53話 盤上のシンデレラ10
戦闘が終わりモザン教官は剣を鞘に納めた。
たった5分の戦闘とはいえ義手に掛かる負担は相当だったのか、剣をしまう手は左手だった。
「そうだな、どこから話そうか……」
モザン教官は少し考えながら、さっきまで薄青く光っていた義手の腕を水平に挙げ見せた。
「この義手は俺の手の動きを完璧に動かす為の魔術が組み込んである。ただ、5分しか持たない……」
あの完璧に近い防御の剣術が強化魔法では無く補助魔法か……しかもただ、元の手の動きをするだけの物。
俺はあの義手に何らかの魔法が組み込まれていると思ったが、動きの全てがモザン教官の剣術だった事に少し驚いた。
ただ今は、モザン教官の謎よりも勇者の話が聞きたかった。
「義手の話より、勇者について話てほしい」
「まあそう焦るな。少し長くなるし、ここだと人目も気になる……場所を変えよう。」
俺はモザン教官の真剣な表情を見て、素直に話を聞くことにした。
そのままモザン教官の背中を追って数分、中層の少し奥まった場所にある酒場に着いた。
店内は、人はそれなりにいるが一つ一つのテーブルに音声遮断の魔法が掛かっているのか、耳を傾けてもハッキリとした声を認識できない。
しかし、店内の雑音と音楽は聞こえてくる不思議な空間だった。
「俺に勝った祝いだ。好きな物を頼んでいいぞ」
「それなら遠慮なく頂きますよ」
俺は適当な食事と酒を遠慮せずに注文した。
「いい所だろ、上層にある会員制の場所より秘密を話すにはうってつけな場所だ」
「中層にこんな店があったなんて知らなかった……」
「この店はある条件を満たさなければ来れないし特殊な場所で……まあ今はその話はいいか、本題を話そう」
注文した物が届き、俺とモザン教官は食事をしながら話す。
酒を片手にモザン教官は続けた。
「俺は春水に手を切られる前は魔法剣士、戦闘スタイルだとスパードに近い戦い方をしていた。しかし、手を切られてからは2つを同時に操る事は不可能になった。」
「どういう事だ? 聖霊都市の治療魔法で手を治せば多少時間は掛かっても元に戻るはずじゃ……」
「まあ聞け、もちろん治療を試したがダメだった。理由は春水の武器がアーティファクトだからだ……」
「あの赤い槍……」
アーティファクトはこの世界ではあまり知られていない特殊な物。
特殊過ぎて誰が何の為に作ったのか、どこで見つけたのか全ての情報が噂程度でしか知られていない。
ただ、手の再生を阻害するような力を持つ槍ならアーティファクトと断定しても間違いは無いだろう。
しかし、俺は違和感から言葉を少し詰まらせつつ思い出した。スパードと俺が春水の赤い槍の攻撃を受けた傷は回復した事に……
待てよ、つまり赤い槍で深い傷をつけられても完全に切断されなければ回復はするのか。
「槍の能力は恐らく2つ、空間切断と結合。」
モザン教官はそう言って義手を外し切断された手首を俺に見せてきた。
そこには真っ黒な断面が見えるだけで、想像とは違った異物的な物だった。
切断面からは、少し霧状に黒い魔力が溢れ、まるで魔族を切った時に出る物と同じ様に見えた。
モザン教官は義手をはめ込み話を続けた。
「この義手を嵌めていないと俺は魔族が死ぬ時の様に、魔力を放出し続け魂を留めて置くことが出来ずに死ぬだろう」
「体の一部が魔族になっているのか、だから切断面から肉体の再生が出来ないのか……」
「勇者の剣とは逆だが少し似ているかもしれないな。」
俺は少し疑問に思った。今は勇者の力で聖霊都市が有利な戦況だが、長い間魔族と人間の戦力差は圧倒的だったはずだ。
その状況で魔族がアーティファクトという未知の力を求め、探して使うまでの労力とリスク……取るとは思えないが。
俺は少し思索していた所、モザン教官が俺に質問してきた。
「これはかなり昔の話だが、精霊都市の姫誘拐事件は知っているか?」
