49話 盤上のシンデレラ6


病院の一室、部屋独特のアルコールの匂いと蛍光灯の無機質な光が患者と医者の二人を照らす。


「一応レントゲンは取ったけど特に異常はないね」


「じゃあもう帰っていいですか?」


「友達と遊ぶ約束でもしているのかい?」


「まあ、そんなところです」


医者は書類を片手に顎髭を撫でた。

僕はそのまま椅子から立ち上がり扉に進むが、医者に止められた。

僕は仕方が無く黒い丸椅子に腰を下ろした。


「まあまあ、一応時間までいてくれないと困るんだ。こちらも仕事なんでね」


「それで、何を話せばいいんですか?」


「その、アヤト君はグレートフィルターって知ってるかな?」


「コーヒーフィルターぐらいしか知りませんよ。中学生ですから」


「じゃあ中学生に分かるように説明しよう」


医者は少し微笑みながらコーヒーを入れてくれた。

インスタントコーヒーとは少し違って、紙に砕いたコーヒー豆を落とすタイプだ。

医者は砂糖を入れるか聞いてきたが僕は断った。


「その年でブラックとはやるね。さて本題を話そうか……グレートフィルター、これは生命が進化する過程で超えるのが難しい壁の事を言うんだ」


「壁?」


「そう、今の人類みたいに高度で知的な生命体になるにはとてつもない、確率や奇跡が必要だ。サルがどんなに頑張ってもタイプライターでシェイクスピアの様な名作を書けないようにね。」


「……」


「しかし、無限に広がる宇宙で考えるとどうだろう。生命存在可能な惑星が400憶近くあるなら、同じ様な知的生命体がいてもおかしくはない。そう科学者たちは考えた。」


「つまり、人類と同じ様な宇宙人がいるかもしれないってことですか?」


「そうだね。ただ重要なのは、その宇宙人の文明がどれほど優れた物なのか、もしくは今の人類と同じかそれ以下の文明か、ただの生命体か……」


「でも、もし存在するなら何かしらの接触があってもおかしくないんじゃないですか?」


「そうだね、存在してるが見つかっていないか、無視されてるか。何かしらの理由で接触できないか。まあ、最悪侵略されてもおかしくはないはずなのにね」


医者は少し笑いながら話をつづけた。


「さて、話の本質を言うと、人類が知能を得て地球で偉そうにしてるけど、宇宙規模で見たらただの動物園のチンパンジーだった、なんて落ちかもしれないってことさ」


「サルが人間並みの知能を手に入れられない壁があるように、人類にもってことですか?」


「その通り、我々人類が壁、グレートフィルターを既に越えているのか越えていないのか、それが問題なんだ。おっと、時間だ……」


医者は机から何か出そうとしたが、机のアラームがピピっと音を立てる。

僕はその音に少し驚き目を覚ました。


「ハッ! 夢……か……」


白いベットに俺は仰向けで眠っていたらしい。天井の光輝く魔法結晶が眩しい。ここは恐らく軍の医療室だろう。

俺の気配に気づいたのか、白いカーテンを開けミホが俺に話しかけてきた。


「悪い夢でも見たのかしら?」


「夢……いや、俺は気絶していたのか……確かシュンスイが飛んで行って」


「そうね、肩からかなり出血してたみたい、魔力の消耗もあってか結構危なかったのよ」


「危なかったか……」

 

俺は既に治っている肩をさすりながら、思った。

シュンスイと戦えてるつもりだったが、ギリギリだったようだ。

しかし、あの肩を貫いた槍……異空間から貫きに来ていた。

もし初見で急所に攻撃が入ったら確実に食らっていただろう……

槍は2本あったわけではなく、異空間を切り裂き貫く物か、しかし、魔法ではないだろうし槍自体が特殊? いや、しかし魔力で創造しているところを見たわけで、まさか……


「何やら相当手強い相手だったようね。さっき起きて出て行った彼も同じ表情をしてたわ」


「彼? そうだスパードとフィオナは無事だったのか」


「スパード君も出血でかなりギリギリだったけど、フィオナちゃんの応急処置のおかげで何とかなったわ。2日もあなた達は寝たままだったのよ」


「2日か、そうだ訓練の結果は」


俺が言い終わる前に、医療室の扉が開いた。

そこには少し驚いた表情のフィオナがいた。


「オルト、やっと目を覚ましたのね」


「ああ、2日も寝てたらしいな」


「ふーん、そういう事ね」


ミホは何か意味ありげな独り言を呟いた。

俺は特に興味も無く、とにかく早く部屋に戻りたかった。

正直この病院の様な空間は俺は嫌いだからだ。


「ミホ、いや、ミホ医療室長。俺はもう出て行って構わないよな」


「体は完全に完治してるわ。それより、そこの彼女とはどこまでいってるの?」


ミホのすっとぼけた質問に俺は、何を言っているんだ? という顔をした。

すると、フィオナが慌てたように話だした。


「ミホ医療室長! 私たちはただの班の仲間です。チームメンバーです。」


「へえ、まあいいわ。お大事にね」


「はい、失礼しました。」


「ちょ、おい……」


ミホの何かを察したような表情を見ながら、俺はフィオナに引っ張られ急ぐように部屋を後にした。

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