35話 はずれ勇者

そして俺はすべての記憶を思い出した。


聖霊都市中央に存在する大聖堂で勇者の召喚が行われていた。

大聖堂で魔導書を神父が発動させる。辺りに白い煙が魔法陣から溢れ、地面が大きく揺れだした。

禍々しい空気に動揺する使徒たちと神父は召喚された者を見た。白い煙が一つの球体になり一人の人間が現れた。


「げほっ……こっ……ここはどこ?」


「聖霊都市の大聖堂。初めまして、異世界の者よ。私はヨハンといいます。少年名は?」


「僕の名前……オルトです。」


「オルト……まあ、念のため魔光水晶を……オルト少年、その石に力を込めてみてください」


神父は使徒に指示し少年に魔光水晶を持たせる。


「この石に力を入れる……んー、何もならないよ」


「やはりそうか……少年よ、今の君には少し辛いかもしれないが行く道を選ぶといい。今すぐに神のもとに導かれるか、この世界で新たな人生を送るか」


神父は聖剣を鞘から抜き、空中で軽く振るった。

少年は震えながら聞く


「神のもとに導くって?僕の世界に帰れるってこと?」


「この聖剣で君の心臓を突き刺す。そうすると神のもとに導かれますよ。痛いようにはしません。」


「ひぃ! ぼっ……僕はまだ死にたくないよ!」


「そうですか、わかりました。では好きなように生きなさい。これは餞別です。」


少年は神父から小さな袋を受け取った。


「えっ、分からないよ。元の世界に帰りたいよ! ねぇ助けてよ!」


少年は神父の足にしがみつき訴えた。

しかし神父は蔑むような目で少年をみてから、容赦なく少年を蹴り飛ばした。

体重の軽い少年は、扉まで軽く吹っ飛んだ。


「うるさいガキですね。死にたくなければここから消え失せなさい。」


「うっ……いっ、痛いよ。」


「力の無いものに価値はないのですよ。10秒数えます。二度は言いません。その扉を開きこの世界で生きるか、今すぐ死ぬか……」


「まっ、待ってよ! 酷いよ! 僕っ」


「10……9……8……、」


「うっあああああ、何なんだよ!!!」


現状に対する謎よりも、神父に対する圧倒的な恐怖が少年の心を支配していた。

少年は蹴られた痛みに耐えながら扉を開けて外に出た。


「行きましたか。もし彼が再び現れる様なら容赦なく殺して構いません。あとは任せましたよ」


「はい、承りました。」


神父と少年のやり取りを周りで見ていた使徒たちが返事をする。


教会を出た後少年は、しばらく街を歩き疲れて裏路地でうずくまっていた。

異世界にはコンビニもスーパーも車も電車も無かった。

さっきまで病院にいたはずなのに、急に異世界に来て……

落ち着くんだ僕。これから一人で、とにかく生きて行かなくちゃいけないんだ。

まずは、食べ物と住む場所だ。そうだ!

神父がくれた袋の中身を確認してみた。


「コイン? なんだろう。この世界のお金なのかな……」


とにかくこのお金があれば、どこかで食べ物を手に入れる事が出来るはず。

元の世界に帰りたいけど、お腹がすいたしお店を探してみよう!

よしっ! 僕は立ち上がった。


「あー、クソがユキのせいで何にも上手くいかねー。」


「アニキ、あいつを何とか消さない限りどうにもなりませんよ。」


遠くから男たちが話す声が近づいてくる。

そうだ、食べ物が売ってる場所を聞いてみよう。

僕は歩いて二人組の大人に近づいた。


「しかし、消すとなるとあいつは軍に繋がりがある。足がつかないようにしねーと」


「最近よく魔界に行ってるらしいですが、狙うなら帰りに待ち伏せでも……」


「あの……すいません……」


「そうだな……ん? なんだガキか?」


「あの……ここら辺で、食べ物を売ってる場所を知りませんか?」


「あ? 食べ物? おいコイツ……」


二人の男は顔を合わせて笑みを浮かべていた。

口調が荒く少し怖い大人なのかもしれない。


「あぁ、こいつは久しぶりに上物だ……」


「あの。食べ物売ってる場所を……」


「お兄さんたちさ、今から美味しいご飯が食べれるお店に行くところだったんだよ。良かったらついでに案内してあげる」


屈強な男たちが少年の細い腕を掴んだ。


「いっ、痛いよ。そんなに強く握らないでよ……」


「アニキ、俺っ……もう我慢できそうにないです。」


男は膨張した下半身を抑えながら息を荒くしだした。

なんだろう、この人たち僕を見る目が怖い。普通の人とは違う目をしている。

とにかく逃げなきゃ! 腕を振りほどいて走るんだ!


「僕……やっぱり自分で探すから……大丈夫だから!」


必死に腕をはがそうと暴れるが、屈強な男の筋力にかなうはずが無く逃げ出せない。


「あぁ……ダメだ。俺も限界だ……僕君、今からお兄さんたちの家に行こう。美味しい物食べさせてあげるからさ!」


僕は訳の分からない恐怖と腕を掴まれた痛みで涙を浮かべながら抵抗した。


「ひぃ、だっ誰か……たっ……す」


大きな声で叫んで助けを呼ぼうとした瞬間、口元をもう一人の男に布で塞がれた。

暴れて逃げようとするが抑えられて、身動きを取る事も出来ずに意識が落ちた。

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