「確かサーシャ姫の……歴史の本を軽く読んだだけですが、一般的な話は知っています」
「そうか、なら話は早い。サーシャ姫を誘拐した男。ジャレッドは聖霊都市からアーティファクトである彫刻を教会から盗んでいたんだ」
「アーティファクトを! ただの駆け落ち事件じゃなかったのか。確かに、軍と教会が捜索に当たった人数が多いと少し疑問に思ったが……」
「この情報はごく一部の者しか知らない。当時の軍上層と王家に教会は相当焦っていたんだろう。姫を救う、いや暗殺する作戦は失敗しジャレッドという魔族1体に多くの犠牲を払った事を……」
「歴史の本では確か、洞窟でジャレッドという男は死亡、姫は行方不明になっていたはず……」
「姫の情報はその後一切無いが、恐らくジャレッドという男からアーティファクトを受け取り魔族の手に渡った可能性は高いだろう。」
モザン教官の話から春水がアーティファクトを持っていても不思議ではない事が分かった。
普通に戦っても魔族が強いというのに、まさに鬼に金棒と言った所だろう……
しかし、その強さの上をいく勇者か……
「話を少し戻そう、お前が知りたがっていた勇者についてだが……正直分からない事が多い、だが一般に知られていない事実は教えられる」
「……」
「軍内部の公開情報の中で勇者が落とした城や戦闘歴は乗っているが、いつ召喚されていつ消えたのかは載っていない」
モザン教官は続けた。
「理由はまず一つ、勇者召喚の書。魔導書自体がアーティファクトであり謎だ。そして召喚された勇者によってこの世界の滞在時間が不規則で、ある日突然元の世界に飛ばされてしまうからだ」
「勇者や召喚者の意思は関係ないのか……」
「そうだ、そして、召喚された勇者。異世界人にも魔法が使える者と使えない者、年齢も性別もランダムで法則性も分からない。活躍した勇者の影でハズレ勇者なんて者もいるぐらいだ。」
「その例えば、ハズレ勇者で異世界の極悪人が魔法を使えた場合どうなるんですか?」
「召喚は基本教会が行っているから……これは聞いた話だが、魔法能力があると判別されたあとしばらく監視し、性格や素行に問題があれば全て殺しているらしい。それと、勇者は時間経過以外では死ぬ事で元の世界に戻る、まあ合理的だろう」
俺は召喚された時の事を少し思い出した。俺みたいなガキのハズレは人知れず時間経過で、元の世界に戻ってしまうから殺す必要すらないと判断されたのか……
「俺が知っているのはこの程度で、あとは教会側の方が詳しいだろう。っと言っても教会側の情報もたいした物では無いだろうがな」
「聖霊都市の都合で召喚され使えなければ元の世界返すか、自分勝手だな……」
「意外だな、勇者側の視点か。まあその通りだが、精霊都市もそれだけ必死なんだ。いくら魔族が侵入出来ない結界で都市を守っても他国との交易のリスクに侵略されるリスク、自由に使える土地が少なければ国力は弱いままだ。平穏な暮らしを得るにはどんな手を使っても力を手に入れなければならないんだ」
「奇麗ごとじゃ国は守れないか……」
「そういう事だ、少し話が長引いたが俺の知る事はこれで全てだ。」
「ありがとうございます、モザン教官」
そうして話が終わり、その日はそのまま寮に帰った。
寮までの帰り道、俺は少し考え事をしていた。
「死ねば元の世界に戻れるか……」
俺は異世界に召喚されかなりの時間が過ぎている事を久しぶりに感じていた。
正直なところ、もうこの世界で生きて行くのも悪くはないと思えるように最近なっていた。
そんな異世界生活の日々をフラッシュバックする様に思い出していると、ふと兄弟の事を思い出した。
「そういえば、ハヤトとアヤトは異世界にいるんだろうか……」
もし召喚されているのであれば、ハヤトは俺が殺してでも元の世界に返さないと行けないな……
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