48話 盤上のシンデレラ5

 オルトとスパード、フィオナの3人は森を抜けていた。

木々が減りだいぶ開けた場所でフィオナが口を開いた。


「ここまで来ればもう大丈夫じゃないかしら」


「そうだな、いざとなれば教官を呼んでも間に合う距離だろうし」


あえて周りを見渡せる場所で休む理由は、不意打ちを食らう可能性を潰す為でもあるのだろう。

念のためスパードに認識阻害の魔法をかけてもらい、俺たちは休んでいるがこの場所では気休めにしかならない。

フィオナとスパードは魔力と体力を回復するべく木の根本に腰をかけた。

二人は顔には出さないが相当疲労が溜まってるはずだ。

俺も適当に座り二人に話しかけた。


「二人は今までどの部隊に居たんだ?」


「私は聖霊都市内の治安維持部隊よ」


「僕は上層の戦闘魔法研究所だ」


「そうか……」


なるほど、まあ聞いた所でなにかある訳ではない。

この二人に勇者召喚の書の話をしても大した情報は得られないだろうし。

俺の反応の薄さにフィオナが質問を返してきた。


「質問してきた割に興味なさそうね。それで、オルトはどうなの?」


「あー、俺は最近軍に入ったばかりだ。よく考えてたらお前たちのいた隊を聞いても分からないな」


俺は少しアホそう笑った。

そんな適当な態度にスパードが疑問を投げかける。


「嘘にしてはつまらないかな。模擬戦で魔法騎士3体を倒せるレベルの新人なんて聞いたことがないし」


「仲間と言ってもまだ数日しかたってないけど、フェアじゃないわね」


どうやら本当の事をいっても信用されていないらしい。しかし、嘘を付いて適当に誤魔化しても仲間としての行動が今後面倒になる。

俺はそれらしい真実を混ぜて話した。


「俺は下層出身で傭兵みたいな事をやっていたから、多少動けただけだ。新兵って言うのは嘘じゃない」


「そう、まあいいわ」


「それなりに、なくも無い理由か……」


スパードもフィオナも家柄がいい、下層の人間の生活やイメージが湧かないんだろう。

傭兵もユキ姉の代わりにバイトとして数回行った程度だから嘘では無いし、まあいいだろう。

こんな場所で話す事でも無いが、軽い出身と家柄を浅く話をし、俺たちはコミュニケーションを取った。

正直訓練とかどうでもいいが、給料が貰える以上職場の人間とは仲良くするべきだとユキ姉の教えもある。

それに、同年代の人間と話すのはそれなりに新鮮だった。


「そろそろいいだろう」


「そうね、行きましょう」


「ああ」


俺たち3人は魔力と体力がだいぶ回復していた。

雲がだいぶ動き月明かりで辺りの視界もいい、朝までには聖霊都市に着けるだろう。

3人は開けた場所を歩き出した。


「なんだ? 影……」


月明かりを背に歩き、自分の影が一瞬大きな影に消された。

この時、動き出したばかりの俺たちは気が少しばかり緩んでいた。


「オルト! 上だ!」


「なっ!」


スパードの声に俺は空を見上げるがその判断も遅かった。

空から槍が雷雨の如く地面に突き刺さる。

瞬間、スパードは防壁魔法を展開させ俺とフィオナを守ってくれた。


「助かったわ……」


「すまない、油断していた……おい、スパード!」


俺は防壁を展開しているスパードを見ると驚いた。

スパードの左肩に1本だけ赤い槍が貫通していたのだ。


「ぐっ……しくじった……」


「フィオナ! 回復魔法を!」


「分かってるわ!」


俺はスパードの肩を貫通した槍を、手に魔力を集中させ砕き折った。

そして、スパードの肩から槍を引き抜きフィオナが回復魔法で止血する。

その様子を遠くから眺めるように魔族が見ていた。


「へえ、心臓を狙ったつもりだったんだけど……やるね」


上空から響く声の主はドラゴンから飛び降りた。

ドスッと地面に着地する重い音と、土煙が晴れ月明かりがその男を照らす。


「誰だ……てめえ!」


俺は警戒しつつ声を荒げた。


「春水だ。そんな事より……3人だけか……」


「シュンスイ? 知らねーな」


「おい、バカッ! 奴は魔王軍の幹部だ! フィオナ応援を!」


「もう呼んだ。今は動かないで!」


スパードは防壁魔法を維持しつつフィオナは止血を急いでいる。

どうやら攻撃を食らっている時にフィオナが応援を読んでくれたらしい。

シュンスイという男がどんな魔人か知らないが、今俺がすべきことは時間稼ぎだ。


「それで、俺たちに何の用だ?」


「ドラゴンを殺した奴を消しに来たんだが……まあその用はどうでもよくなった。それと、答え合わせに聞いておこう。君たちは斥候に来たわけでも無く、ただドラゴンを1匹狩りに来ただけかい?」


