40話 記憶の書
私とオルトの生活も2年が過ぎる。
「ユキ姉は少しガサツなんだよ。料理も味見しないし……」
「いいんだよ。食べれれば……これ、うまいな。」
私はオルトの作った料理を満足げに毎日食べている。
オルトは完全に生活に慣れて、料理の腕もいつの間にか私以上になっている。
私がガサツなのか下手なのか、最近は家事のほとんどをオルトが担当している。
私としてはありがたい事この上ないが……
正直少し悔しい。
女子力というのか、主婦力というのか、家事スキルというのか、最近は剣以外の全てがオルトの方が優秀だ。
私としては花嫁修業をさせる気はなかったのだが……これで女には困らないだろうしいいかもしれない。
身長もみるみる内に私を抜かして、顔もやっぱり整ったまま成長して美形だ。
私は食事を済ませオルトといつもの様に剣を使い模擬戦をする。
「いいね、前よりバランスが取れてる。」
「くっ、だけど崩せない!」
「あばら2,3本を毎日折られていた時とは、格段に成長してるよ。悪くない。」
「5日前に腕折られたけどね!」
私とオルトの模擬戦は刃を削った物を使っている。切れはしないが、当たれば魔力を込めているから、打撲や骨折は避けられない。
魔力量の多いオルトは、魔装をするのもありだけど、あえて私流を教えている。
基本の形として魔力を移動や、細かい技術に生かしながら戦う。もちろん相手の攻撃をまともに食らえば、魔装をしてない分ダメージも大きい。
諸刃の剣に近いかもしれない。しかし、魔族に劣る魔力量で戦うには理にかなっていると私は思う。
つまりユキ流とでもなずけるべきかもしれない。
「ほら! 左腕もらい!」
「ぐっ……ふん!」
模擬戦でも私は容赦はしない。恐らくオルトの左腕は完全に折れている。
片腕を折られた方の心理としては、一度下がって態勢を立て直したいだろう。
しかしオルトは、そのまま引かずに左腕に魔力を集中させて骨を疑似的に繋げる。
一手遅れた動きをあえて攻めてカバーする動き。悪くない。
もちろん私も剣で弾きながら応戦する。
しばらくして決着がつく。
オルトの首元にユキの剣が軽く触れた。
「はい、私の勝ち~!」
「あー、やっぱユキ姉は強いよ。多分実践だったら左腕取られた後もう終わってたよ。」
「そうだね、でもいい判断だ。下がってたら終わっている所をあえて前に出たのは良かった。」
「やられ過ぎて、流石に学習したよ。」
「よっし、それじゃあ今日の特訓は終わり! ミホに腕治して貰いに行きな!」
疲れた肩を軽く伸ばそうとすると、オルトが私の後ろを指さした。
「あー、ユキ姉後ろ……」
「ユ~キ~」
「あっ……よう、ミホ、今日は仕事終わるの早いんだな……」
私はいつの間にかミホが立っている事に気づいた。
ミホは私を睨みながら声を荒げる。
「もう! 私は、あなた達の専属医療班じゃないのよ!?」
「あはは、そうらしいぞオルト。」
「いや、俺に言われても……ミホ、ごめん……」
「オルト君は謝らなくていいの! ユキが少しでも加減すればいでしょ?」
「加減したら強くならないでしょ~……あはは、すまんすまん。」
私はオルトが怪我をすると、回復魔法が使えるミホに頼っている。
彼女は古い付き合いで完全に厚意でやって貰ってるが、オルトの怪我を見て私が虐待してるとでも思ってるのかもしれない。
まさか、わざわざ私達の家に来るとは……
「もう、オルト君の傷治すの100回は多分超えてるわよ……最初は擦り傷ぐらいだったのに、今じゃ骨折が当たり前じゃない! やりすぎよ!」
「ミホ、俺が弱いからしょうがないんだ。ユキ姉は悪くないよ……」
「オルト君はいいの!」
「片腕、片足が吹っ飛んだ時に冷静な判断をする為にだな……すまん。やっぱり何でもない。」
私はミホの睨みに簡単に屈してしまう。昔から怒らせると後が面倒な女なのだ……
そういってミホはオルトの治療をしてくれた。
何だかんだ文句を言いつつも優しい。
「そうだミホ、久しぶりにご飯でも食べてけよ。」
