55話 スパードという男 終

モザン教官の訓練終了の合図で3人は解散する。 

いつもの様にオルトとの模擬戦に気分を害した僕は、そのまま装備をロッカーにしまう為に準備室に向かった。

後ろではオルトだけがモザン教官に呼び止められていた。

そろそろモザン教官もオルトが手を抜いている事について指導するのだろう。

厳重注意もしくは精鋭部隊から外す可能性もあるだろう。フィオナの話では、他の隊から訓練についていけない者は何人かリタイアしているらしい。


「まあ、僕としてはどっちらでも構わないさ……」


「ふーん、どっちでもいいって言ってる割にはオルトに本気で戦わせようとしてたくせに」


「訓練にならないからだ。それにオルトがいなくなろうと僕には関係無いさ」


「そう、まあいいわ」

 

そう言って、フィオナは装備をロッカーに入れ、先に部屋を出て行った。

オルトが何の為に軍にいるのか、少し変わった戦い方や魔力量など全く興味が無いと言えば嘘になる。

しかし、僕の方がオルトより強いことは変わらないだろう。

僕は部屋を出てそのまま寮に向かおうとした。すると遠くから金属が激しくぶつかり合う音が体全体に振動する様に聞こえた。


「なんだ、この衝撃音は!」


訓練場の方角から聞こえるが、剣の打ち合いにしては音と音の区間が短すぎる。

何かの魔法の暴発か? とにかく見に行って状況を確認してみようと思い走った。


「うそ……だろ……」


訓練所に着くと、遠くでモザン教官とオルトが戦っていた。

僕はその事実に困惑するよりも、二人の戦闘技術の高さに唖然としていた。

いや、戦闘というより殺し合いだろうか。あれは訓練なんてものじゃない……

二人の全力に魔力を込めた剣技のぶつかり合いを僕はただ、拳を握りしめ見ている事しかできなかった。

 

「…………」


そして豪雨の様な斬撃が一瞬で止んだ。どうやら二人の決着がついたのだろう。

その瞬間に僕は少しづつ心の底に深く閉まっていた感情が沸き上がるのを感じていた。

 

「オルトは……僕より……クソッ!」


上層の貴族として生まれた僕の、人生で初めてともいえるこの感情。

恵まれた環境で育ち上層民として強く賢くある様に求められそれに答えてきた日々。

何があっても冷静に振舞う事を教育されていたこの僕が、初めて感情が抑えられずにいた。

怒りの様な感情に脳を支配されつつも、この感情の答えを僕は探した。

握っていた拳を見つめて開く。

 

「そうか……これは、屈辱だ……」


今までオルトを見てきて感じていた靄の様なものが、スッと晴れてきていた。

奴の異常な跳躍力、春水との戦闘で生存、家宝の剣の異常な魔力圧によるヒビ、モザン教官以上の戦闘能力……


「何が傭兵上がりの新兵だ……この僕を、コケにしたな……」

 

奴はこの僕を、上層の貴族である僕を今までずっと下に見ていたんだ!


「許せない……」


このままオルトに感情の暴走をぶつけてもいいが、それでは何も解決しない。

僕はその場から立ち去り、頭の中の考えを整理するために上層の家へ向かった。

少し急ぐように階段を上り路地を歩く、曲がり角に差し掛かった所で少し甘い香りがした。

 

「スパード様? お久しぶりです。」

 

「……神父様ですか、お久しぶりです」


振り向くと、少し遠くの建物から出てきた神父様に話しかけられた。

僕の家は聖霊都市の教会に多額の寄付をしている。そのせいもあってか幼い頃よく神父様に面倒を見てもらった。

合うのは久しぶりで少し懐かしかったが、今はどうしてもそんな気分にはなれなかった。

僕の表情を読み取ったのか、話しかけてきた神父様は少し気を使うように言ってきた。

 

「お急ぎですか? 失礼ですが、少し顔色が悪く見られます。何かありましたか?」


「えぇ、ちょっと気分が……でも大丈夫です」


「そうですか、ならいいのですが……もし何か力をお求めになるのでしたら、私はいつでも協力をさせて頂きますよ。」


「ありがとうございます。ではまた……」


そういって僕は軽くお辞儀をして神父様の横を通り過ぎた。

通り過ぎる時にふと横目に、違和感から神父様の隣にいたメイド服の少女を見た。

あの女の子いつからいたんだろう? まあいいか……

今は何故か思考するのが億劫だった。とにかく早く家に帰って休む事しか考えられなかった。

 

「……ノイン」


「もう終わった……」


「では行きますよ……」


神父とメイド姿の少女はスパードと反対方向に歩き出した。

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