「ああ、その通りだ」


シュンスイの質問に俺は素直に答えた。

さっきの攻撃は間違いなくスパードを狙ったものだ。恐らく俺たちを見つける前にドラゴンの死骸を先に見てきたのだろう。

そこでフィオナのレイピアと俺の剣が刺さっているドラゴンの死骸を見て、一人だけ丸腰ではないスパードを狙って攻撃をしたのだろう。


「いやね、俺もドラゴン1体ぐらいならわざわざ単独で追いかけに来る事なんてしなかったさ」


シュンスイはゆっくりと歩きながら右手から魔力のオーラを展開し赤い槍を作り出した。

その動きに俺はスパードの剣を腰から引き抜き構えた。


「スパード借りる! フィオナ、スパードを連れて聖霊都市の方向へ急げ! 俺が時間を稼ぐ!」


「分かったわ、すぐに応援が来るはずだから……」


フィオナは察し治療魔法を展開しながらスパードの肩を担ぎ動いてくれた。スパードの傷は深く、このまま戦闘になれば二人とも死ぬ。

魔力を消耗していない俺が時間を稼ぐのが適任だった。


「ふうん、まあそうなるよね。まあ一人遊んでくれるならいいか……」


「クッ」


シュンスイは赤い槍を一直線に俺に目掛けて打ち込んできた。

俺はスパードから借りた剣に魔力を込めて体をそらしながら受け流す。

首に足に、流れるような槍をシュンスイは奇麗に振るってくる。


「へえ、結構動けるんだね」


「それなりにな!」


俺はシュンスイの槍を完璧にさばいていた。

互いに武器を交えて戦う事で段々と息遣いが見えてくる。

しかし一瞬の隙や迷いで簡単に命は消える。

俺はフェイントを混ぜつつ、相手の攻撃を腹に受けると見せかけてギリギリで躱し仕掛ける。


「ハアッ!」


俺は赤い槍を片手に掴み相手の懐に入り込んだ瞬間、肩から一太刀を浴びせた。


「ツッ……」


シュンスイは槍を手放し後ろに下がった。

俺は追撃しようと進むが、シュンスイは一瞬で作った槍を投げ、俺を牽制した。

しかし一撃は入っていた。肩から胸元にかけて魔装に傷が入っている。


「フフッ、久しぶりだよ、魔装に傷をつけられるのは」


「余裕な顔だな」


「これでも幹部なんでね、準備運動はこれぐらいでいいだろう。行くぞ……」


「何ッ!」


正面にいたはずのシュンスイが一瞬消えた。

違う! 下だ!

普通正面から高速で近づく場合、筋力と魔力を最大に地面を蹴り込む動作をする。

しかし、それでは予備動作から相手に動きを教えてしまう。

そこで魔力のみを瞬間的に爆発させるイメージで姿勢を低く保ち加速する。

そして、相手の視界の下に入る事で相手の視界から一瞬消える事が出来る。

俺はユキ姉との修行が無ければ間違いなく命を落としていただろう。

シュンスイの槍は、俺の一瞬できた死角をすり抜けるように心臓を狙う。


「ほう……」


「ッ……」


寸での所で急所を躱すことが出来たが、わき腹をかすめた。

傷は浅いが2撃3撃とシュンスイの槍の手は止まる事はない。

俺は少し押されながらもしっかりと捌く。


「いいね、しかしこれはどうかな」


シュンスイの槍が俺の右足を貫きにくるが俺は剣で弾いた。

しかし弾いたはずの槍先が消え、俺の右肩に突き刺さった。

俺は冷静に対処するため後ろに下がる。


「槍先が……消えた、だと……」


俺の刺された右肩から血があふれ出る。

シュンスイは槍を払い俺を見た。


「浅かったようだ。片腕ぐらいは持っていくつもりだったが……それに時間切れだ」


シュンスイは地面を強く蹴り空で旋回していたドラゴンに乗った。


「おい! まだ終わってないぞ!」


「久々に楽しかったぞ。そうだ名前を聞いていなかった、名前は何だ?」


「オルトだ! って待ちやがれ!」


俺は別に時間稼ぎをすればいいだけなのに、何故か戦闘を楽しんでいたのかもしれない。

背後から応援に駆け付けた教官たちの気配を感じた。


「ふっ、戯言を。オルト! 次戦場であったら俺が串刺しにしてやる」


そういってシュンスイは闇夜にまぎれ消えて行った。

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