33話 失われた記憶

「オルト、起きなさい。」


誰かが俺の名前を呼ぶ。オルト、それが俺の名前か。

言われるまで名前さえも忘れていた事を思い出した。

俺は重い体を起こした。


「なんだ、この空間は幻想か?」


辺りを見渡すと、何もない。

いや、正確にはただ白く何もない場所だ。

上下左右もあやふやで、まるで夢を見ているかのようだった。


「夢にしては自由に体が動くか……」


「久しぶりね、オルト」


急に話しかけられて振り向くと、懐かしい姿がそこにはあった。

俺より年上で、髪は茶色で長くポニーテールで前髪をピンでとめている。瞳も同じ色でとても優しい表情をしている。

俺の師匠でもあり姉の様な存在でもあり、とても大切だった人だ。


「ユキ姉? 何故、俺は……」


ユキ姉との過去の記憶は断片的だが、感情を動かす何かが俺に訴えかける。

だが、何から話せばいいか分からず頭が混乱した。


「こんな魔術仕込むのはどうかと思ったけど、備えあれば何とかってね。とりあえず時間が無いから端的に説明するわ。今のあなたは、非常に危険な状態なのは間違いないわ」


「危険? そうかノインに術を掛けられているのか」


「そうよ。そして、目の前にいる私はあなたが作り出した幻影。過去に、私との修行で記憶を消された時の対処法として脳に組み込んだ術よ。」


記憶自体が消されてる、もしくは思い出す事を妨害する魔術か分からないが、それに対抗する備えが俺の脳内に組み込まれていたらしい。


「ただ、この魔術は記憶を消された時には発動しないの、記憶を操作、上書き、改変させられた時に発動する様になっているの」


「確か3回……、奴は俺の記憶を消したと。しかし今回は記憶を消す事じゃなく、組み込む魔法か」


「正解よオルト、気を付けてね。記憶を消された状態での魔法による上書きは強力よ、それにこの術式は1回しか発動しないの、もし相手に気づかれてもう1度記憶を消されて上書きされれば完全に操り人形になるわ……。後のことは、あなた自身の体に聞くといいわ……」


「俺自身の体に聞く?どういう事だ。ユキ姉?」


「    」


周辺に漂う、白い煙の様な霧が濃くなっていく。

ユキ姉は何か喋っていたが、聞こえなかった。

そういって俺は幻影のユキ姉に触れようとするも、雲をつかむように消えてしまった。

記憶は無いのに、とても悲しい不思議な気持ちに包まれた。

そこから、俺の意識は薄っすらと消えた。


「………」


カチャっとガラスの食器が重なる音が聞こえる。

甘いお菓子のような香りと、窓から差し込む眩しい光に包まれ俺は目を覚ました。


「お目覚めのようね」


ベッドで仰向けに寝ていた俺を上から眺めるようにしながら、可愛いメイド服の少女は話しかけてきた。


「ここは……」


辺りを見回すと、木でできた部屋でテーブルに本棚に、もう一つ白いベットがある。二人部屋なのか?


