。
吹き飛ばされたフィオナは空中で態勢を立て直した。俺の一撃に、苦虫を嚙み潰したような表情でレイピアを構えている。
「本気でやるんだろ?」
「クッ、分かってるわ! これからよ!」
俺の煽り文句にフィオナはジグザグに俺との距離を詰めてくる。俺は攻撃を見極める為に横に動く。
フィオナはさっきとは攻撃パターンを変えてきて不規則にヒット&アウェイを狙ってくる。
足に時折爆発するような魔力を込めて素早く切り込む動作に、剣で軌道をそらしながら俺は受ける。
「……やりずらい」
いくら俺が軽装で速さに勝っていても、レイピアの点を打つような攻撃を受け続けるのは正直キツイ。
あの重装備の鎧にいくら剣を叩き込もうと致命傷に持って行けない。
思考を巡らせている間に、左肩に足、横腹と掠り傷が増える。徹底的に急所を狙ってくるな……
重く頑丈な鎧、致命傷を狙うならかなりの魔力を剣に注がなければいけないが、一撃が限界か。
俺はフィオナのレイピアの攻撃に、高魔力を込めた斬撃で切り返す。
「はあっつ!」
「ツ……」
弾き合う斬撃の隙間を縫うように、俺の剣がフィオナの左腕を完全にとらえた。
剣から伝わる衝撃が鎧を突き破り骨を砕く。
瞬間、魔力圧と鎧にぶつかる衝撃で粉々になった剣が空中を舞う。
「まずいッ」
「そこお!!!」
完全に折れた剣を振りきり、隙だらけの俺をフィオナは見逃さなかった。
状況から腕を持ってかれたフィオナは不利だが、剣が折れたなら丸腰同然だ。
フィオナは素早く俺の心臓を捕らえ、レイピアを突き刺した。
「セイッツ!!!」
「………」
瞬間俺の中で音が消える。魔装、いや遅い、剣の創造、いや加減は出来ない。
なら……
俺は、心臓に向かうレイピアの軌道をそらす為に体を捻り肩に貫通させた。
そのまま、刺さったレイピアの根本まで直進し、胴に重い一撃を叩き込んだ。
ピキッ
「アガッ……」
「……少しやり過ぎたが、流石に力の加減は無理だな」
魔法障壁の砕ける音が響く。胴の鎧は砕け、衝撃でフィオナが一瞬宙に浮いた後地面に叩きつけられ倒れた。
フィオナは少し血の混じった胃液を吐き出していた。
「あ、あや……っ」
「あーしゃべるな、医療室に連れて行く」
俺はフィオナの鎧を外してから背負って医療室に向かった。
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