「そうね、私も少し話したい事あるし。だけど、料理は私がするわ。」
「え~、昔よりはマシになったのを見せたかったのに~」
「もうあなたの料理は食べないって決めてるの。それより先に汚れ落としてきて。」
昔間違えて毒キノコを食べさせてしまった事を根に持っているのだろうか。
まあ仕方がないか、ミホの作る料理の方が美味いしな。
私は残念に思いつつ風呂場に向かう。
「はいはい、分かってるって。オルトそういえば石鹸きれてたの忘れてた。」
「ああ、俺がランニングの途中に買っておいたよ。」
「そうか、流石オルトだ。ご褒美に今日も私がキレイに背中を流してやるぞ!」
「ちょっと! ちょっと待って。あなた達いつも一緒にお風呂入ってるの?」
私とオルトのいつもの行動に疑問を持ったのか、ミホが脱衣所まで追いかけてきた。
私とオルトは二人で服を脱ぎながら答える。
「ん? そうだけど、なあオルト?」
「ああ、最近ユキ姉が太って風呂が狭いけど……いてっ」
「オルトがデカくなったからでしょ!」
私はオルトのボケにいつものようにツッコミを入れる。
その様子にミホは、ポカーンとしていたが、私たちは無視して体を洗い風呂に入った。
湯舟に浸かりオルトが質問してきた。
「なあユキ姉、やっぱりこの世界でも風呂は別々に入るのが普通じゃないのか?」
「ミホは恥ずかしがり屋なんだ。今度一緒に入ってやってくれ」
「まあ、いいけど、この世界はちょと変わってるんだな。」
オルトは少し不思議そうにするも常識なのだと受け入れていた。
私は異世界から来たオルトに、適当に嘘の情報をたまに吹き込む事を楽しんでいた。
風呂から上がりキッチンに行くと美味しそうな料理が完成していた。
「ほら、出来たわよ。食べましょう。」
「おー、美味そうだ。オルト皿取ってくれ。」
「分かったよ。」
私はオルトから皿を貰い料理を取り分ける。
3人で食事を囲み久々に部屋が騒がしくなる。
ミホの料理は相変わらず美味しい、料理人になれるレベルだった。
そんな料理に舌鼓を打っていると、オルトが無駄口をたたく。
「ミホ凄いな、ユキ姉より全然美味いよ」
「聞こえてるぞ、オルト。」
「いいじゃない、正直で。」
「ちぇ、最初の頃は私の料理も美味い、美味い言ってたのにな~」
3人で食事をして軽い雑談をしながら、私は本題に切り込んだ。
「それで例の本、持ってきてくれたんだろ?」
「もちろん、ただ2冊しか手に入れられなかったの。」
「何だ? その本」
ミホが机に置いた本をオルトが不思議そうに持ち上げ質問する。
私は前からミホに魔導書を探してくれと頼んでいたのだ。
軍はたまにこういった魔道具を回収する事がある。
そこまで重要なものでなければマーケットで売られる事が多い。
その品を横流しして貰った感じだ。
この本は少し特殊な本で魔法が使えなくても魔力さえ込めれば誰でも使える。
「記憶を書き留めて置ける本だよ。」
「何だ、ただの日記じゃん。」
「そうね。だけどこの本は特殊で、自分の記憶が本当に正しいか間違ってるのかを完全に把握できるの。それに記憶をなくした時、この本に引き寄せられる力もあるの。」
ミホが本の説明をしてくれる。
「まあ、そのうち役に立つ事もあるかもしれないぞ。たまに幻術系や心理記憶操作を得意とする変わった魔法を使う奴もいるからな。」
「へー、そんな魔法使う奴もいるのか」
特殊な魔法を使う奴は、シンプルな魔力と魔法のぶつけ合いで勝敗が決まらない事が強い。
その代わり使える者は少なく、使えてもそれしか使えない者が多い。
そこまで警戒しなくてもいいが、備えはあった方がいい。
私はオルトにこれから毎日記録する様に1冊渡した。
「それじゃ、そろそろ私は帰るわ」
「ありがとうなミホ。そうだ、オルト。ミホを家まで送ってやれ」
「ああ、分かったよ」
食事が終わり軽く片づけをした後、私はオルトにミホを家まで送らせるように頼んだ。
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