「教会よ、それで……どう? 記憶は何か思い出せそう?」


紅茶と美味しそうなクッキーが小さなテーブルに置かれている。

お菓子の甘い香りに包まれてるような、少女は俺の記憶について聞いてきた。


「俺は……記憶……、そうか……」 


俺は記憶を3回消されて、夢の中で幻影のユキ姉にあった事を思い出した。

とっさに口に出しそうになったが、上書きされた記憶も入ってきた。

どうやら戦場で愛する人を失って、死にかけた所を神父に助けられたという嘘の記憶が蘇る。

だが、ここは冷静に対処しなければならない。


「俺は大切な人を失い、死にかけているところを神父様に助けられて……」


魔族との戦争で何もかも失ったこと、よくあるありきたりな悲話をメイド姿の少女に話した。

しかし、この女の子どこかで見たような。


「そう、でもよかったわ。あなたは生き残ったのだから、もう少し落ち着いたら神父の所へ行きましょう。目覚めたら呼ぶように言われてるの」


神父……この女、そうだノインだ。普通に俺に接しているが、俺に蹴りを入れてパンツを見せつけてきた変態野郎だ。

一瞬可愛い女の子だなっと錯覚してしまったのが悔しい。

今度仕返しにいたずらしてやる。とりあえず話してみるか。


「そういえば、助けてもらって自己紹介もまだだったな。俺はオルト、あんたの名前を教えてくれないか?」


「ふふっ、自己紹介ね。私はノインよ、趣味はムカつく男を蹴り飛ばす事かしら?」


ノインは少し笑い、名前を言った。


「メイドとは思えない、飛んだ趣味だな。(コイツ平然としやがって、あとで覚えてろよ。)」


「冗談よ。それに私はメイドじゃないし、この服装は神父の趣味なの。とにかくよろしくね。」


「何か込み入った事情がありそうだな。よろしく」


俺はムカつく気持ちを抑えつつノインと握手した。

そして俺はノインに案内されながら、神父の元に向かっていた。

途中ノインについて考えていたが、コイツは神父に対しての言動から忠実な部下ではないのだろう。

意識が落ちる前に見た三層の魔法。記憶を操作できる魔法が使える厄介なヤツだ。

しかし、そんな奴が神父に使われている。つまり何か弱みを握られているのか? もしくは神父には魔法が効かないとか? 

その場合だと俺が記憶を失う前、神父に魔法攻撃をして捕まった事も納得出来る。

とにかく分からない事ばかりだが、今の最善策は神父の言いなりになって行動し、ユキ姉が言ってた元の自分の記憶を取り戻す事だな。

小さなメイド服の背中を追いながら考えていた俺は、ノインが止まると同時に足を止めた。

俺たちの目の前には、大きな扉があった。


「着いたわ。」


ノインは扉を押して開く。

日の光が薄っすらと入る教会の祭壇で、神父は一人考えていた。


「ワイドスノー、奴が全てを握っているのか。だが、何故直接の介入をしてこないのか……」


ガチャっと、入り口の扉が開く音が響く。


「神父様、オルトを連れてきました。」


「ご苦労様です。頭を強く打ったらしいですね、体調は回復しましたか?」


「あぁ、神父様に助けられたおかげで何とか生きているよ……」


俺は神父とありきたりな薄っぺらい会話をする。戦場で助けられた事が、偽の記憶として少し邪魔くさいが話を合わせる。

とにかく俺の偽の記憶ではどうやら神を信じて生きる事に決めているらしい。

教会の力になりたい俺は元軍人で実力があるらしく、神父に教会の騎士になってほしいと頼まれた。


「俺が騎士に?」


「えぇ、人員が不足していまして、あなたの様な元軍人で強い方が必要なのです。協力していただけますか?」


「もちろん、神父様には恩がある。俺の出来る事ならなんでも協力するよ」


「それは良かった、あなたに神の導きがあらんことを……」


俺は教会の騎士としてこれから働くことになった。

部屋は教会側が貸してくれるらしい。俺の実力は俺自身よくわからないが評価が少し高いようだ。

ただ、ノインという外見だけメイドの女と相部屋らしい。

神父と話し終わったあと俺とノインはさっきの部屋に戻っていた。

部屋に着くなりノインは文句を垂れていた。


「あぁ! もうっ! 嫌な予感はしたの! 私別に騎士でも無いのに、何でよ~」


どうやら、俺が目覚めた場所はノインの部屋だったらしい。

ノインはベットで足をばたつかせて暴れている。


「俺は気にしないが、まさか相部屋とは……」


「私は気にするの! せっかく広い部屋だったのに!」


騎士団の部屋は基本的に相部屋が多いらしい。二人一組で行動することも多いから利便性も兼ねているのだろう。

俺の場合はノインの監視と、いざという時に記憶をすぐに操作する為だろう。

現状危険性が高いノインを何とかしたいが……

とにかく今は、俺の記憶を取り戻すために街に出なければ。

ユキ姉は体に聞けと言っていたが、恐らくそのままの意味だろう。


「少しでかけてくる。」


「どこに行くの?」


「ただの買い物だ……」


俺はそのまま扉を開き出ていく。


「あっ! ちょっと、待ちなさいよ。まだ部屋のルールを……」


ノインが何か言いかけていたが、俺は急ぐように街に出かける。


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